学生料金(2210文字)
「お仕事は何をされているんですか?」
「学生です」
三十六歳の男性が街頭インタビューに答えて、インタビュアーがちょっと言葉に詰まる。すると、なにかが気に障ったのか、男性はぶすっとした顔でその場を去っていった。
こんな光景が二十二世紀初頭ではよく見られた。
世界的な人口減少の影響甚だしく、展望のない未来に皆が不安がり始めたこの時代。
しかし嫌なことばっかりだったかと言えばそうではない。人口が減るということは、その分残った人類が得られる資源も増えるということ。一時期八十億人を食わせられていた二十一世紀人類の総資産で、二十二世紀人類は結構悠々自適に暮らすことができた。
マクロだけの話ではない。ミクロでも同様の例が見られる。
その最たる例が、急増した遺産ニート。親のたくわえで余生を過ごすことができる子世代が急増した。日本も例に漏れないどころか、ベビーブーム時代のボリューム層がことごとく天へと旅立ったため、世界的に見ても傾向が顕著な国であった。
冒頭のインタビューも、その世代の特集番組を作ろうとした中での一場面であった。遺産ニートの総数は日本人口の一パーセントほど存在するとも言われた。母数が母数であるから、とんでもない数字であった。
しかし、当人たちはよくても、社会にとっては不味い。非生産者が増えることを時代の流れと諦観して見過ごしていては、日本国の穏やかな頽廃に拍車がかかる。
彼らをなんとか働かせたい。政府上層部はどうしたものかと頭を悩ませた。しかし、ニートとして食っていける人間に経済活動をしろと言っても、説得性がない。資本主義社会は、向上心のない人間の扱い方を知らない。経済産業省の就職斡旋運動は、ことごとく失敗に終わった。
そこで、妙案を思いついたのが文部科学省のある役人であった。
翌年、日本には『遠大学校制度』と呼ばれる新たな教育制度が誕生した。小、中、高、大に次ぐ、第五次の教育機関、遠、であった。
なぜ『超大』でも『膨大』でもなく『遠大』であるのかと聞かれれば、別段深い理由はない。しかし一因としてこの遠大学校、全国のどこにも校舎が存在せず、ただ一つ国が設立した専用のサーバーだけがあって、全学生が遠隔で授業を履修するから、『遠』という言葉が選ばれたわけであった。
遠大学校の一番の特徴は、修学に際限がないことだ。希望するならば、永遠にこの学校に籍を置くことができた。卒業するには一定の履修要件があるが、在籍するだけなら毎年ごとに学費を払うだけで良い。それだけで、文部科学省が管理する遠大学校のサイトで、専門的講義の映像授業が無数に受けられるほか、国立図書館の電子蔵書が閲覧自由、在籍教授とのメールでのやり取りが行える。
──という風に、高等教育機関としておあつらえ向きの建前がたくさん用意されているのだが、結局のところ在学者にとって一番需要があるのは、『学生としての身分』だった。
それも『国が認めた』というところに、大きな意味がある。
大学をとりあえず卒業した遺産ニートにとって、『世間に通用する身分』だけは得難いものであった。それを解消するのが、学生という肩書。たとえ建前だらけのラベルであっても、自分はニートではないという自認が、なにより当人たちは欲しいのだ。
遠大学校に入学試験はある。しかし、無形の学校に定員があるはずもなく、最低限の足切りラインを超えれば合格できる。晴れて遠大生の肩書を手に入れれば、あとは年間二十万円前後の学費を払うことで、病院でも、市役所でも、遠大学の学生証を提示できた。場所によっては、学割も使えた。
最初こそ世間も遠大を怪訝な目で見ていたけれど、やっぱり国が自ら設立したものだから、一定の箔があった。だから有名企業に通りやすくなるとか、一目置かれるとかは全くなかったけれど、在学者の大半にとってはそれでよかった。自分は無職じゃなくて学生なんだと、自認できることが大事なのだ。理解できぬ人には一生理解できぬ感覚であろうけど、たったそれだけで一命を取り留める、自己承認欲求というものが存在する。
遠大学の学費はほとんど、文部科学省の予算に回った。初年度から在学総数は一万を超えたから、それは結構な額となった。
遠大制度の設立を提案した役人は大層もてはやされたが、彼自身は「いや、もっと効果が出てくるのはあと何年か後ですよ」と答えた。
周囲はそのときこそ首をかしげたが、実際、数年後には彼の言ったとおりの効果が表れだした。
遠大学制度の設立から、約七年後。
遠大学の就職実績グラフを見た役人たちは、驚いた。
卒業率が右肩上がりとなっており、遺産ニートを辞め就職する者が増えたのである。就職実績の悪い私立大学に勝るとも劣らない勢いだ。
後年、例の役人はこともなげに、あらましを答えた。
「自分の学びのために高い金を使わせることでこそ、初めて向上心も生まれるというものですよ。たとえ最初こそ、かりそめの身分が目当てだったとしてもね」
例の役人も、昔はニートじみた就職浪人をやったことのあるクチだった。
「そのうち、ちょっとは無駄に払い続けた金の、元を取ろうという気になります。働け働けとせっついたって、より意固地にならせるだけだ……」
そう、どこか醒めた風に語るのだった。
これからも止まることのないだろう人口減少の潮流に反し、遠大の入学者数はしばらく、毎年増え続けた。老若男女、さまざまなモラトリアムを求めるものたちによって。




