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宇宙漂流物(4146文字)

 ここはエヌ星の宇宙漂流物管理センター。

 エヌ星周辺の宇宙では毎日、たくさんの宇宙船が飛び交っている。だから、宇宙に漂流していた持ち主不明の落とし物が見つかることもよくある。それらの管理を行うのがこのセンターだ。

 センターは工場くらい大きくて、中にぐねぐねとベルトコンベアが通っている。そしてたくさんのスタッフが、自分の担当する漂流物をベルトコンベアから拾っては、パソコンとスキャナーを使いながら、くわしく調べている。

 エス氏も、そんなスタッフのひとりだった。


「ん、なんだこれは。かぎがかかっているぞ」


 今日、エス氏の作業場に流れてきたのは、両手で持てるくらいのアタッシュケースだ。

 フタの部分には見たことのない文字が書かれていた。ロック部分はがっちりとしまっており、開けられそうもない。しかし、その隣には指を一本立てるようなマークが描かれていた。


「指をあてろということだろうか……?」


 エス氏はさっそく、自分の指をロック部分におしあててみた。すると、カチッという音がした。ロックが外れたのだ。驚いた。生体認証ということらしい。ずいぶんと高度なシステムを使っている。けれど、エス氏の指で開いたということは、所有者が自分以外にも開けられるようにしていたということだ。

 いったいどういうことだろう。

 エス氏がケースの中を見ると、そこには、一冊の本が入っていた。片手で持てるくらいの、手帳みたいな本。表紙にタイトルらしきものも書かれているけれど、やっぱり読めない。そして、あんまりに見慣れない文字だから、外国の言葉という気もしない。もしや、他の星の言葉なのではと、エス氏は思った。


「エイチせんせーい。ちょっといいですか」


 そこでエス氏は、このセンターの管理責任者である、エイチ氏を呼んだ。エイチ氏は宇宙漂流物取り扱いのプロだ。かつては、有名な大学で国際言語学者をしていた経験があり、エヌ星のいろんな国々の言語、文化について熟知しているから、彼に見せればどこの国の落とし物か、一発でわかる。

 エイチ氏は偶然近くで作業していたから、すぐエス氏のところまでやってきた。


「どれどれ、みせてごらんなさい」


 エイチ氏は立派なあごひげをのばしたりもんだりしながら、しげしげと本を眺めた。懐からルーペを出したかと思えば、パラパラと中を読んだり、ページを指で擦り、紙の材質をたしかめたりした。

 それから、ふぅむとため息をついた。


「これは、エヌ星のものじゃないな。まさしく、他の星から流れついたものだ」

「ええ、やっぱりですか」 


 うむ……とエイチ氏は学者出身らしく真剣なまなざしで、本を見つめる。


「見たことない文字だし、紙に使われている植物も、エヌ星に存在しないものだ。それにケースの材質はこれほど軽いのに、宇宙の真空にも耐えられるくらい丈夫な、特別素材。これは相当な手の込みよう。エスさんの指でも開けられたところから見るに、きっと宇宙のどこかの星が、文化保存のために流したものじゃなかろうか……」

「へぇ、すごいじゃないですか」


 むずかしいことを言うエイチ氏の横で、エス氏はむしろうきうきしてきた。

 このセンターでは、たまにこういう、貴重なものが届くのだ。遠くの宇宙の機械だったり、ロケットの破片だったり……。

 こういったものは研究対象として大きな価値を持つので、やがて国際宇宙センターに届けられる決まりになっている。研究が終われば、宇宙センターに展示されることもある。

 これを見つけたからと言ってエス氏の給料が上がるわけじゃない。けれどやっぱり、ロマンがあるものだ。まだ誰も見たことのない星の文化に、最初に触れたという事実は。

 エス氏は聞いた。


「いったいこの本の中身はどんなことが書いてあるんでしょう。やっぱり宇宙に流すってことは、こいつが作られた星の、歴史なんかが書いてあるんでしょうか」

「いや、ページをめくってみるに、短い文章が何十項目にも分かれて、つらつらと書かれている。もしかしたら、宗教的な警句かもしれん。向こうの聖書という可能性もある」


 ええっ、聖書ですか、なんて言って、またエス氏は嬉しがった。


「異星の神様の言葉に、最初に触れたとしたら、なんだか誇らしいな。私は無神論者ですが、いっそ改宗しようかな。なにせ、この星の最初の信者を名乗れますからね」

「はやとちりしちゃいかん。あくまで予想だ。本当のところは今から調べる」

「今からって、どうやるんですか先生」

「ページも本のつくりも丈夫そうだし、ここはひとつ、万能翻訳機を使うことにする」

「万能翻訳機?」


 ここで長年働くエス氏も、聞いたことのない機械だった。このセンターはいろんな貴重品を扱うから、エイチ氏のような専門家が何人か在籍こそすれ、専門的な機械を使った分析は、それこそ宇宙センターなどにやってもらうというのが普通だった。

そんなエス氏の疑問を表情から察したように、エイチ氏は付け加えた。


「最近、うちに取り寄せた最新の発明品なのだ。見れば分かるが、すごい性能なんだ。なんと本を取り込むだけで、どんな星の言語だって、意味を解読してしまうんだよ」


 ええっ、そりゃあすごい、とエス氏も目を丸くした。

 エヌ星は人工惑星を最近ひとつ作ったくらいに、宇宙開発が進んでいる。近いうちに、まだ見ぬ異星人と邂逅することもあるだろう。そんな日を見越して、こういう機械が最近発明されたのだ。

