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現代的な死神の悩み(2144文字)

 現代の死神は、なかなか大変だ。この時代はとにかく、人が死なない。

 死神の仕事は人を死なせて冥界へ連れていくことだ。その儲けは、若者を死なすほど多くなる。逆に老い先短い老人を死なせても儲けは少ない。ほっといてもそのうち冥界に来るからだ。それが死神世界のしきたりなのだ。

 実は死神たちは人間に化けて、社会のいたるところに紛れ込んでいる。冥界の外交局で手続きをすれば偽装身分など簡単に作れるから、ある死神は闇医者になって人を殺しまくったり、ある死神は反社会勢力になって争いを煽り、人を死なせまくっている。

 だが……世界が安全になりつつある現在二十一世紀。そうしたあくどい商売はどんどんやりにくくなっている。警察が昔より賢くなったし、ネットの普及は大衆の相互監視体制を強化した。念入りに準備しても、死なせられるのはせいぜい数人。そんなの、割に合わない。

『じゃあいっそ、大量に人を死なせてしまえばいいじゃないか。病気や戦争で……』なんて指摘する者もいるだろうが、それは素人の浅慮というものだ。死神にとって大切なのは、「早く死なせること」だけではない。長い目で見たときに、人類の寿命を伸ばさないことも同じくらい重要なのだ。

 というのも、人を早く死なせようとして行ったことが、結果として人の長生きを招くというのが、歴史上よくある。

 古くはペストや天然痘の時代、破滅的な病が世界を覆い、たくさんの死者が冥界に落ちた。そのときは確かに、人間社会で言うところのバブル状態だった。死神たちは毎晩、飲んで食って踊って騒いでいた。だが時が経つにつれ、人間は悪しき歴史に学んで衛生環境を改善し、抗体を見つけ、ワクチンを打つという知恵を身に付けていった。回りまわって、疫病のせいで医学が発達したというわけである。

 そうなると、冥界のバブルははじけて、そのツケがのしかかってくる。人間の寿命は延び続け、昔は五十歳で長生きとされた時代が、今では百歳を軽く越えるほどになっている。世界を見てみろ。健康な老人ばかりではないか。

 死神たちは悔やんだ。あのときもう少し我慢して、世界の人口が増えてからこっぴどい疫病を蔓延させていたら、もっと多くの人を冥界に迎えられたはずだと。

 だから現代の死神は、その教訓を学び、安易に病を流行らせなくなった(もちろん、自己中心的な死神が新種の病を作ることはあるが……)。

 戦争も事情は似ている。人間社会に紛れ込んだ死神が、さりげなく戦争のきっかけを作り、国同士の争いを引き起こすなどという話はよくあった。死神社会の義務教育でも、その歴史をかならず学ぶ。しかしそれは輝かしいものとしてではなく、戒めの歴史として伝えられる。なぜなら病と同様、戦争はその後の文明を強く刺激し、発展を促してしまうからである。

 戦争の記憶は人類に深い後悔を植えつけた。各国は「戦争より国際協調を優先したほうが割がいい」という事実に気づいた。ミサイルを作ってばかりの国が、国際社会から総スカンをくらうことに疑問を抱くものは、今やいないだろう。

 また、戦争によって進歩した工業力で新たな産業革命が生じることもあった。社会は効率化し、物資や娯楽が飽和し、人類が長生きする土壌がより育まれてしまった。もはや、人類に戦争をさせるなら、世界を焼き尽くすような核戦争でなければ割に合わない。しかし、そこまでの大惨事をけしかけるのは、いくら死神たちでも難しい。

 そういうわけで、現代の死神は困っているのだ。

 ああなにか、人類を発展させず、法律の目をかいくぐって、細く長く人を殺し続けられる手段はないものか……。

 結局、多くの死神が出した結論は、似たようなものになるのだった。


 **


 ある会社の社員用休憩室で、三人のサラリーマンが机を囲んでいた。休憩室には他に誰もいない。

 さてこの三人、実はみんな死神である。計画的に一緒に潜入したわけじゃなかった。三人それぞれが勝手に潜伏先を選んだ結果、たまたま同じ職場になったのだ。


「まったく、二十一世紀になってからずいぶん経つのに、相も変わらず不景気だな……」

「ええ。人間たちも不景気だと嘆いていますが、僕らの事情も知ってほしい。すぐにそんな甘いこと、言えなくなる。生活が貧しくなったからなんだ。どうせ死なないくせに」

「いやだいやだ。とうとう、安泰だと思っていたこの仕事にも陰りが見えてきたし……」


 三人のため息が重なる。それから三人同時に、懐からライターを取り出した。

 タバコに火をつけ──合法的に最も死に近い──紫煙をゆっくり味わい、吐き出す。


「若い世代はどんどんタバコに興味をなくしていくし……」

「健康ブームのせいでもあれば、金がないせいでもありますね。私たちのためだけにやれるなら、いくらでも安く売ってやるのだが……」

「タバコ税廃止の法案、気の狂った政治家が通してくれないものか」

「ありえませんよ。とにかく私たちは、タバコを広め続けるしかないのだ」

「ええ、インフルエンサーを使って広告を打ち、電子タバコは無害だという宣伝文句を作り、駅にチラシを貼りまくるしかありません……」

「騙せる若者から騙していくしかないね……」


 全面ガラス張りの休憩室は、灰色のため息で満たされつつあった。

 今日も三人の死神は、手頃な死を広めるために暗躍する。

タイトル『現代的な死神の悩み』

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