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婚約破棄?もちろんです! その前にあなたの浮気相手を断罪しておきますね!  作者: 渚月(なづき)


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第9話 法廷に咲く本物の色

本物は、声高に、主張しない。ただ、そこに在って、光を浴びるだけで、いい。


私は、その日、声を張り上げる気は、なかった。色に、語らせるつもりだった。


大広間に、廷臣たちが、居並んだ。


中央に、国王陛下。傍らに、ガラン公爵。少し離れて、シエナと、元婚約者の殿下。


私は、ひとり、進み出た。手には、染めの道具と、いくつかの布。


「では、ロザリン嬢」と国王が言った。「申し開きを」


「申し開きは、いたしません」と私は答えた。「代わりに、お目にかけます。本物と、偽物の、違いを」


私は、まず、桶を、用意させた。中の液は、にごった黄緑色。


「これは、藍の染液です。ご覧のとおり、青では、ありません」


白い布を、液に沈め、そっと、引き上げた。


廷臣たちが、どよめく。


引き上げたばかりの布は、まだ、黄緑のにごりを、まとっていた。それが、ひと呼吸、ふた呼吸するうちに、緑を脱ぎ、深い青みを、帯びていく。


手品では、ない。ただ、空気に、触れただけ。誰の手も、加わっていない。


「染めの手を、止めても、藍は、ひとりでに、行き着くべき色へ、たどり着きます」と私は、言った。「どれほど覆い隠しても、空気に触れれば、必ず、表に出る。人の企ても、それと、同じでございます」


国王が、わずかに、身を、乗り出した。広間の、ざわめきが、すっと、引いていく。


私の、ひと言も、聞き漏らすまいとする気配が、伝わってくる。これでいい。色に、語らせる場が、整った。


私は、次に、二枚の布を、並べた。一枚は、シエナ嬢のドレスから、許しを得て切り取った端切れ。もう一枚は、私の、深い紫の手巾だった。


「偽りの紫が、光に透かせば、青と赤の二層に分かれることは、先の召喚の場で、お目にかけました」と私は言った。「今日は、布そのものに、語らせます」


私は、湿らせた白い布で、まず、シエナ嬢の端切れを、そっと、こすった。


白い布に、うっすらと、赤紫が、移る。


「偽りの紫は、こすれば、色が移ります。下染めの赤が、布に、しっかり噛んでいないからです」


次に、私の手巾を、同じように、こすった。白い布は、白いまま。何ひとつ、移らない。


「こちらは、亡き王妃さまの形見の、貝紫。擦っても移らず、陽に当てても褪せません。海の小さな貝から、わずかしか採れぬ、王家の色そのものです」


廷臣たちの間から、感嘆の、声が、漏れた。


「シエナ嬢のまとう紫は、王家の色では、ありません。王家の色を騙る、偽りです」


「そして――王家の色を、許しなく騙ることが、何を意味するか。この場の皆さまは、ご存じのはず」


シエナが、よろめいた。化粧の下の顔が、青ざめている。


「さらに」と私は続けた。「ここに、シエナ嬢の出生の記録があります。女官長オーレリアさまが、命をかけて、遺された記録です」


廷臣たちが、息を呑む。


「これによれば、シエナ嬢は、男爵令嬢では、ありません。家柄も、紹介状も、すべて、偽り。あなたは、偽りの紫をまとった、偽りの令嬢です」


「ち、違う……私は……!」


シエナの声は、もう、誰の耳にも、嘘に、聞こえた。


「お、お待ちになって」と、シエナが、声を、震わせた。「布が、偽物でも、わたくしが、知らずに、着せられていたのなら――」


「ええ。その通りです」と私は、静かに、応じた。「もし、あなたが、ただ、騙されていただけの、被害者なら。けれど、あなたの出生の記録は、誰かに着せられたものでは、ありません。あなた自身が、偽った、名と、家柄です」


