神の言葉(2735文字)
「音楽とは神の言葉である」
「まさしく、そのとおりだ」
ある天才音楽家と、その友人である天才科学者が、ぼろぼろの研究施設で話していた。
つい一年前、悲しいことに第三次世界大戦が起こってしまった。
世界中で爆弾がすべてを焼き尽くし、ほとんどの土地が更地と化した。さすがの人類も、もはや滅亡は免れそうになかった。ここら辺は、奇跡的に焼け残った場所であった。
辛うじて一命を取り留めたふたりは、科学者の案内で、彼が長年勤めていた研究所に逃げ込んできたのだが、核の影響は避けられなかった。ふたりともひどい吐き気に苛まれているし、視界もかすんでいる。水と食料はいくらか見つけたのだが、どんなに気力を振り絞っても、もってあと一週間というところだろう。
そこでふたりは人生の最後に、なにかを後世に残そうと話し合っていた。
「私は後世に音楽を届けたい。人類が再び復活するとき、そこに音楽という文化が芽吹き直す手助けをしたい」
「うむ。私に、君のような友人がいてよかった。やはり人間の主体は芸術にあるべきだからね。科学は暴力に使われ過ぎたのだと、今になって心から思うよ。最後に私のすべての知識を持って、君の志の手助けをしようと思う」
「ありがとう、友よ。私にひとつアイデアがあるんだ、太陽光発電をもとに、恒久的に歌を流す装置というものを、作れやしないだろうか」
「いいアイデアだ。この研究施設にはそれを可能にするだけの材料がある。私も工学はいくらか齧ってきたから、人生最後の踏ん張りどころだ、全力でそのアイデアを実現してみせる」
「なんと心強い言葉だろうか」
ふたりは固く手を取り合って、決意をともにした。それからさっそく作業に取りかかった。
音楽家は焼け残ったパソコンで作曲を行い、科学者は音響装置の開発に取り組む。
デッドライン症候群とはよく言ったもので、己の死を前に、ふたりの頭からは、湯水のようにアイデアが湧き出た。
「なぁ、聞いてくれ。恒久的に流れる楽曲に、始まりと終わりはあるべきじゃないと思うんだ。だからループする構成にしようと思うのだが、それで聞き手を飽きさせては元も子もない。そのため喜怒哀楽、好き嫌い、苦しい、寂しい、さまざまな感情をモチーフにしたアレンジを、互換可能な小節として用意しておき、どうにかそれらを、ランダムに組み合わせたい。そんなプログラム作れるだろうか。もうすでに、いくつかアレンジの小節は作っている」
「どれ、それぞれの小節を聞かせてくれ。……なんということだ、やはり君の音楽性には、敬服するね。どのアレンジにも独特の深い味わいがあるのに、聞いていてくどくならない、統一感だって持っている。これならば、機械的に構成を組み替えても、違和感はないし、聞き飽きもしないだろう。よし。待っていてくれ。五時間もあれば、そんなプログラムを搭載してみせるぞ」
「さすがだ、友よ。まったく君と幼いころに出会えたことが、運命だったよ」
ふたりはもう気力だけで活動しており、ここ数日、寝てもいなかったけれど、ともに表情は活き活きとしていた。
そして、アイデアが生まれてから七日目の朝、ふたりが夢見た装置は完成した。
それは研究所の、焼け残った広い中庭の、真ん中に設置された。
柔らかな朝の日差しに照らされる装置は、黒い金属で直方体の形に覆われていたから、まるで棺のように見えた。それもそのはず、百年も二百年も雨風や腐食に耐えさせるため、研究施設の中でももっとも耐久性に優れた金属素材で外側をコーティングしていた。
そのうえで、太陽光発電パネルを天面に設置した。この時代の最新の太陽光パネルであるから、耐用年数も申し分はなかった。
「さて、それでは、最初で最後の試用テストだ」
「ここで上手く音が響かなくても、ともに笑って、眠りにつこうじゃないか」
「そうだな。いずれにせよ、後悔はないよ」
中庭でふたりはぼろぼろの身なりのまま並び座り、科学者の彼がスイッチを手に取った。
七日の不眠不休によって、ふたりの命は今にも尽き果てそうなくらい疲れていた。でもどちらの表情も達成感に満ちていた。
科学者が、スイッチを押す。
すると、やすらかなメロディが流れ出した。
まるで棺の中で、小人たちのオーケストラが演奏しているような、素晴らしい音色。ふたりは言葉なく笑い合うだけで、その満足感を共有した。
そしてどちらともなく、午睡につくように目をつむる。
やがて、隣り合って永久に眠った。
演奏はそれからもずっと、鳴り響き続けていた。
しばらくして、快晴だった空に、わずかに雲がかかった。すると、鳴り響いていたメロディが、少し不安げな雰囲気に変わる。
そしてまた雲が去って日差しが戻ると、メロディも柔らかな印象へ戻ってくる。
これこそ、ふたりが最後に組み込んだ仕掛けであった。
最初はランダムにアレンジを組み合わせるつもりだったけれど、それよりもっと聞き手を飽きさせず、共感させる仕組みはないかと考えた結果、ふたりは最終的に、この仕組みに辿り着いた。
この音の棺は、周りの環境、天気や湿度、風速を敏感に察知し、音楽を変えるのであった。
**
それから二百年後。
人類はしぶとく生き残っていた。
あらゆるデータや文献を失ったし、爆弾の影響でどこの土地も百年ほどはまともに草も生えなかったので、人類社会は水以外のインフラがないような、西暦が始まった時代くらいの文明レベルまで、後退してしまった。
しかし、あのふたりが残した音響装置の周りには、この時代においては発達した、石造りの集落ができ上がっていた。原始的な家が並び、畑もあり、牧畜場も見えた。
そんな集落の真ん中で、音響装置が、しんみりとした音楽を鳴らし始めた。
すると、集落に暮らす、麦わら編みの服を着た人々が、口々に叫ぶ。
「おおい、雨が降るぞぉ。神様のお告げだぁ」
皆が、崩れた研究施設の残骸で建てた、石の家の中へと戻っていく。
それからしばらくすると、本当に雨が降り始めた。
音響装置の太陽光発電は、今も健在であった。もう太陽光発電の仕組みを知るものはいないから、ひとりでに音楽で天気を告げる棺の中には、神様がいらっしゃると、集落の誰もが信じていた。
家の中で住人たちが、外から聞こえてくる、音響装置と同じメロディを口ずさむ。
雨で外には出られずとも、田畑にとっては、恵みの雨だ。住民たちは神様とともに、雨の音楽を楽しみ、収穫の季節を待った。
それからさらに数十年後には、別の地方で息を吹き返した文明都市にこの集落が見つかり、侵略され、異教の神を崇めるなと、音響装置が壊されることとなる。
しかし、長年響き続けた天気のメロディは、奴隷となった集落の住民から、侵略した都市の民族へ、それからまた別の民族へと、受け継がれていくのであった。




