4話 ロナルドからの贈り物
季節は秋を迎え、風が涼しくなってきた頃――
「また、ロナルド様からだわ」
嬉しそうに微笑んだヴィオレッタは、窓辺の椅子に腰を下ろし、茶色の小包をそっと開いた。
結婚してから毎月、邸を空けてばかりのロナルドからは異国製のブレンドティーが送られてきた。“子宝に恵まれる”お茶だそうだ。
それを、ヴィオレッタは毎日嬉しそうに口にした。
(このお茶のおかげで、すぐに赤ちゃんが来てくれたりして……)
彼女は「ふふっ」と小さく微笑むと、ふわりと広がる不思議な薬草の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「ロナルド様……」
ヴィオレッタは、小包に添えられた小さな紙の切れ端をそっと指先で撫でた。
そこには、『私たちの可愛い子ができるように』と彼の字で綴られていた。
『お忙しくても、ロナルド様はわたくしを気遣ってくださる。お優しいあの方のためにも、早くわたくしたちの子どもが欲しいわ……』
ヴィオレッタは日記を綴ると、メッセージが書かれた紙の切れ端を榛色のリボンで優しく束ねた。そのリボンは、彼から贈られた小包に結ばれていたものだった。
彼女は、日記帳と紙の切れ端の束、そしてブレンドティーの小包を大切そうに抱き締めると、白いチェストに仕舞った。
「奥様、私たちがやりますから」
「わたくしにさせてちょうだい」
ロナルドが帰ってくる日。
ヴィオレッタはメイドたちを下がらせると、寝室に癒しの効能のある香を焚いた。
そして、上質な肉と新鮮な野菜に、疲労回復に良いとされるハーブを入れたスープを早朝から煮込んだ。
ハーブは、ヴィオレッタが効能を調べ、自ら庭園に植えて大切に育てたものだった。
「ロナルド様、今日は少しだけお話を――」
「疲れてるんだ。今日は早く休みたい」
せっかく久しぶりに帰ってきたというのに、夜になっても妻に指一本触れずにロナルドは眠りに就いた。
けれど、彼女は不満げな顔も見せず暖かな微笑みを浮かべた。
大きな寝台に静かに体を横たえると、傍らの夫にそっと囁く。
「おやすみなさい、ロナルド様。良い夢を」
柔らかく落ちたヴィオレッタの声に眉をひそめると、ロナルドは愛する女を想いながら瞼を閉じた。
(ロナルド様……今夜もこちらを向いてはくださらないのね)
ヴィオレッタは、彼の背中を見て小さくため息を吐いた。
彼はいつも、ヴィオレッタに背を向けて眠った。
それを淋しく思いながらも、ヴィオレッタはただ微笑んで彼を想い、見つめ続けた――
◇
侯爵領の街外れにある、小さな白い邸。
その邸の庭は真新しい銀色の柵に囲まれ、淡いピンク色の薔薇で埋め尽くされていた。
邸が夕日に照らされる頃――
柵の外に馬車が止まり、黒い外套を纏った一人の男が降り立った。
邸に近付いた男に、門を守っていた騎士たちが道を開ける。
「リリアーヌ、今帰ったよ」
「ロナルド様! お帰りなさい」
白いドレスの裾を翻して駆け寄るリリアーヌを、ロナルドは抱き締めた。
黒いフードを下ろして、リリアーヌを愛しげに見つめる。
「リリアーヌ……また庭で私を待っていたのか?」
「はい。リリアーヌはロナルド様に会えるのが待ち遠しくて……」
「馬鹿だな……いつも帰っているだろう?」
邸とリリアーヌを守るようにロナルドから命じられている騎士たちは、表情を変えぬままで佇んでいた。
邸の中は、美しい調度品や上質な家具が並び、リリアーヌのためにメイドが数名雇われていた。
二人は象牙色のソファに腰掛け、寄り添って過ごした。
「リリアーヌ、どうしたんだ……」
「…………」
「元気がないようだ」と頬にそっと触れたロナルドを、リリアーヌは大きな青い瞳で見上げた。
「ヴィオレッタ様は、伯爵家のご出身なのでしょう? 羨ましいわ……」
「わたしのお母様も貴族だったら、ロナルド様の花嫁になれたのかしら……」と瞳を潤ませるリリアーヌを、ロナルドは抱き寄せた。
「妻とはただの政略結婚だ。……私のすべてはお前のものだと、いつも言っているだろう?」
甘く囁いても浮かない顔のリリアーヌを、ロナルドは心配そうに見つめる。
「そうだ……リリアーヌ、何が欲しい?」
優しく微笑むロナルドを、リリアーヌは澄んだ眼差しで見つめ返す。
「わたしは……ロナルド様がお傍にいてくださるのなら、何も望みませんわ」
「全く……お前はいつもそうだな」
「よし。私が最高の宝石を贈ろう」と笑ったロナルドに、リリアーヌは小さく微笑んだ。
「……どこに連れて行ってくださるのですか?」
「『アンバー』だ。あの店の宝石は間違いないからな」
侯爵領で一番だと名を馳せる宝石店の名前に、リリアーヌは少しだけ背筋を伸ばした。
「でも……わたしなんかが……」
「私の愛するリリアーヌには、最高のものを与えたいんだ」
抱き寄せられたリリアーヌは、ロナルドの胸元に頬を寄せて微笑んだ。
弧を描いた青い瞳に、彼は気付いていなかった。




