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春の波(906文字)

 春の風が教室に吹き込む。

 白いレースのカーテンがふわりと膨らみ、掲示板の時間割が葉擦れのような音をたてて、たなびいた。もう見る必要のなくなった、時間割。


「っしゅん」


 君が口元をおおって、くしゃみをした。

 セーラー服、胸元のリボンがはねる。

 窓際の席で、向かい合わせ。三月の陽に照らされると、君の髪の亜麻色がよくわかる。光が髪の先を透かして、淡い金色に染めていた。

 君はいつか、髪を染めることがあるのかな。


「花粉症?」

「うん。またこの季節だ」


 君が小さく笑う。鼻をかまないように気をつけているみたいで、どこかもどかしそう。私は花粉症じゃないから、君の辛さが分からず、毎年、そんな君を見るばかりだ。

 開けた窓からは、遠くの校庭のざわめきと、春休み前の浮ついた声が届いてくる。下級生たちだ。

 ──『また』、というが。

 来年、君が繰り返す春に、私の影はない。


「んー」


 鼻のむずつきと静かに格闘している君の髪に、ひらりと舞い散るもの。

 見れば、桜。

 風に乗って、花びらが数枚、教室へと流れ込んできた。

 校庭の桜並木からだ。白い机の上にも、ひらりと落ちる花びら。また風に押され、ゆっくりと滑った。

 ああ、春が押し寄せてくる。

 私は、さりげなく窓を閉めた。

 からからと古い窓枠が軋み、風の音がすっと遠ざかる。春が凪いだ。

 私はすこしだけ安心した。

 それから、君の髪にそっと触れる。

 指先のきめ細かい感触。かすかに春の匂い。


「?」


 どうしたの、と目で問う君に、つまんだ花びらを見せる。


「ついてたの。綺麗」


 わ、と目を輝かせた君。そのとき、びゅうと突風。窓がかたかたと揺れる。君の目が、外へと奪われる。


「おー、桜吹雪!」


 花びら一枚では勝てない、横顔の輝き。

 私もつられて、向こうを見た。

 閉めた窓の向こうに、春の波。

 防波堤のように植えられた桜が、あっけないくらいに煽られていた。

 花びらが一斉に吹き飛ばされていく。

 なんて早くて、力強い。あっという間に、桜の季節は終わるだろう。

 君は見惚れていた。巡る季節の真っただ中の、鮮やかさに。

 私は盗み見ていた。その横顔を。

 風に恨めしささえ覚える。それでももう少し、吹き続けていてよと祈った。

 この子が春に攫われていく前に、一秒でも長く……と。


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