シエナは、二の句が、継げなかった。


私は、彼女を、責め立てる気は、なかった。ただ、事実を、ひとつずつ、布のように、広げて、見せただけだ。


色は、欺かない。欺くのは、いつも、人のほうだ。


ニコの言葉が、この大広間に、静かに、響いている気がした。


「では、その偽りを、誰が作ったのか」と私は、声を、わずかに強めた。


「副工房長ナタリーが、工房の手順を、外へ流していました。私は、わざと、見分けのつく目印を仕込んだ手順を、彼女ひとりに、渡しました。その目印が、市場の偽物に、そのまま、現れたのです。染めの癖まで、寸分たがわず」


ナタリーが、廷臣の後ろで、うなだれた。逃げ場は、もう、なかった。


かつて、隣で、桶を覗いた人。その人を、私は、自分の手で、皆の前に、引き出している。胸が、軋まないと言えば、嘘になる。


けれど、私は、声を、荒らげなかった。手順が流れたことも、目印が現れたことも、ただの、事実だ。事実は、静かに、置くだけで、足りる。


ナタリーは、ただ一度だけ、私を、見た。その目にあったのは、言い訳ではなく、長く澱んでいたものが、ようやく流れ出たような、奇妙に、静かな色だった。


「けれど、ナタリーも、シエナも、ただの、手足です。糸を引いていたのは――」


私は、まっすぐ、ガラン公爵を、見た。


「南の倉に、大量の安い染料が運び込まれ、そこで、偽物が作られていました。染料商バルトが、出入りのすべてを、控えに残しています。倉の主は、ガラン公爵。あなたです」


広間が、凍りついた。


廷臣たちの視線が、いっせいに、公爵へ、注がれた。


けれど、公爵は、眉、ひとつ、動かさなかった。さすが、と言うほかない。修羅場を、何度も、くぐってきた者の、落ち着きだった。


私は、ひるまなかった。ひるめば、すべてが、崩れる。


「証は、布だけでは、ありません」と私は、続けた。「南の倉に出入りした、荷の控え。手順を流した者の、染めの癖。出生の偽りの、記録。そして、何より――王妃さまの、真の貝紫」


「ひとつ、ひとつは、小さくても。重ねれば、一枚の、確かな布に、なります」


私は、集めた証を、卓の上に、静かに、並べていった。一枚ずつ、ていねいに。まるで、染め上げた布を、干していくように。



公爵は、それでも、笑っていた。


「面白い話だ」と公爵は、ゆっくりと、立ち上がった。「だが、すべて、状況に、すぎん。倉は、私が人に貸したもの。手順を流したのは、副長で、偽物を作ったのは、職人。私が、何をした? 何ひとつ、私の手は、汚れておらんよ」


賢い。あくまで、賢い。証を、すべて、他人の手に、すり替えてしまう。


「それに」と公爵は、懐から、一枚の書状を取り出した。「ここに、ニコ殺害の夜、ロザリン嬢が、染め場にいたという、証人の証言がある。彼女こそ、師を手にかけ、偽物を作った、張本人だ」


偽の、証言。最後の、切り札。


廷臣たちの目が、揺れた。空気が、傾く。


私の、観察も、検証も、証拠も――この、たった一枚の、嘘に、ひっくり返されようと、していた。


「陛下」と公爵は、声を張った。「この女の言葉に、もう、耳を貸す必要は――」


「お待ちを」


声が、した。


広間の、入口から。


誰もが、振り返った。


そこに立っていたのは――あの夜、私のために、ひとことも、声を上げなかった、あの人だった。


ジェラルド殿下。私の、元婚約者。


広間の視線が、いっせいに、彼へ、集まる。けれど、殿下は、誰も見ていなかった。ただ、まっすぐに、公爵だけを、見据えていた。その横顔は、あの婚約破棄の夜の、迷いに満ちた顔とは、別人のように、静かだった。


その手に、一束の書状を、握りしめて。


公爵の頬から、初めて、笑みが、剥がれ落ちるのを、私は、見た。


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