星の飴(8918文字)
ミサキちゃんは、甘くて可愛いお菓子が食べたい気分だった。
しかし、ミサキちゃんの家では、お菓子なんてそうそう買ってもらえない。
小学生のうちから甘いものを好きになってはいけないと、お母さんが言うからだ。
「はぁ……」
塾からの帰り道、ミサキちゃんはずっと歩道のレンガと睨めっこしていた。この前の塾内テストの結果が返ってきて、算数は九十六点だった。お母さんにこれを伝えなきゃいけない。
そんなときだった。
「もし。ちょっとよろしいですか」
「わあ」
ミサキちゃんはびっくりした。急に後ろから声をかけられるので。
振り返ると、そこにはスーツ姿のお兄さんがいた。背が高くて、ドラマに出てきそうなくらい品のいい顔立ちをしている。けれど、張り付いたような笑顔を浮かべていて、不気味な感じもした。
「な、なんですか」
「わたくし、こういうものでございます」
お兄さんは折り目正しい所作で、名刺を差し出してきたから、ミサキちゃんも思わず受け取ってしまった。そこにはこう書いてあった。
『エヌ星製菓会社 セールスマン』。
「せーるすまん……さん?」
普通の名刺なら名前が載っているあたりに、堂々と『セールスマン』とだけ書いてある。
「はい。わたくし、エヌ星のお菓子のセールスマンをやっております」
セールスマンさんは、ロボットみたいにかっちりした会釈をした。再び上がった顔は、自信満々に微笑んでいた。
「今回あなた様にお声をおかけしたのは、他でもありません。とても、わが社の新商品を、お楽しみいただける方だと思ったからです。ぜひ、無料試作品をご提供させていただきたいのです」
「あ……えと……?」
ミサキちゃんも思わず困惑した。まず名刺が変だし、エヌ星っていうのも変だし、こんな小学六年生に、急に声をかけてくるのも変だ。でも、ここは駅からちょっとしか離れていない、人通りの多い場所。偶然にも、今は全然人がいないけれど……悪意を持って声をかける場所じゃなかった。
ミサキちゃんがまごついている内に、セールスマンさんは懐からひとつの小瓶を取り出した。
「ご紹介させていただきたい商品とは、こちらです」
彼が宝石商のような白手袋をはめていたのとに、ミサキちゃんは今更気づいた。
「こちら、わが社の新商品『星飴』です」
「わ」
細長い小瓶の彩りに、ミサキちゃんは思わず声を上げて、目を奪われた。
ダイヤカットされたガラス瓶。その中に、色とりどりの丸い飴が詰まっている。
──星だ。
ミサキちゃんはそう思った。
どの飴も、本物の星をそのまま飴にしたようだった。木星みたいな縞模様や、火星みたいなざらざら模様──どうやって作ったのだろうと不思議になる、存在感。でも、どれも見慣れない色合いだった。真っ赤に燃えているような星、若葉色の星、紫色の靄みたいな星……。火星や木星のような、知っている星ではなかった。宇宙のどこかのきれいな星を選りすぐって、飴にしたみたいだ。
目を輝かせて食い付いたミサキちゃんに、セールスマンさんはセールストークを始めた。
「こちら、わが社の新製法により、本物の星の魂を原材料として、作った飴なのです。ですので、この飴を食べると、飴と繋がった宇宙のどこかの星も、消えてしまいます。面白いしかけでしょう。そんな試作品を、ぜひお試しいただきたいのです……」
「えっ……?」
見惚れていたミサキちゃんの表情に、八の字眉毛が浮かび上がる。
「今、なんて」
「“試作品を、ぜひ無料でお試しいただきたいです”、でしょうか?」
「その前です」
「ああ。“この飴を食べると、宇宙の星がひとつ消えます。面白いしかけでしょう”」
セールスマンさんは目を閉じてにっこり笑う。
「……」
さすがのミサキちゃんも、呆気に取られた。いよいよこれは大声を上げた方が良いのだろうかとも思えてくる。
けれど、堂々たるセールスマンさんの佇まいを見るに、なにかのおふざけだとも思えないのだった。
あたりの人通りも、まだない。周りに会社も多いこの道では不思議なくらいに、他の大人の人が通りかかってくれない。そんな中で、『お兄さん、変ですよ』なんて言う勇気をミサキちゃんは出せない。
「いかがですか。お試しになりませんか」
「えっ……とぉ……」
ずいっ、と歩み寄られたとき、ミサキちゃんは頬をわずかに赤く染めた。断るべきだと分かっていた。でも……実は、ミサキちゃんはファンタジー小説を読むのが好きだった。だから、こんな不思議な人の、不思議な提案が、ミサキちゃんの心の奥に秘められた好奇心をくすぐらなかったといえば、嘘になるし──。
何より、あんまりにも──星飴は甘そうで、可愛かった。
**
『ではまた、感想をお伺いに参ります』
結局、星飴をタダで貰ってしまったミサキちゃん。セールスマンさんはそれだけ言い残して、すぐ路地裏の方へ去っていった。
そっちの道、駅と反対だけど……?
