宇宙桜前線(5741文字)
宇宙進出を果たした人類もやはり、故郷の文化を忘れるわけではない。むしろ、壮大で冷酷な宇宙に旅立つからこそ、暖かな伝統文化を持ちだしたくなるというのが、人の性だ。
我らが日本国も例外ではなかった。他の先進国に差はつけられつつも、なんとかメンツを保てる程度に、日本領土となる人工衛星を三つ、火星付近に建造していた。移住する国民や移転する企業も増える中、何か象徴的な伝統文化を持ち込めないかと考える。
そこで出てくるのが、桜。
地球から遠く離れても、お花見ができたらと考えるのは日本国民として、当然のことだ。
しかし、宇宙の過酷な環境に耐えられる桜というのも、まだ存在しなかった。
宇宙省のある役人が『宇宙桜開発プロジェクト』の局長となった。
彼は研究チームのメンバーたちを一堂に呼び出した。そして頭を悩ませていた。
「さて、総理が『宇宙で咲く桜を作れ』というから作らにゃならんのだが、どうすればいいだろう。そもそも、宇宙の土で桜が咲くのだろうか」
局長の主な相談相手となるのは、研究チームのリーダーで、四十代くらいの男だった。
「局長、土壌の問題は、農地用人工衛星ベータであれば問題ありません。あそこの土はむしろ地球より栄養を含ませてありますからね。しかし、気候の問題には難儀します。野菜なんかは専用のハウス施設で空調管理するから、問題ありませんが、桜を屋内で咲かせるっていうのも、風情がないでしょう」
局長は腕を組み、深く頷いた。
「まさにその通りだ。あそこは国民もいくらか住んでいるけど、外の気温変化はアルファ星やガンマ星と比べて激しいと聞くね。そこらへんが厳しいだろうか」
「はい。桜はそう弱い植物じゃないといえ、開花の瞬間は繊細です。極端な気候変動は良くないし、微弱とはいえ放射線も気になります。ベータの住民も、基本的に屋外用スーツを着て生活してるわけですから」
「なんとかならんのか」
「ふむ……まずはとにかく、生命力の強い桜を作ってみましょう」
いったんその方針で、宇宙桜開発チームは研究を開始した。
桜の人気は海外でも強いことから、各国政府や企業からも支援があつまった。研究は潤沢なリソースをもって始められたから、進捗も芳しかった。
それから、数年後。
「局長、完成しました。これが七つの試作品を経て作られた、宇宙で咲く桜、その名も〝ヤマトソラザクラ〟です」
「はあ、これが完成品か。若木の状態であるけど、赤みの強い、いい色味の花をしてるじゃあないか。して……これが、うまくベータ星に根付くのだろうか」
研究リーダーは自信満々な様子で、頷いた。
「はい。この桜の特徴はなんといっても、とてつもない生命力です。こいつは地球の土地で育てると、桜としてはあるまじき、自己増殖を行います。桜のタネなんてそうそう勝手に育つものじゃあないんですが、これはすさまじいことです」
えっ、と局長は目を丸くする。
「それは、ベータ星に植えても自生するってことかい。何本か植えただけで、あとは勝手に増えてくれるんなら、そいつぁ経済的で素晴らしいじゃないか」
研究リーダーは首を横に振った。
「いえ、そこはちょうど釣り合いが取れると言いますか。ベータ星の厳しい外環境だからこそ、この桜の生命力も適度な範囲に収まり、勝手には増えず、人間の管理しやすい桜になるという形です。七度の模擬環境試験も行ったので、予想の精度も高いです」
「なるほどなるほど、それは素晴らしい。さっそく、実地に植えてみようじゃあないか」
局長はバシバシ研究リーダーの肩を叩き、成果を褒めたたえた。
すぐに若木とタネがベータ星に持ち込まれ、ベータ星のなかでも見晴らしの良い丘に、等間隔に植えられた。成木になるまでの期間は数年である。
開発チームだけでなく、国内外の多くの人がベータ星の遠い春に思いを馳せた。
**
それから、数年後。
ばたんと、プロジェクト会議室の扉が開いた。あせった様子の局長が、早足で入ってきた。研究チームは皆立ち上がって一礼した。その表情も、どこか困惑気であった。
「おいおい、話が違うじゃあないか」
「ええ、まさしくその通りで……」
「あんなに咲くなんて、聞いてなかったものなぁ」
会議室の大きなスクリーンには、数日前に撮影された、ベータ星の桜の丘が映し出されていた。
そこには見事に満開な桜が、数々咲き誇っていた。ちょうどこの時期が、ベータ星の春の真っ盛りであった。それは弘前の桜もかくやという咲き誇り具合で、靡く風に多くの花びらが乗って、桃色の吹雪を作り出し──。
……いや、作り出し過ぎていた。
当初百本ほど植えたヤマトソラザクラであったが、いまや丘の斜面にも勝手に自生して、勝手に育って、総数は三百本ほどになっていた。当初の予定の、三倍に増えたのである。
「最初聞いた話より育つのも早いし、なによりひとりでに増えているぞ。どうなっとるのだ」
「ええ……それが向こうの星の微弱な放射線が、むしろ桜にとっていい刺激となり、成長を促進したようです。環境試験でも同じくらいの放射線は当てたのですが、やっぱり実地では風に雨や雪、条件は微妙に異なり……まさしく絶妙な塩梅で、ヤマトソラザクラにとって好ましい環境になったようで……」
