23 風見鶏
彩が体調不良を起こしたと聞いて担任の烏丸頼子は驚いていたが、そもそもの原因は誰も言及しなかった。
これは彩自身、或いは響也から親告するのが筋と考えられた事。
何より、報告自体消極的な遮那堂かほるの意思を、教室の全員が漠然と感じていたからである。
クラスメート達が下校しても、遮那堂かほるは校舎内で生徒会の処務をこなしていた。
その彼女が職員室前までやって来たのは、彩と紗夜香二人の確執・経緯も含めて烏丸頼子へ報告の上相談するべきか――――迷っての事だった。だが、一方の当事者が引き戸を開けて現れる。中に向け一礼してから戸を閉め、此方へ顔を向けた。
思いがけず教職員室の前で出会った二人は動きを止める。
「サヤカ」
図らずして取れたアイ・コンタクトの機会を逃さず、気持ちを繋ぎ止めようと遮那堂かほるは勘解由小路紗夜香に話しかけた。
「私たちは、まだ友達よ」
彼女は直ぐ前方へ視線を移し、無言のまま横を通り過ぎてゆく。遮那堂は寂しげに表情を曇らせつつ、すれ違った。
「かほる」立ち止まった勘解由小路が遮那堂の背中へ向かって呼びかけた。
名前で呼び止められた彼女は、驚いて振り向く。
「〝この学院には友達として選んだ人を信じて助け合う伝統がある〟たしかあなたは、そう言ったわね」
遮那堂は物憂げな表情から一転、強い目顔を取り戻し微笑を浮かべると、胸を張って応えた。
「うん。自信を持って断言する」
「見せてもらうわよ」
「えっ……?!」
言い置いた勘解由小路は振り返る事なく去った。直後、遮那堂かほるは背中を見送りつつ、彼女がこのまま学院を去る気が無いと表明した。そう確信して心の靄が晴れるのを感じた。
やめて欲しくなかったのだ。
彼女を見送った後、遮那堂は教職員室へ入り烏丸頼子と面会した。直ぐさま事実関係を報告しなかった事を謝罪し、経緯不明な部分があれば、客観的な視点で補完する旨を告げた。
「勘解由小路紗夜香。あの子の態度は相当なものだったみたいだな」
「全部自分で告白を?」
「そうでもない。数学の黛先生だ。彼女がお前達のやり取りを少々聞いていたらしくてな」
黛房江先生。あの人は烏丸先生の大学の後輩だと噂されている。
「ところで彼女の言うことには、叶仁子とも前段で衝突があったらしいな。お前もその場へ居合わせたんだろう? 見た事を有りのまま話してもらいたい」
そこから説明していたのか。――――彼女の反省が本心からである証拠とも言えるが、あれもかなり不味い内容だ。でも経緯を伝えるため来たのである。仁子本人は勿論、居合わせた他の生徒全員が知っている事実。遮那堂はあるがままを報告した。
「……聞くに堪えん。…………許せん内容だ。叶仁子の体を催眠術で拘束したなら傷害罪だ。叶自身や霧隠から学院へ親告があれば停学、心的外傷……まあ後遺症が出た場合、その軽重次第だが。退学を考慮されても仕方が無いケースだろうな」
「退学……!」
遮那堂は顔を強張らせる。『本人の承諾もなく催眠術にかけるのは暴力』確か、そう言ったのは咲だったか。あの〝催眠術〟や暴言は無論赦し難いものだったが、強制退去処分は出来れば避けたい。
表状の変化から内心を読み取ったのか、担任は続けて言う。
「現時点で被害者の届出は無く、加害事実を本人が包み隠さず自己申告して責任を認めた。叶仁子と霧隠彩が厳しい処分を望まん限りは、静観するしか無いな。生徒会案件へ持って行きたいのだろう? そちらとしては」
「……申し訳ありません」
謝罪や礼は無用だ、そう言いたげに両手を少し掲げて、烏丸はつけ加える。
「お前は両方とも失いたく無いと思っている様だが、あの子とクラス全体の調和を図るのは難しいぞ。バランサーとして振舞ったつもりが、どっちつかずで優柔不断な態度と取られれば、遮那堂。皆のお前への信頼は、大きく揺らぐ事だろうよ」
だが少女は、寧ろ不安から解き放たれた明るい声音で返した。
「大丈夫です。私、一人じゃありませんから」
「そうか」
烏丸頼子は何処か満足げな含み笑いを浮かべ、短く応じる。級友を易々と見捨てない姿勢には、共感する部分があったのかも知れない。
遮那堂が担任への事後報告を済ませて後、暫らくして。
響也と彩が帰宅した土御門神社を、勘解由小路紗夜香が訪れていた。雪城舞が看破した通り、当日の放課後下校したその足で、彼女は神社に姿を現したのである。
応対したアルバイト巫女の鞍馬凜子は、挨拶をする目前の少女の美しさを見て驚嘆した。
宮司との面会を求められた彼女は、直ぐ応接間へ走る。空夜翁に来客の旨を告げると、そのまま通すよう指示されたので
「どうぞどうぞ」言いながら、廊下を先導して案内した。
自室で彩を励ますため話を振っていた響也だったが、彼女は途中で
「来られましたな」