と思いながら、ちょっとあとを追ってみたところ、ミサキちゃんはまんまるに目を見開いた。すでにセールスマンさんの姿はなかったのだ。きょとんとしていると、ちょうど周りから、普通の大人の人々が、道に現れてきた。まるで、さっきのはドラマの撮影で、あのあたり一帯が二人のために貸し切られていたみたいに。あんまりにも不思議な体験で、ミサキちゃんは怖いのとわくわくするの中間みたいな、胸の高鳴りを味わった。
けれど、手の中には星飴と名刺が確かに残っていた。
**
家に帰って、お母さんにテストの結果を報告した。
やっぱり、ミサキちゃんは怒られた。
──なんであれだけ勉強して、こういうところで躓いちゃうの。
──普段からの心掛けが、本番に出るものよ。
──一度解けたから、大丈夫なんじゃなくて……。
お母さんは怒鳴らない。こんこんと、冷たいお説教をする。ミサキちゃんも慣れてしまった。
夜ご飯を静かに食べて、お風呂を済まして、部屋に戻る。
眠るまでの少しの時間。今日は宿題のないラッキーな日。
改めてミサキちゃんは、カバンから星飴を取り出した。
「なんだったんだろう……」
机の上で、くるくると小瓶を傾けてみる。そのたび、中で星が揺れて、からころ可愛く音が鳴る。聞いていると、口元が緩んでいた。
貰った名刺は、机の引き出しの中にしまっておいた。お母さんに見つかったら、何を言われるか分かったものじゃない。とはいえ、よく見ると電話番号も書いていなかったから、おもちゃだと思われるだろうけど……。
もちろん、この星飴のことも言ってはいなかった。お菓子を黙って買うなんて、許されない。見つかれば、捨てられるだけじゃ済まない。
「……」
じゃあ、ずっと隠し持っておく?
