27 同衾魔
「なっ?! そんなワケ無いでしょっ。からかわないでよ」
「ウソウソ。自己紹介終わって後の席に歩いてゆく姿を、熱い視線で追っていた様な……」
「よしてってば!」
早朝の土御門神社では、本殿・拝殿内の掃除を宮司の空夜翁が担当。他の場所を彩とダイヤ、スーティーベアのヨシツネらが行っていた。此処へ勘解由小路紗夜香が新しく加わり、朝食の準備までを女性三名が分担して行う事になった。
登校時、響也と彩はこれまで通りかなり早めの出発をする。
紗夜香は気を使ってか、遅刻しない程度の時間を見計らって極楽寺駅へ向かう。
下校時も時間をずらすか、下り電車一両目の最前部運転席前に乗車(下り二両目最後部は駅出入り口が最も近い)したり、二人が降車する極楽寺駅よりも手前の稲村ヶ崎駅で降りて社へ到る道順そのものを変えたりして、小鳥居を潜るタイミングを前後させる工夫をしていた。
そんな彼女も、朝晩の食事は全員がダイニングで摂る習慣なので同席する。
宮司の空夜翁が最も多弁であり、率先して話題を振り、応じたダイヤ・ランドールとのやり取りが絶妙で面白い。
ダイヤも幼女の外見だが、実年齢が八十歳なので人生経験量は宮司と比べても高い位で話に引き込まれ、気まずい空気がその場を支配する余地は取り除いていた。
少女二人への配慮を利かせ、響也も積極的に会話への参加を心掛けている。
「そういえば響也よ。この夏、和田塚で狸がイタズラをしでかした様ぢゃが、聞いとるか」
「ああ知ってる知ってる。木ノ葉の偽札使って、駄菓子屋からアイスを騙し盗ったんだろ」
ダイヤ・ランドールが腹を抱え、大声で笑った。
「ついこの間も合コンで泥酔した若者達が化かされおってな。寺の池を露天風呂と思い込んで、入浴しとったそうぢゃ。ヤケ酒を呷ったのは、全員おなごから交際を断られた為ぢゃ」
「ギャハハハハ!! マヌケな若造共デシ」今度はダイヤと一緒に、響也も爆笑して尋ねる。
「珍しいよな。マジで狸だったんか? ホントは狐の方なんじゃねーの?」
「そんな事は無い。どうも逗子からの流れ者ぢゃったらしい。鎌倉の狸は地元民から憎まれる様な真似は絶対せんし、皇室の御用邸があるせいか葉山の狸たちは至って上品ぢゃからの」
「まあ鎌倉の狐は以前から随分数が減ってたみたいだし。最早そんな勢いは無いか」
「狐と言えば我が来る前、尾っぽが九つもあるキツネがこの社で暮らして居たようデシね」
「玉露かあ。今頃どうしてるのかなァ。ジイさんの式神で、ホンの少しの間住んで天へ帰っちまったんだ。……彩とは、ちょっとばかり性格が合わなかったみたいだけどな」
「は、はあ…………」
当然、彩の返答はぎこちなさが拭えない。勘解由小路は相変わらず伏し目がちで黙っている。まあそうだろうな。思いつつ響也は、ふと浮かんだ疑問を二人に提示した。
「ところでお前らってさ、お互いのこと何て呼ぶんだ?」
二人は顔を見合わせる。
その後――
彩達は、リビング・ダイニングへ残って食事の後片付けをした。流し台まで背が届かないダイヤ・ランドールはこれまで踏み台を利用し手伝っていたが、新入り居候が加わったので役割をバトンタッチした。
陶器の触れ合う微かな音の中、無言で洗い物をする二人。
彩としては、勘解由小路紗夜香と肩を並べて食器を洗っているというのも、妙な気分だった。
「あの……」
主君の疑問通りで、どう呼べばいいのか分からない。
後の言葉が続かず彩は言い澱んだが、相手は直ぐ察して答えた。
「……〝紗夜香〟で結構よ」
そして付け加えた「……苗字の方は長くて不便ですもの」
「さやか殿。……あの者は何者でございましょう?」
「 …………〝あのもの〟とは?」
彼女の面相は動揺などの変化を示さない。自分はまったく知らない、無関係という表情である。彩が訊ねたのは無論、獣の忍についてであるが、勘解由小路の内心を読む事が出来ない。
尤も読めぬのは最初からで、余計な思考を巡らせない訓練を受けて育った可能性もある。
視線を流し台へ戻したものの、食器を扱う手は止まっていた。
「わたくしは、ご主君の身の安全を確保する為ならば誰であろうと容赦は致しませぬ」
「……………………でしょうね。それがあなたの使命なのだから」
口調も穏やかに肯定した彼女は、相手の呼称への対応も表明した。
「私は『霧隠さん』と呼ばせて貰うわ。皆と同じ名前呼びでは、白々しいでしょうし」
クラスメートの大半は『〝彩ちゃん〟』と呼んでいる。
当夜半頃。
道場に敷いた布団で消灯し、就寝しようとした紗夜香の部屋へ忍び込んだスーティーベアが取り押さえられた。どうやら響也同様、添い寝をして慰めたかったらしい。
ご主君様の時は悔しがり遮那堂に相談した彩だが、これは苦笑する以外なかった。




