24話 祝福
レアンドロが菫の花畑でヴィオラへの愛を誓ってから一年が過ぎた。
アルバラード辺境伯領には、また花の咲く季節が訪れた。
ベルガントの街並みを、甘い花の香りが渡っていく。
待ち望んだレアンドロとヴィオラの婚礼の日が、ついにやって来たのだ――
大聖堂の奥。淡い色の花々で飾られた花嫁の控室に、柔らかなノックの音が響いた。
「ヴィオラ」
「レオ様……!」
振り返ったヴィオラのあまりの美しさに、レアンドロは水色の瞳を見開いた。
(なんて美しいんだ……)
窓辺から差し込む光に淡く輝く白い肌。恥じらうように笑みを浮かべる唇は、まるで咲初めの花びらのよう。
その菫色の澄んだ瞳は、柔らかな光を宿しながらも、芯の強さを表すように美しく輝いている。
「ああ……愛しいヴィオラ――」
「いけませんよ。せっかくの花嫁衣装が崩れてしまいます」
両手を広げ、思わずヴィオラを抱き締めそうになったレアンドロを、エッダがやんわりと制した。
レアンドロは少しだけ残念そうに小さく笑むと、改めてヴィオラを見つめた。
(似合っているかしら……)
ヴィオラの花嫁衣装は、ルークスの王族の婚礼だけに許された、袖や裾の長い特別な純白のドレスだった。
胸元や袖や裾には、純白に煌めく絹糸で花と蔦の美しい刺繍が施されている。“花のような美しさ”と“永遠に続く繁栄”を表しているそうだ。
「私の花嫁が、世界で一番美しい……」
レアンドロの熱を帯びた眼差しと甘い声音に、ヴィオラは頬を染めた。
「……レオ様の方こそ、とても素敵ですわ」
婚礼用の白い正礼装を纏ったレアンドロは、威厳と気品に溢れる凛とした佇まいだった。
普段は黒や濃紺ばかり着ている彼の特別な装いに、ヴィオラは見惚れていた。
見つめ合う二人に、エッダが柔らかく口元を緩める。
「さぁ、そろそろお時間ですよ」
「もう、そんな時間か……ああ……私の美しいヴィオラを皆に見せるのが惜しくなってきたな……」
「……ヴィオラ様を妻に迎えたことを世界中に知らしめる、と仰っていたのはどなたですか?」
「エッダ、そのことは……」
(まあ……レオ様は、そんなことを仰っていたの?)
菫色の瞳を丸くして頬を染めたヴィオラに、レアンドロは恥ずかしそうに頬を染め、小さく咳払いをした。
「さぁ、皆様お待ちかねですよ」
「……ヴィオラ……さぁ、手を」
「ええ、レオ様……」
二人はほんの僅かに恥じらいを滲ませながらも、しっかりと手を取り合った。
レアンドロの大きな手を握り、ヴィオラはゆっくりと歩き出した。
◇
大聖堂には、二人の婚礼のために、国中から王侯貴族が集まってきていた。
参列席の最前列には、満足げな笑みを浮かべる大公ブラウリオ。後方の席には、レアンドロを支える若き副官たちの姿もあった。
「いやあ……俺たち、手伝った甲斐あったよなぁ。早朝出勤が懐かしいよ」
「大変でしたけど、良かったですよね……あんなに嬉しそうな辺境伯閣下は中々見られませんよ」
参列席で囁き合うように言葉を交わすロレンツォとマルコの隣で、アドルフォは黙って座っている。
「それにしても……辺境伯閣下の想い人が、まさか大公家の姫君だったとは驚きでしたよね……」
「……そうだな」
(川に落とされた侯爵夫人が、今では大公家のお姫様だもんなぁ……)
ヴィオラが隣国の侯爵夫人だったことを知っているのは、レアンドロの他にはロレンツォだけだった。
ロレンツォは柔らかく眼尻を下げて、幸せそうに微笑むヴィオラの横顔を見つめた。
(ヴィオラ様、辺境伯閣下。どうか幸せになってくださいね……)
