24 御下問
玄関方向へ顔を向ける。彼は全く気がつかなかった――――
それ以前やって来る事自体ありえない。思い込んでいた為に意表を突かれ、大慌てだった。
いったい何を話しているのか。
祖父の空夜と彼女が会見している間、響也は気懸かりでずっと落ち着かない気分でいた。勘解由小路のしでかした事を考えれば、向こうこそ此方の意向を懸念するべき立場なのだが。
一方の彩は覚悟していたのか、終始落ち着き払った態度でいる。
間もなく会談を終えたらしく、凜子が彩の居る八畳間へ顔を出して言った。
「彩ちゃん。総帥さんが呼んでるから、来てくれる?」
「はい」
続いて彼も立とうとしたが、凛子は
「響也くんは此処に居てね」そう制するので思い留まる。
彩が応接間へ入ると、勘解由小路は空夜翁に辞儀をして立ち上がった。二人と擦れ違う時も頭を下げ、その場を退出して行く。鞍馬凜子は入り口で立ち、部屋の中へは入らなかった。
「只今参上仕りました」
袖の中で両腕を組み、彩を迎えた円座上の老宮司は、少女が降頭し相対する座布団に着くまで、沈思の面持ちで顔下畳目へ視線を注いでいる。
「…………ふむ」
考えを纏め終えたのか、老人は一言呟いて口を開いた。
「お彩。つい先ほど勘解由小路家の娘から、信じられぬ告白をされたのぢゃが。事実かな」
「かしこみて。如何なる内容のお話で御座りましょうや?」
「学院での、そなたに対する罵詈雑言と、極めて侮蔑的かつ強圧的な態度。また他の級友への暴力行為などがあったという一件ぢゃ」
少女は両手指先を畳に付き、まっすぐ正面を見据えて言う。
「畏れながら、真実と存じまする」
「うん。ではそなたへの謝罪を済ませたとの事ぢゃが。それは真心から発せられたものか」
「さて悩ましき哉……計り知れぬもので御座います。わたくしと致しましては、只唯、真なる発露であって欲しいと願望するのみで御座りますれば。…………」
これは少女をして、相手の本心が読み取れなかった経緯を示唆するものだった。
空夜翁も普段の彼女が、濫りに友の心裏を視ない事は承知している。
決して無いが、読もうと思えば心法を用い充分可能であるとも理解していた。
「うむ。……ところでな、当人から響也と自分の婚約を解消したいという申し出があった。互いの意思を確認し合った結果であるという。ワシは了承すると返答した」
彩は一瞬手が震えた。
「そこを踏まえて今ひとつ。彼女はこの社へ奉職したい旨を申し入れて来ておるが、そなたはこれをどう思う」
雪城舞の予想が的中。
前もって告げられ心構えのあった彩は大きな動揺を感じない。それよりもつい先程聞いた〔解消〕の方が、与えられたインパクトは強い。
「良き事であると存じまする。御社の奉職は多忙でもあり、人手が必要。わたくしは総帥様の決定に従いまする」
「そうか。……ご苦労ぢゃった。さがってよい」
少女が部屋へ入って来た時同様、老宮司は再び腕組みし視線を落として、黙考の姿勢を取る。
婚約が正式に破棄された以上、彼女が社へ住み込んでも彩と同等、居候の身分となる。
総帥である空夜翁から直接彩に達しのあった結末を鑑みれば
《勘解由小路紗夜香嬢は主筋ではない》
それを強調した形だ。主家の意向こそ等しく少女への厳命であった。
勘解由小路紗夜香が社内まで踏み込んで来た事で、彩は寧ろ闘志が燃え上がるのを感じた。これら復元力の速さも、彼女の特徴を現わす。
『あらゆる逆境に耐え生き延びた上で、反撃へと転ずる為の肉体的及び精神的な修練』――それこそが戦国時代に生まれ育った少女・彩の大命題であった。
実際勘解由小路家は室町時代断絶しており、初めから彩は彼女の出自への疑問を抱いていた。かの家は役の行者(小角)を始祖とする陰陽道の名門である。
南北朝時代、安倍家が土御門と称し、室町中期頃に加茂家は勘解由小路を名乗った。
一方、武士階級が力を持ち始めた頃から加茂家は凋落傾向へ陥る。やがて室町後期、直系の在富が嗣子で甥の在種を殺害。後継が絶えるという異常事態に発展した。
諍いの要因は、嫡子在昌が南蛮の占星術を学ぶため耶蘇教へ改宗し勘当され、甥を世継ぎに定めた事だという。
当時のキリスト教宣教師達の影響力を物語る話だが、在昌はそれ以後も変わらず祭事を行ったと思しき記録があるので改宗した者とは別人説もあるが、勘解由小路家の断絶は事実であった。これらの情報は、現代へ来てから彩がインターネットの検索を用い仕入れた知識である。
本より、勘当云々は彼女にとって大した意味は持たなかったが。
祖父との面会を終えた勘解由小路紗夜香は、中廊下を進んで響也のいる八畳間横を通り過ぎ、玄関で靴を履いて表へ出た。彼は屋内で口論を始め、それが彩の耳に入るのを避けたいと思い、間を計って自分も玄関口へと向かった。




