恋の逆転ホームラン(803文字)
知人のエヌ君は、学園のマドンナ、エスさんに恋をしている。
しかし、彼は非常に奥手。いつだって彼女を遠くから見ているだけ。声をかけるどころか、エスさんに名前を知られているかどうかもあやしい。
けれど、彼の気持ちは本物で、たまに話をするたびに「エスさんって、彼氏いるのかな……」なんて、じれったい話ばかりする。
だから僕はとうとう痺れを切らして、言ってやった。
「なぁエヌ君。君も男だろう。例え見込みがなくとも、逆転のホームランをねらってみるべきじゃないか」
僕の鋭い指摘は彼の心に刺さったようで、エヌ君は目を輝かし、「そうだね。その通りだね。ありがとうエフ君。僕も、ホームランを狙ってみるよ」と意気込んだ。
素直なエヌ君の反応に僕も気分をよくし、「うん、頑張ってよ。応援してるよ」と肩を叩いてやった。
──けれど。
彼は全然変わらなかった。
あの言葉を贈った後も、やっぱり遠巻きからエスさんのことを眺めるばかり。話しかけにいこうとすらしない。
その間に、エスさんは顔も性格もいいエム君とお近づきになって、とうとう二人は付き合ってしまった。
──いったい、エヌ君は何をしていたんだ?
さすがに僕も呆れたけど、一度は応援してやったよしみもあるし、慰めてやるかということで、彼を公園まで呼び出した。
やってきた彼は、やっぱりうなだれていた。
僕は聞いた。
「なんで、何もしなかったんだ。そこまでの臆病者だとは思っていなかった。何か、酷いトラウマでもあったのか? 女の子に対する……」
彼は首を振った。それに、心外だという顔もした。
「僕は、僕なりに頑張っていたよ。君の言う通りに……」
「はぁ?」
僕は眉を顰めた。あの、エスさんにうじうじと思いを寄せるだけの日々のなかで、何をしていたというのか。
彼は言った。
「ホームランを狙ってみたよ。だから、遠くから彼女のことを見つめ続けていたんだ。外野席じゃないと、ホームランをキャッチする見込みもないだろう……?」