ミサキちゃんは自分自身にそう聞いて、じっと星飴を見つめた。飴型の星は黙って輝き続けるだけ。
「えいっ」
ミサキちゃんは、瓶の蓋をぱかっと外した。そして、掌にひとつだけ出るよう傾けた。
ころんと出てきたのは、若葉色の星。
なんだか、どきどきした。
『この飴を食べると、宇宙の星がひとつ消えます』。
あの、信じられない言葉。
知らない大人からもらったものを食べるのも、普段のミサキちゃんからすれば、ありえないことだったけど……。
なんだか、自分らしくないことをしてみたい気分だった。
ぱくっと、口の中に含んだ。
舌の上で転がす。
そして……目を見開いた。
──おいしい。
口の中で、もっと転がしてみる。
唾液と絡まるたび、表面からしっとりとした甘さがほどける。何味だろう……? フルーツっぽいのだけど、マスカットとも、レモンとも違う。とにかく、爽やかで、甘酸っぱいのだ。
もしかしたら、宇宙の外のフルーツなのかも……。
なんて考えたとき、ミサキちゃんの鼻からふふっと空気が抜けた。そんなこと、あるわけないのに……。
夢中で舐め続けていると、いつの間にか星飴は無くなっていた。
……はぁっ。
舐め終わってから、短く息を吐いた。謎のフルーツ風味の、爽やかな香りが乗る。
それから、あっ、と気づいた。
食べきってしまった。つまり、星がひとつ消えたらしいことを、思い出した。
でも……部屋をくるくる見渡しても、窓の向こうを眺めてみても、何の異変もない。
何かニュースになってないかな……なんて、子供用スマホで調べてみるけど、それらしい速報ももちろんない。遠いどこかの国がミサイルを打った……という記事があるくらい。
ミサキちゃんは真上を見上げた。白い天井がある。けれど、ミサキちゃんは想像力を使って、それより向こうを見つめてみた。
空想の中に、宇宙が広がる。おそらく、何億光年と離れた星空。
──ほんとうに、宇宙のどこかで、消えたのかな。あの、若葉色の星。
でも……どこかって、どこだろう。
遠い宇宙の全貌から探すのは、いくら想像力が自由でも、果てしない。
黄緑色だから、熱い星? それとも、生まれたばかりの星? まさか……生き物は、住んでいないよね。そうだ、中性子星、っていうのも聞いたことあるけど、何色だっけ──。
ミサキちゃんは宇宙オタクじゃない。だから、詳しいウチュウブツリガクのホウソクはわからない。しかし、だからダメということではなかった。逆に想像はよく膨らんだ。
宇宙に何億、何兆とある星。きっとあの飴を食べたのと同じ瞬間、消えた星だってあるはずだ。
──そうか……私が食べちゃったんだ……どこかの星を。
そうかも知れなかった。なんだかよく分からない壮大な感じと、ほんの少しの罪悪感が、ミサキちゃんの心の内側を埋めた。
ミサキちゃんは大きく深呼吸した。
私はひとつ、星を消したのかも。
とんでもないことをしてしまったなぁ……。
そう思うと、他のいろんなことを遠く感じた。
塾の疲れも、お母さんの怒りも。
──星に比べれば、小さい。
「ふふっ……」
ミサキちゃんの口から、小さな笑いがこぼれた。
まだ、謎フルーツの香りが残っていた。
**
それから、ミサキちゃんは何かしんどいことがあると、星飴を一粒、食べるようにした。
ミサキちゃんは休み時間でも、勉強するか、読書している。ミサキちゃんは、自分はやればできる子じゃなく、すごくやらないとできない子であることを知っている。こうしないと塾の一番賢いクラスにも、追いつかなくなる。
そんな努力を、クラスの子に心なく笑われることもある。やい、ガリ勉。気にしないふりをしてるけど、気にはしている。
それにうんざりしてきた日、とか──。
ちゃんと勉強をしたのに、つい見逃したミスで満点から二点落とすことを、ミサキちゃんはよくする。どうしたらそれが無くなるか、治し方が分からないのに、お母さんからは治しなさいとしか言われない。だから、そうならないよう何度も何度も見直して……。
なのに、またやってしまった日、とか──。
お父さんに話しかけても、一度も目を合わせてくれなかった日、とか──。
──飴を食べる。
そのたび、遠い宇宙でひとつ星が消えた……
……らしい。
食べたのが赤い飴なら、今消えたのは、煌々と燃え盛っていた星だったかもしれない。
青い飴なら、宇宙でもとても珍しいとされる、水の海がある星だったかもしれない。
紫の飴なら……?
