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嫌われる天才(2059文字)

 吉良(きら)吾照(われてる)君は、嫌われる天才であった。  吉良君が町を散歩中、知り合いである沸宇田(ふつうだ)君とすれ違った。 吉良君はお決まりの、嫌味なニヤリ笑いを浮かべた。


「やあ沸宇田君、こんな街中で会うとは奇遇だね。しかし……なんだいそのダサいリュックサックは。いまどきそんなの、お母さんに服を選んで貰ってる小学生でも、身に着けないぜ。まったく、美的感覚を疑うね」


 沸宇田君は思いっきり顔をしかめた。


「なんだお前は。久しぶりに顔を見たかと思えばいきなりそんなことを言うなんて。あっちへいけ」


 こんな風に、口を開けば悪口しか出てこないし、出会う人全てに話しかけてしまうから、吉良君はあらゆる人からあっちへいけと言われながら暮らしていた。 一周回ってタチが悪いことに、吉良君は純粋な悪意を持って悪口を言っている。生まれ持っての特質とか、そういう同情の余地ある理由はない。彼は言いたくて言っているから、救いようがない。 沸宇田君に煙たがられてその場を去ってから、吉良君の足元を、一匹の猫が通りすがった。 吉良君のすごいところは、人だけじゃなく、動物からも嫌われるところだった。 目が合った瞬間、何かを警戒したのだろうか、猫がにゃあと鳴いた。 そしたら、吉良君はまたニヤリとした。


「やい猫。なんだいそのダミ声は。お前よりまだガチョウやアヒルの方が、きれいに鳴くぜ。まったく、人に餌をもらうことしか能がない動物だってのに、そんなんじゃ先が思いやられるね」


 そしたら、猫がふしゃあと毛を逆立てて威嚇した。まさか人間の言葉がわかるはずはないだろうけど、動物の直感は鋭いのだ。 猫じゃらしのようになった猫の尻尾を見て、吉良君は「ははは、不細工なシッポだ」と笑った後、飛び掛かってきた猫をひらりとかわし、道を変えて、一目散に逃げた。 それから、彼は次に河川敷の方へやってきた。 今は五月の頭。川沿いに植えられた桜は皆、葉桜になってしまっていた。 彼は並木を見上げながら言った。


「なんだいなんだい、そのみすぼらしい姿は。まるで中年男の、禿げ始めた頭だね。みじめったらしく花を残しているかと思えば、葉も生えそろってない。中途半端で、汚らしい。そんなんで国花を名乗るなんて、聞いて呆れるね」


 そしたら、一陣強い風が吹いて、葉桜の枝が大きくしなった。 ちょうど通りがかった吉良君の頭の上に、枝のくずや、落ち葉がバラバラと降りそそぐ。 「あはは」と笑いながら吉良君はまた、並木道の下を走って逃げるのだけど、風は吹き続けて、通りすがる葉桜全部の落ち葉が、彼めがけて降りかかった。 このように、彼は植物からも嫌われることができた。


 並木道を走って抜けたら、今度は吉良君の目の前を、クマバチが飛びすがろうとした。 こりることなく、悪態が口をつく。


「やい、小太り蜂。羽音だけ大きくして敵を怖がらせようなんて生存戦略に、君の小心さがよく表れてるね」


 最初は何事もなく飛び去ろうとしていたクマバチも、その声を聞くと急にきびすを返し、吉良君に向かって針を刺そうとした。温厚なクマバチが人に針を向けることなんてめったにない。でも吉良君だけは例外なのだ。 刺される間一髪で身をひるがえし、また逃げる。 彼は毎日悪口をいった相手から逃げているので、逃げ足の早さもスタミナも、人一倍あった。 そして逃げ込んだところは、ビルとビルの間の狭い路地だった。むき出しの配管と、ちょっと錆びた排気ファン。見あげると、ビルの隙間に真っ青な空を見通せる。なんだか、雰囲気があった。 けれど、ここで感じ入らないのが吉良君だ。 彼は「へっ」と笑った。


「なんだい、ちょっとカッコイイかのような空気を醸し出しちゃってさ。せいぜい中学二年生しか騙せないぜ。路地裏ごときが、薄汚い。下水の匂いがするし、カビっぽさもたえられない。この一生日陰者め」


 すると、ガタン、と音が鳴ったかと思えば、古びた配管のひとつが、吉良君の頭めがけて落ちてきた。吉良君はスレスレで避ける。まるで意思を持ったかのようなタイミングで、寿命をむかえたらしかった。さらに他の配管もギシギシ音を立てはじめる。また吉良君は「あはは」と笑って、路地裏を駆け抜けた。 虫ですらも。あげくのはてには、無機物すらも。 吉良君は、万物から嫌われることができる。 彼は結局逃げ切って、たくさんの悪口を言えたから満足し、その日は家路についた。** 後日、沸宇田君が散歩へ出かけた。 その日はいつになく、抜けるような快晴だった。 町全体がすっきりとした雰囲気に包まれていた。猫がご機嫌に尻尾を揺らし、葉桜の並木道が青々と輝いていた。不思議なくらい綺麗な空だったから、沸宇田君はふと天を見上げた。 すると、空高くに飛ぶ、何かを見つけた。 鳥か、飛行機の影か──と思ったけど、どうやら違う。 目を凝らせば、人の形をしていて、じたばた手足を動かしているのが分かった。 けれども虚しく、掴み損ねた風船みたいに、空へ空へと昇っていく。 沸宇田君はその背格好に見覚えがあった。 彼は腕を組み、苦笑いした。


「ははあ、さては吉良君、とうとう、地球の悪口を言ったな」

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