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26 猜疑心

「彩ちゃんへのああいう仕打ちも当然って訳?!」


「まさか! 心情的な面で理解できると言っただけよ。でなければ、止めたりはしない」


 普段は寡黙な日浦咲が遮那堂かほるに食って掛かった。そう見えたので、険悪な雰囲気が漂う。金縛りの一件以来、仲の良い叶仁子の態度が大人しめだった事も、日浦の苛立ちを煽っていた。加えて、当の勘解由小路が土御門神社へ住み込む。


 彩や響也との同居を開始した事も知れ渡って、更なる大きな議論に発展した。


「学校だけでなく、神社でもあの子と過ごさなきゃいけなくなったの?」


「ばばっ、何考えてるだよっアンタは! 婚約は破棄したんじゃねーのか!!」


「したってっ! あたりめーだろ。……でもなあ、本人が今までの経緯を洗い浚い説明して謝ったんだ。婚約を解消したい、反省して彩への態度も改めると祖父じいさんに頭を下げて。…………それで断りきれなかったみたいだ。元々、こっちの非が大きいからってさ」


「ちょっと待て! あんたは婚約の件自体知らなかったんだろう? 婚約解消したからって、それが何で〝=落ち度や引け目あり〟ってなる」


 

「俺の親父が先方と約束して、ジイさんも同意してたらしいんだよな。家同士の約束は約束、それで婚約破棄を言い出したのがこっちだったから…………断りきれなかったんだ」


「ででもさ、彩ちゃんはど うなっちゃうの?!」


「どうって……もちろん今まで通りだ。彩もあっちの謝罪を受け入れて、納得しているし」


「信じられません~~そんな条件を、彩ちゃんが同意して受け入れたんですか~~~?!」


 これだけは言って置かねば。葦舘留美への返答を受けて、雪城舞が響也を質す。


「本心からだとお思いですの?」


「…………」


「最初の勢いはどうした!? 頼りないヤツ。爺さんの決定をひっくり返せないなんてさ」


「待って仁子。私達の学院は寛容と忍耐、友愛を旨としていますわ。例え彼女の振る舞いや言動が常軌を逸していても、謝罪するなら無碍に扱えない。機会はあげなければ」


「だから許すっての? アイツが心底から反省してるなんて舞、あんたも信じて無いだろ」


「それは判りませんわ……でも遮那は喜んでいますわよ。あの子は彼女が学院から居無くなるのを一番心配していましたから。ただ彩ちゃんの気持ちを考えますと…………。今は反省が本心であることを願うばかりですわ」


「くっ」


 言いたいことは幾等でもあった。だが遮那堂と知り合った当初の自分をふり返れば、叶仁子も偉そうな事は言えない。彼女の寛容と忍耐があってこそ、現在の関係も有り得たから。

 一方で親友の願いとは相反する不本意な思い。――――仁子を窘めつつ、雪城も自己矛盾を内包している複雑な心情を吐露した。


「でも変化への対応が素早いですわね。幾人もの人間に頭を下げては数度の恥。腹の虫を抑え、ただ一度頭を下げる事で中枢へ入り込む。そういう人を特定したという事ですわ。これで彩ちゃんと同等の状況を手に入れてしまった」


 フィアンセを横取られて激怒した筈の彼女が、今はあっさりと婚約を取り下げた。気まずい雰囲気の土御門神社へ入り込み、針の筵みたいな学院に残る。何故か? そこまでして、鎌倉の地へ留まらねばならぬ理由があるのか。……こうなると、彼女が教室を飛び出す直前吐いたセリフ


 『個人の勝手な振舞いが大勢の生命を危険に晒すことがあります』

 言葉の背景が気懸かりだ。


 あれが虚構で無いとしたら、どうなるのか?


 ・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・


「ねえ勘解由小路さん。教室を出るとき皆へ言ったこと、どういう意味」


「意味?」


「〝大勢の人達の命が危険に晒される〟って話」


「ああ…………。ごめんなさい。実はあれ、大した意味は無いの。私も引っ込みがつかなくなっていたのね。つい捨てゼリフみたいな事を言ってしまったわ」


 彼女は恥ずかし気な笑みを湛え視線を落として話す。


「そうだったんだ! じゃあ安心いいのね。迫真性があって嘘っぽく聞こえなかったから。心配しちゃった」


 紗夜香は微笑んだまま黙っている。小鳥遊恵理子はたぶん照れているのだろうと思った。


 (遮那の言う通りね。婚約者が絡んでいたし、感情が激してああなっただけかも。こっちの物静かで冷静な彼女が、本来の姿なんだわ)


 最初教室へ入ってきた勘解由小路紗夜香を一目見た瞬間から、小鳥遊恵理子は彼女に特別なものを感じていた。

 口で説明するのは難しいが、こう《遮那堂かほると対等の器量》というのか、貫目で引けを取らない強烈な存在感を持っていて、惹きつけられるのだった。


 彼女への印象を洩らした時、それを聞いた周囲の友人達は、冷かし半分な口調で指摘した。


「そういや小鳥って。あの子が初めて来た時、ポオッと顔を赤くして見つめてなかった?」

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