そう言う星は、聞いたことがないな。だからさ、もしかしたら、まだ見つかっていない物質で覆われた、新発見の星だったかもしれない。その物質があれば、タイムマシンや、重力装置が作れたかもしれなくて──。
飴を食べる度に、想像が宇宙へと飛んでいった。
その都度、嫌なことが少しだけ遠くなる。
消えて無くなるわけじゃない。でも、それだけで助かった。
飴は全部美味しかった。どれも食べたことがない味がして、どれひとつとして同じものはなかった。食べ終わった後に吐く、爽やかな息。
もしかしたら、息を吐くためにこの飴を食べているのかもしれない──そう思ったこともある。
星飴はミサキちゃんのいい逃げ場になってくれた。
けれど……逃げ場は無限にあるわけじゃない。瓶の中の星飴は、どんどん減っていっていく。
そして、瓶の底の方の一粒だけ──他の見慣れない星と違って、よく見知ったような、青と緑のまだら模様の飴があることが──ミサキちゃんには、気がかりだった。
その飴がまだ出ないように、まだ出ないようにと、ミサキちゃんは瓶を振って飴を選ぶ。
**
星飴を貰った日から二か月くらいが過ぎた、ある真冬の夜。
ミサキちゃんの家の中に、雪が降る外以上に、冷たい時間が流れていた。
「自分の部屋の中にいなさい」。
塾から帰ってきて、玄関でまだコートの雪も落とさないうちのミサキちゃんに、お母さんは言った。
「はい」
ひとまず、美咲ちゃんも返事した。
でも……。
いつぶりだろうか。ミサキちゃんは、お母さんの言いつけを破った。家の中の張り詰めた空気に、嫌な予感がしたからだ。
一度部屋にもどってから、恐る恐る、一階に降りる。
リビング前の、閉められた扉。そこで息をひそめて、扉の向こうの声を聞く。
くぐもった、お父さんとお母さんの話し声。
「──もう限界なんだ。この家じゃ僕は、もうやっていけない」
「──何言ってるの!? ミサキはもうすぐ受験なのよ? 私たちがあの子に、悪影響を与えちゃ……」
「──それが限界なんだ」
ミサキちゃんは、廊下の壁に手を当て、息を殺して聞いていた。口をぎゅっと結んで、奥歯を噛みしめていないと、聞いていられなかった。
そして……一番、聞きたくない言葉を聞いた。
「──もしも、ミサキが生まれていなかったら……」
「──あなたっ、なんてことを……!」
ミサキちゃんの頭の中が真っ白になった。
足がすくんだ。このままでは膝から崩れ落ちるだろうと思った。
音がたってしまう。
咄嗟にミサキちゃんは手を杖のように使って、廊下の壁を支えにし、ときには床に手をついて、音を立てないよう、絶対に音を立てないよう、二階の自分の部屋まで戻った。
扉をゆっくりと閉めた。つけっぱなしにしていた暖房のおかげで、この部屋だけは暖かかった。ミサキちゃんはへたり込んだ。ようやく、引きつったみたいに、美咲ちゃんは息ができた。
ミサキちゃんは、床に手をついて机に縋りよった。
机についた、一番下の引き出し。
開ける。
そこに、最後の一粒が残っていた。
震える手で、瓶の蓋を回す。
最後に残っている──いや、残していた、青と緑の上に、雲みたいな白が混じった飴。
地球みたいな星の飴。
掌の上に、転がし出した。それと一緒に、大粒の涙も何粒か落ちた。
口に、掌を押し当てた。
飴が、舌の上を転がる
味なんて、全然わからなかった。ミサキちゃんは目を閉じながら、それを舐め続けた。
──……──……。
それでもゆっくりと、飴の甘さがほどけてきた。
……舐め終わって、息を吐く。
それと一緒に、目を開く。
すると──。
──世界は変わらず、そこにあった。
いつも通りの部屋。雪が静かに降る窓の向こう。
もう一度、息を吐いた。
だれもその浅いため息を、聞いてはいなかった。
──と、思っていたのに。
「お久しぶりです」
「わあっ」
急に後ろから声がしたから、振り返ってみれば……そこにいた。