「詳しいところは分からないけど、さてどうしよう。想定外の事態とはいえ、現地の住民や、海外旅行客には、むしろ好評だから、切るわけにもいかんのだよなぁ」
「はい。国内外の研究チームにも、非常に興味を持たれていまして……」
「私も、むしろ先代総理に褒められてしまったんだ。もはやあの桜の丘を、ベータ星の名所にしようなんて言われてね。そこで聞きたいのは、環境問題だ。あのままほったらかしにしておいて、環境的に大丈夫なのだろうか」
研究リーダーは、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「それは難しいご質問です。あの桜が地球にはびころうものなら従来の生態系を脅かし、環境問題もかくやというところですが、なにぶん、人工衛星はできてまだ百年もしないから、従来の環境も何もありません。見方を変えれば緑化に成功しているとも言えます。生態系の基礎を桜が担っていけない道理もないでしょう。私の一存では、是非を決められず……」
「ふむ。確かにそれは苦しい質問だったね。すまないすまない」
局長も理解を示し、ふたりはしばらく黙って腕を組んで、考え込んだ。
それから、意を決したように、局長がうむと、頷いた。
「よし……では私から総理をはじめとして、要人たちに交渉してみるよ。あのあたりをいっそ、広大な桜公園にしてよいかとね。観光資源になれば、外務省あたりも喜んで力を貸してくれるはずだからね。その方向で考えてみるよ」
「ありがとうございます。では私たちはとにかく、もっと人間に管理しやすいような改良種の開発に努めますので……」
「うむ。よろしく頼む。まあまったく、その新しい品種が花を咲かすころには私も生きているかどうか分からんがね、がはは」
「はは……」
局長の年齢はもう御年七十前後となっていた。冗談にしては笑いにくいことをいうものだった。まぁ、元からこの計画は百年計画。短期成就を想定していなかったから、今までの進捗が早すぎたと言ってもよかった。
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それからさらに、十年か、二十年経った。
順当に局長は寿命で大往生した。新局長の座は、鳴り物入りで政界に入ってきたという、気鋭の官僚が受け継いだ。彼は開明的な人物で、三十代の若さでいくつもの国家プロジェクトに携わった実績があった。ヤマトソラザクラなんて突飛なモノを扱うこのプロジェクトには適任だと、周囲から期待されていた。
しかし、当の新局長はこの辞令を受けた際、げっという表情を浮かべた。先代局長の心配通り、絶賛現在進行中で、問題が起こっていたからだった。
ものの十、二十年ですっかりベータ星には桜がはびこり、緑化のおかげで大気中の成分バランスが地球に近づき、生態的には良い影響も出ていた。
けれど、度が過ぎていた部分もあった。
就任後すぐ、定例の会議が行われた。新局長と研究チームが一堂に会する。そして、新局長はスクリーンに映し出された航空画像を眺め、眉をひそめた。
「これは先生、咲き過ぎですねぇ」
「咲き過ぎですね……」
先生と呼ばれた、御年七十歳となる研究リーダーも、新局長の隣で口を揃えた。
驚異の生命力をもって、生態系の基盤を欲しいがままにしたヤマトソラザクラは、すさまじい早さで環境にも適応し、その分布地域を拡げていった。ここまでは、先代局長の尽力もあり、宇宙省の他の管轄からも了承は得ていた。分布域が、観光地用に空けていた最初の植樹地周辺で収まるのなら良かったのだ。
けれど、人間が決めた基準などヤマトソラザクラの知ったことではなく、分布域は近年、農地用の土地にまで進出していた。ベータ星で暮らす農家からのクレーム電話が、一時期は鳴りやまなかった。
現在は、農地用の土地に近いところで芽吹いた若木を、即刻摘み取ることで対処している。
しかしいくらやっても終わりはない。管理維持コストは爆上がりである。
新局長は苦笑いしたあと、すぐ気を取り直して、研究リーダーに話しかけた。
「それで、ようやく対策が完成したというわけですね、先生」
研究リーダーは強く頷いた。その腕には、ひとつの桜の若木が生えた、植木鉢が抱えられていた。
今日の定例会議は、ようやく完成したヤマトソラザクラ対策の、報告の場でもあった。
「はい。これもまた、十四度の模擬環境実験を繰り返した結果生み出せた、奇跡の産物です。三十年前よりも精巧なデータを取りましたから、今度こそ予想通りにいくと信じております。しかし……やっぱり、実地で試してみなければ分からないというのが、そこに映るヤマトソラザクラを生み出した責任者としての、感想です」
新局長も小さく笑った。
「まさしく、その通りですね。今度もまた、思い通りにはいかないかもしれません。しかし、私はこのアイデアを聞いたとき、面白いと思いました。我が国の国花を、燃やしたり、摘み取ったりするより、よっぽど良いじゃないですか。この対策は。目には目を、歯には歯を、桜には桜を、なんて」
研究チームが絞り出した対策案は、新局長の優秀な舵取り手腕で、すぐベータ星で実行された。
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それから、またしても十年後。
とうとう、プロジェクト開始時には四十歳くらいだった研究リーダーも、死んだ。高齢の癌で、おおむね寿命であった。宇宙桜研究の第一人者として、生物の教科書にも顔が載ったことだし、立派な人生だったと言える。
それはそれとして、十年前から実行された対策案も含めて、プロジェクトは新局長と研究チームによって滞りなく推し進められており、最近、成果がようやく実を結んだ。
なんと、ヤマトソラザクラの分布範囲がコントロールできるようになったのだ。
それは柵を作ったり、農薬を撒いたり、燃やしたりなんて風情のないやり方じゃなかった。日本らしい、“雅なやり方”を成し遂げたので、彼らは宇宙各国から賞賛された。
そしてベータ星の広大な桜公園が、ようやく完成した。
宇宙の衛星の中でも、ベータ星は屈指の人気観光スポットとなった。
これにてプロジェクトは一段落を迎えた。
それに際して、研究チーム一同はベータ星の春のころに、打ち上げに行くことになった。もちろん、皆でお花見をしに行くのだ。
そして、打ち上げ旅行の当日。
研究チーム一同が、ベータ星桜公園の中にいた。
たくさんのチェック模様のレジャーシートを広げて、ベータ星の麦芽で作られた缶ビールが、たくさんふるまわれる。数十名の研究チームは、各々に好きな服を着て、思い思いにグループを作り、酒と肴を楽しんでいた。今となっては桜による緑化のおかげでベータ星の大気もずいぶん安定した。多少の時間なら、外出用スーツを着なくてもよい。
ところで新局長はと言えば、他のチームメンバーたちから少し離れたところで、一人で花見をしていた。彼があぐらを組む隣には、小さな写真立てに入れられた遺影が、ふたつ並んでいた。
新局長は三つ用意した紙コップに、ビールを注ぐ。
快晴の空の下、桜吹雪が映えていた。
「まったく、素晴らしい景色です。二種の桜色が、交わる、この一帯は」
新局長はビール片手に桜を見上げながら、そんなことをつぶやいた。
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研究チームはヤマトソラザクラの問題を、別の桜をもって解決した。
対策となったのは、宇宙桜の新種、〝ベタザクラ〟だ。
こいつはヤマトソラザクラの拡散力をなんとか抑え込む遺伝子を見つけようと、ヤマトソラザクラと反対の性質を持つ桜について研究を続けていたとき、偶然生まれた新種であった。
このベタザクラは、従来の桜と同様に、自己増殖能力を持たない。しかし一方で、すさまじいまでに『自分の生息域を守る』力を持っていた。ベタザクラの出す花粉は、受粉能力のほかに、『他の桜の花粉が飛んで来ようものなら、それをキャッチし、無力化する』性質を有していたのだ。
まさしく、ヤマトソラザクラと対をなす桜だった。
今、ベータ星の広大な桜公園では、ヤマトソラザクラの分布域をぐるっと円で囲むようにベタザクラが植えられていた。これでヤマトソラザクラの花粉は、桜公園の外に近づくほど、ベタ桜によって無効化される。分布拡大を、防げるのだ。
そして、何の因果か花びらの色は、ヤマトソラザクラの方が赤っぽく、ベタザクラの方が白っぽい。そのため、この桜公園の航空写真を撮ると、綺麗な桜色の日の丸が撮影できる。
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新局長は自分用の紙コップを一息に飲み干してから、桜の枝で覆われた空を見上げた。
このお花見場所は、それら二種のちょうど、境界線にあたる位置にあった。
紅白調の桜の花びらが、春を祝うように降り注ぐ。遺影の前の紙コップにも、二色の桜の花びらが入り込み、浮かぶ。まさに日本の伝統的な、めでたい春の趣があった。
まぁ、そんな絶景も、二種の宇宙桜たちからしてみれば、絶賛生存競争の真っただ中でしかないわけだ。
勝手に桜を植え、勝手に生存競争をさせ、勝手に楽しんでいる。そんな人の傲慢さこそがこの美しさの正体である。
研究チームのメンバー一同は、自戒と皮肉を織り交ぜて、この一帯を『宇宙桜前線』と呼び、愛していた。
こんにちは。作者の月ト鞠です。
いつもお読みいただきありがとうございます。
本作をもって、総文字数が10万字を突破しました! めでたいですね。
さて、一区切りをつけられたということもあって、明日からは投稿ペースを『二日に一話(隔日)』に変更させて頂こうと思います。何卒、ご了承ください。ペースを落とす分、クオリティを上げていけるよう精進します。
実は当方プロ志望です。より多くの方の読んでいただきたいと思っております。なので、よろしければブックマーク・評価のほどお願いしますm(_ _)m