じんわりと熱くなる胸にロレンツォが浸っていると、傍らからぼそりと声が落ちた。
「…………今日、祝日に制定されるらしいぞ」
「「えっ?!」」
呟かれたアドルフォの言葉に、ロレンツォとマルコは思わず声を上げた。
そして、参列席の後方には、孤児院の院長と数人の子供たちの姿もあった。
「ヴィオラ先生、きれ~い」
「お姫さまだもんね」
子供たちは、皆刺繍教室に通う少女たちだった。皆が、ヴィオラが選んだお揃いの淡い薄紫色のふんわりとしたドレスを纏っている。
子供たちの中でも、年長の少女たちは、花嫁用の刺繍入りのグローブをヴィオラに贈った。まだ十三から十五歳ほどの少女たちが、ヴィオラのために花と蔦の刺繍を施したのだ。
まだつたない出来ではあったが、一針一針丁寧に仕上げてくれたことが伝わる、想いのこもった品だった。
『まあ……あの子たちが、わたくしのために……?』
ヴィオラの元にそれが届けられたとき、彼女は胸が熱くなり、感激のあまり涙をぽろぽろと零した。
皆が、この日に結ばれる二人を祝福していた――
(わたくしは、世界一幸せだわ……)
「愛しいヴィオラ……ようやく、貴女を妻に迎えられる……私は世界一の幸せ者だ」
「レオ様……わたくしも、同じ想いですわ」
祭壇の前には、幸せそうに微笑み合うレアンドロとヴィオラの姿があった。
白い正礼装を纏うレアンドロの隣で、純白のドレスに身を包んだヴィオラが淡い笑みを浮かべている。
まるで一国の姫君のような気品と美しさに溢れるヴィオラの美しい花嫁姿に、参列客は皆目を奪われていた。
勿論、レアンドロも――
(そんなに見つめられたら、恥ずかしいわ……)
うっとりとした眼差しで微笑むレアンドロを、ヴィオラは恥じらうように見上げた。
そして、ついに結婚式が始まった――
祭壇の奥では、淡く微笑む司祭が二人を静かに見つめている。
「レアンドロ・デ・アルバラード。汝は、この者を妻として迎え、生涯愛し、共に歩むことを誓いますか」
「誓います」
「ヴィオラ・デ・エウスタキオ。汝は、この者を夫として迎え、生涯愛し、共に歩むことを誓いますか」
「はい。誓います」
「では、指輪の交換を……」
レアンドロはヴィオラの手をそっと取ると、白金の指輪を彼女の薬指に嵌めた。指輪の中央には、美しい水色の宝石が輝いている。
(レオ様の瞳と同じだわ……)
まるで冬空のように透き通る澄んだ水色に、思わずヴィオラは見惚れた。
「ヴィオラ」
囁かれた甘い声に、ヴィオラはハッと顔を上げた。
(いけない……式の途中だったわ……)
頬をほんのりと染めたヴィオラは、レアンドロの大きな手を取ると、白金の指輪を長い薬指に嵌めた。指輪の中央を飾る宝石は、菫の花びらを思わせるような美しい紫色だった。
「誓いの口づけを――」
恥じらうようにレアンドロをそっと見上げたヴィオラを、彼は何より愛しげに見つめた。
そしてまるで――何より大切な宝物に触れるかのようにヴィオラの頬に触れ、そっと唇を重ねた。
(これからずっと、レオ様のお傍にいられるのね……)
暖かな祝福と幸せに包まれて、二人は微笑みあった。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、ロナルド(ヴァルデン侯爵家)サイドになります。
ここからは、更に幸せに包まれるヴィオラたちと、
崩壊へと向かうロナルドたちのお話を織り交ぜてお届けしていきます。
ぜひお楽しみいただけると嬉しいです。