セールスマンさんが。
「なっ、なななな、なんで」
「食べ終わられたようですので、感想を伺いにまいりました」
「そっ、そうじゃなくて」
──家の中なんですけど。
そんな当たり前の言葉も出なくなるくらい、セールスマンさんは当たり前の顔して、あのときとおんなじスーツで、変わらない堂々とした笑顔で、そこにいた。
「……ははっ」
だからミサキちゃんも気持ちが一回転して──笑ってしまった。
そして、気が緩んだせいで……同時に、たくさん泣けてきた。涙がぼろぼろとこぼれた。
それから、はっ、と気づいた。ミサキちゃんは急いで、着ていたパジャマで、顔をごしごしと拭った。泣きじゃくったあとの、鼻水交じりの顔だ。とても恥ずかしくなってきた。
でも、セールスマンさんはやっぱり、なにも気にしていないようだった。
「いかがだったでしょうか。わが社の新商品、『星飴』は。美味しかったですか?」
泣いてることにも構わず、にこにこと感想を聞いてくる。そんな彼の姿を見ると、ミサキちゃんも拍子抜けになって、しゃっくりを残したまま答えた。
「……お、美味しかったですよ。全部。でも、どの飴も、何味かわかりませんでした」
「それはもちろん、星ごとの味ですから『その星味』ですね」
また、飄々とへんなことを言う。あぁそうだ、あのときもこんな感じだったとミサキちゃんは思い出す。
「じゃあ、材料にどんなフルーツを使ってたんですか?」
「フルーツなんて、そんな。使っておりません。星の魂、百パーセントでございます。ただ……星の魂には、独特のフルーツ風味があることは、エヌ星のお菓子業界では有名な話でございます……」
「へぇ……ふふ……」
セールスマンさんの、ふざけているようで、どこまでも真面目そうなセールストーク。
今この時に限っては、ミサキちゃんも、もっと聞きたいと思った。
いまはただ、誰かと話をしていたかった。今のミサキちゃんを包む世界から──とっても、遠い世界の話を。
「それで……ほかに、感想はございますか。星飴をすべて食べた。つまり、宇宙から十五個の星が消えました。この体験もまた、このお菓子にとって大切なところなのです。ぜひ、あなたの感想をお聞かせ願いたい……」
「そう、ですね……」
ミサキちゃんは、想いを馳せた。今まで頭の中で描いてきた、宇宙のどこかの消えた星たちに。
「あの星たちが、本当はどこにあったのか、セールスマンさんには分かるんですか?」
セールスマンは、アメリカの映画みたいに、分かりやすく肩をすくめた。
「分かりません。私は開発部門に所属しているわけではないので。原材料となる星の情報は、なんにも」
もう……とミサキちゃんも気が抜ける。この人はいつも、肝心なことは教えてくれない。だから、次の質問も期待半分に聞いてみた。
「じゃあ──最後に食べた飴は? 緑と青の飴は、地球じゃ、なかったみたいだけれど……もしかしたら、水と緑がある、生き物のいる星だったかもしれない、のかな……」
セールスマンさんは、またこれ見よがしに眉を下げつつ、にやりとしながら言った。
「やっぱり、私にも分かりません。でも、その可能性はあるでしょうね」
そう聞くと、ミサキちゃんの胸がチクリと痛んだ。ヤケになった自分のせいで、もしかしたら、宇宙のどこかの地球に似た星が、消えてしまったのかもしれない。そこには、もちろんたくさんの宇宙人がいたのかもしれない。自分と似たような境遇の子も、いたかもしれない……。
押し黙ってしまったミサキちゃん。そんな彼女を見守るセールスマンさんは、張り付いた笑顔のまま。
「しかし……こうも考えられますよ」
そう言った。
「もしかしたら、その星には遠い未来、地球を侵略しにくる宇宙人が住む星だったかもしれません」
「侵略……?」
ミサキちゃんは、きょとんとした。セールスマンさんは「はい」と大きく頷いて、朗々と続ける。
