粗悪品(834文字)
ある研究所。
白髭の博士がおいおい泣いていた。
六十代とは考えられないほどの激しさであったから、それは博士の個人研究室からも漏れ聞こえてくるほどだった。
この部屋には普段立ち入りが禁止されているが、あんまりであったからついに右腕ともいうべき助手が扉を開けた。
「失礼しますよ、博士。もう泣き始めて、半日は飲まず食わずでしょう……」
「ああ、ああ、ああ……」
扉の音に博士はこちらを向くが、しかし泣くのは止まない。白衣の袖はびしょびしょだ。
「なぜ入ってきた。発明が完成するまで入るなと言っただろう」
「しかし、博士の身を案じる場合となれば別です。そして、そんな風で荒れるということは、発明は失敗したのですね……」
「あぁ、失敗した。それも、考えられる中で最もひどい失敗をした。というのも、ついに完成したと思ってみたら、出来上がったのは理想から程遠い粗悪品だったのだ。見るがいい、これを……」
「えっここまで出来上がっていたのですか」
博士が指をさしたのは、人ひとり入れそうなくらいのカプセル装置。ライティングがついており、稼働していることが分かる。
博士はなおもおいおいと、涙ながらに語った。
「聞いてくれ、とうとう完成したと思ったのだ。だから私は自分を信じ、己を最初の実験者とした。装置はちゃんと動いた。そして──光に包まれたのち、目を開けたとき私がどうなったと思う? ブラジルにいたのだ。"たった一日前の"、な。現地の人々にも確認したから間違いはない。私は、"百年前の"ブラジルに設定したのに、だ。その後何度試しても、結果は変わらなかった。世界各国の一日前にしかタイムスリップできない。そしてカプセルの中に戻ってくるのが十回目となったとき、私の瞳から、絶望の涙が溢れ出したのだ……」
そこまで言って、また博士は机につっぷし、おいおいと泣き始めた。
「これは大変なことになったぞ」
助手はそう一言だけ呟いて、関係各所への連絡のために走り出した。博士のことなど、置いておいて。
翌日から、世界は激変した。




