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傘(694文字)

 ある雨の日の帰り道。

 俺は隣のアイダに話しかけた。


「思うんだが、相合傘というのはなんとも中途半端じゃないか?」

「……というと?」


 俺より頭一個分小さいアイダが、ついと顔を上げる。


「いや、『傘』という漢字を思い浮かべてくれ。『人』の字が4つあるだろ? しかし相合傘は二人でやるものだ。四人でなんてできないだろう。だから、真の相合傘はいつだって完成していないんだ」

「……」


 アイダは数秒じっと俺を見つめて「それは違うな」と呟き、それから小首を傾げた。


「たしか……『傘』の漢字の『人』は、象形文字が成り行きでたどりついた形だからさ。例えば、昔の和傘を思い浮かべて欲しい。骨がいっぱいあるだろう? その密度を表すために最初は『×』や『メ』の形を用いていたんだ。それが崩れて、『人』になった……というのが、由来のはずだ」


 へぇ……と俺は馬鹿正直に感心した。


「いつだったか、字の成り立ちにまつわる本を読んだことがある。そのときの記憶が、正しければ、ね」


 アイダがそう付け加えるけれど、俺はハナから信じていた。アイダが言うのだから、合っているのだろう。


「じゃあ、相合傘は今までも、完成していたのか」

「『完成』が何を表すのか、分からないけども」


 そんなことを話しながら、俺達は雨音の下、肩を並べ歩いた。


 **


 それから、いくらか時が経ったあと。

 同じような、雨の日の帰り道でのことだった。

 俺は話しかけた。


「完成したな」

「何が?」


 隣で、きょとんとされる。


「相合傘」

「……」


 数秒、じっと俺を見つめた後、ふっと微笑んだ。


「たしかに。これで、『完成』だね」


 俺が持った、大きな傘の下。

 俺と妻の腕の中では、双子の娘が、揃って寝息を立てていた。



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