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暗記米(5025文字)

 我が家には、二十二世紀からやってきた育児用ネコ型アンドロイドが住んでいる。

 ネコ型といっても、実態はたぬきに似ている。寸胴ボディに、まん丸頭。ぴったり二頭身な瓢箪体型。そこに取ってつけたようなネコ耳を生やしただけでネコ型を名乗るのだから、図々しいものだ。

まぁ、彼の見た目についてはいったんいいのだ。

 彼が言うには、僕は将来鬼嫁と結婚し、うだつのあがらない生涯を送るらしい。彼は実際にその運命を未来で見てきたという。そして、悲惨な生い立ちとなった僕の孫に頼まれて、運命を変えるため、タイムマシンでこの二十一世紀までやってきた。

 彼の名前を、drastic(ドラスティック)-emote(エモート)-N(エヌ)型という。

 略して僕は、ドラーヌと呼んでいる。


**


 僕はドラーヌがきてからも相変わらず、冴えない小学五年生ライフを送っている。ガキ大将にいじめられたり、金持ち一家のボンボン息子にいびられたり、授業中に居眠りして先生に怒られたり。


「はぁ……」


 僕は放課後、帰るみちすがらにため息をついた。

 明日は中間テスト。いつにもまして憂鬱だ。要領の悪い僕はきっとまた悪い点を取るだろうから。そしたらママの怒髪が天に触れ、雷が僕の頭に落ちる。結末はありありと見えている。


「あ、そうだ」


 僕は思いついた。今回もドラーヌに頼ればいいじゃないか。

 というのも、ドラーヌは腹部に四次元収納孔を持っていて、その中に未来の便利な道具をたくさん忍ばせているのだ。

 ドラーