視線(1068文字)
俺の思い込みではないはずだ。
最近、生活の至るところに視線を感じる。もちろん、視線なんてものは見えないから、確証はない。しかし、感じるのだから仕方がない。
心当たりはなかった。たしかに、俺は暗い人間です。だが、陰気な臆病者だからこそ、面と向かって人を傷つける度胸もないのだ。
入浴中。PCで作業をしている時。着替え。まるで、アルミサッシやカーテンの隙間を縫うように、視線という名の細い針が、皮膚の表面をちくちくと刺すのだ。
俺もとうとう参ってきて、精神を病み始めている。いつも窓の外が気になるし、壁の外の小さな物音にも、耳がそばだつのだ。
かといって、いい年した男が警察に申し出るのも気が引ける。「思い込みですね」なんて纏められるのが関の山だ。若い女ならまだしも。
だから俺はここ数日、パソコンの中に引きこもっている。ヘッドホンで物音を遮断し、眼をモニターに縛り付けるのだ。見るものはアニメでも映画でもなんでもいい。没入するいっときばかり、救われる。
幸い、現代は便利だ。ネットの宅配で、生活に必要なものは揃う。もはや俺は一瞬でも外に出たくないから、これで生活を成り立たせた。
バイトも、体調不良を理由に休んでいる。万が一だが、視線の主が職場にいたら怖いだろ?
貯金は目減りする一方だが仕方ない。
俺の望みはただ一つ、解放されることだ。この、視線という化け物から。
けれど、できることといえば祈ることだけ。視線の主が、部屋に籠った俺を見限り、諦めることを……。
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男がそんなことを考えて頭を抱えていた、同時刻。
アパートの真下に、男の住まう部屋を見上げる人影があった。
それも二つ。
窓のカーテンの隙間から、灯りが漏れている。
二つの影のうち片方が、重いため息をついた。
「また、在宅してるくせにチャイムに出なかったぞ、あいつ……」
青と白の制服に身を包んだ青年が、恨めしそうに呟いた。その腕の中に抱える小包の、伝票を睨む。隣には青年より若そうな、つまり後輩と思われる少女がいて、二人の後ろには、猫のマークがついた二トントラック。
少女の方もまたため息をつき、トラックの荷台に不在票を押し付けて、ことわりを書き込む。
「これで何度目っすかね。玄関前の置き配しか認めないくせに、オートロック開けないの。ダメ人間め。顔が見てみたいっす」
少女は集合ポストに走っていき、チラシの花が開いている中に不在票をねじ込み、帰ってきてから、また男の住まう角部屋を見上げ、これ見よがしにあっかんべーをした。
男は宅配未受け取りの常習犯である。
そういうわけで、この地区の配達員全員から嫌われていた。