「そうなれば、あなたは地球を救ったヒーローということになります」
一瞬、ぽかんとしたミサキちゃんが、ちょっとしてから、吹き出した。
「なにそれ」
セールスマンさんはまだ止まらない。一本、顔の前に指を立てた。
「でも、そんな可能性が確かにあります。他にあなたが食べた星も、もしかしたら、地球にぶつかってくる隕石の、もととなる星だったかもしれません」
「そんなの、あるわけないよ……。どれだけ宇宙が広いと思ってるの……?」
セールスマンさんは、白手袋をつけた手を、自分の胸におく。
「ええもちろん、承知の上です。ですが、確かに可能性はあるのです。あなたも、それはご存じでしょう……?」
「……」
ミサキちゃんも言われてみて、思い出す。
いつか、飴を食べた後、宇宙に飛ばしていった想像の数々。
全部ありえないけど、でも、ありえたかもしれないのだ。……少なくとも、頭の中の宇宙では。
「……もし、」
ミサキちゃんが、なにか言葉を言いかけた。
セールスマンさんは、まったく黙って、ゆったりと続きを待ってくれた。だから、ミサキちゃんはしゃっくりが止まるのを待ってから、話し出せた。
「もし……ね、この星飴が完成したら、いつか、地球がなくなることもあるかもしれない? 誰かが、星飴を食べたときに……」
「ええ、あるかもしれません」
ミサキちゃんが、とても寂しそうな顔をする。
そんなミサキちゃんに向かって、セールスマンさんは今度は逆の手でまた一本、指を立てた。
「でも……やっぱり、もう一方もあるのです。誰かが星飴を食べたことで、また、地球を滅ぼす隕石のもとが、なくなることが……」
ミサキちゃんも、また、ふふっと吹き出した。
「ありがとう……セールスマンさん」
その眼に、小さく涙が滲んだ。しかし、今度は笑顔も滲み出していた。
「そうだ、ちゃんと、感想を言ってなかった」
ミサキちゃんは、涙を拭いてから、顔を上げた。
「とても、美味しかったわ。星飴、とっても素敵なお菓子ね」
「ええ、わが社の自信作です。完成したら、きっとまた、あなたの下へ持ってきます」
「ほんとうに?」
「はい」
「じゃあ、待ってるわ」
「ぜひ、お楽しみに。この度はご協力いただき、誠にありがとうございました……」
美しいお辞儀。その後、ミサキちゃんが瞬きした途端、セールスマンさんはふっと消えていた。
部屋のどこにも彼はいなかった。ミサキちゃんんももう、驚かなかった。
ミサキちゃんの前に、変わらぬ部屋が残った。窓の外の雪は静かに降り続けている。明日はきっと、いつも通りにやってくるだろう。
でも……星飴がなくても、もう心細くはなかった。
不思議なことに、雪が降るのに雲の切れ間があって、そこから、星が覗いていた。
あれが、エヌ星かもしれない。ミサキちゃんはそんなことを考えた。
もしくは、そのもっと向こうの暗闇の方にあるのかも。セールスマンさんが、そこにいるかもしれなかった。可能性が確かにそこにあって、想像するだけで、ミサキちゃんは一人でそこへ飛んでいける。
そしていつか、彼の方も戻ってくる……らしい。
ミサキちゃんは、思いを馳せた。
何年後か、何十年後かの自分……。
素敵な自分でありたいと思った。星飴のように。
苦しくなったら、またゆっくりと息を吐こうと思った。星飴の香りを、思い出しながら。
こんにちは。月卜鞠です。
いつもお読みいただきありがとうございます。
皆様にご報告です。こちらのショートショート集を、このお話を区切りとして不定期更新に変更させていただきます。実は今、長編小説を書こうと思っておりまして、そちら側に専念したいというのが理由です。
ショートショートをもう書かないというわけではありませんので、また投稿した際は何卒よろしくお願いします。評価、PVいつも励みになっております。
月卜鞠でした。