 エイチ氏も言語学者としてその開発に協力したから、お礼としてこのセンターにも一台、設置が決まったわけであった。

 さっそくエイチ氏は部下に頼んで、この本のところまで台車に乗せて、万能翻訳機を運んできてもらった。見た目は普通のプリンターのようだが、真ん中に電子レンジじみた扉がついている。そこに対象物を入れるだけで、翻訳ができるという仕組みだ。

 エイチ氏は本を慎重に、閉じたまま中へ置いた。この状態でも、全ページの読み取りができるという優れモノだ。


「これで、ばっちり中身が分かるってわけですね」

「たった十分ほどでね。まったく、エヌ星の言語学の集大成のような機械なのだ……」


 扉を閉めて、翻訳開始のスイッチを押したら、ウィーンと機械が作動し始めた。

 赤、青、緑、様々な色の読み取りレーザーが翻訳機の中で交差する。

 そのうち、何やらすごいものが見つかったらしいということを聞きつけて、面白そうだなということで、他のスタッフも見物のために集まりだしてきた。

 あたりには結構なギャラリーができた。

 そうして、十分が経った。

 まばゆい光を扉のガラス越しに放ち続けていた万能翻訳機が、完了を知らせる、チンという音を出した。おぉっ、とギャラリーもどよめく。

 これで、本の中身が読める。翻訳結果は、天板部のタッチパネルで、電子書籍みたいに読める仕組みだ。エス氏は非常にそわそわした。第一発見者として誰より中身が気になっていた。しかし自分から動こうとしないのは、言語学のプロであるエイチ氏が、先に目を通すのが道理だとわきまえていたからだ。

 その様子を見て、エイチ氏が言った。


「エスさん、せっかくだから、あなたが読んでください」

「えっ」


 エス氏は驚いた。後で内容を話して貰えれば、それで充分と考えていた。しかしエイチ氏はどうぞどうぞと、寛大に手で指し示す。


「第一発見者として、ふさわしい名誉をさずかるべきだ」

「いいんでしょうか」

「勿論だとも」


 こういうところが、エイチ氏のセンター内での信頼が厚い理由だ。

 エイチ氏直々の推薦であれば、エス氏はもう遠慮なく、読む気になった。 

 翻訳機の前に立って、タッチパネルに触れる。ぴこんと画面が切り替わる。

最初のページに表示されていたのは、本の表紙だ。タイトルの文字が変わっているのだけど、それはどうやら人名らしくて、エヌ星とは全く名前の形式からして違うから、ここは上手く読めなかった。まぁそれはいい。問題は中身。次のページからだ。

 エス氏は緊張しながらページをめくる。そして、おおっ、と楽しそうに驚いた。

 このページからは意味の分かる言葉で表示されていた。エス氏の反応を見て、エイチ氏も、ギャラリーも、わくわくした。


「エスさん、ぜひ音読してください」

「もちろんです、先生」


 さっそく、気持ちを込めてエス氏が音読した。


「──『古い池に、蛙がとびこみ、水の音がした』……。んん……?」


 あたりに、シンとした静寂が拡がった。

 ギャラリーたちはざわざわと、隣の人と顔を見合わせて、不思議そうな顔をする。

 言葉は分かるが、誰もが、この文章に込められた意図が分からなかった。


「エスさん、他のも読んでくれ」。エイチ先生が、すかさず次を促した。どきどきしながら、エス氏は再度音読する。

「──『五月の雨によって、モガミ川の勢いが、はやくなっている』」


 まだ全然、この文章の意図が分からない。

 エス氏は一応、どんどん読んでいく。


「──『夏の草原。ここはかつての戦争の場』」

「──『秋が深まった。隣の人は何をしているのか』」

「──『海が荒れている。サド島のほうに、星々が並んでいる。川みたいに』」


 そして読み進めるうち、エス氏は難しい顔をしていった。


「先生、これは……」


 エイチ氏も頷いた。少し、残念そうな顔をして。


「これはおそらく、ただの日記だね。宗教書のような信仰テーマが見られないし、詩集というには、あんまりに表現が直接的だ。文化的な詩であれば、もっと比喩表現に力を入れ、見るものを言葉で楽しませるはずだから……。おそらくは、この作者が毎日したためた日記を、宇宙の歴史の中に欠片でもいいから残そうとして、宇宙へ流したのだ。そう、ボトルメールのように……」

「なるほど……」


 エス氏含め、ギャラリー皆が納得した。少し、残念そうな顔をして。

 そういうわけで、エス氏が見つけたこの本は、『遠いどこかの星の、名もなき誰かの日記』として、宇宙センターに持っていかれることになった。もちろん、異星言語のサンプルであるから、学術的価値は高い。しかし、みんなの期待は越えなかった……。

 ……という認識になったのも、いくら万能翻訳機とはいえ、異星言語の発音法則までは分からなかったのが原因だろう。

 どこかの星で尊ばれたワビサビのリズムまでは、エヌ星に伝わらなかった。宇宙は真空で満たされているのだから、仕方がない。


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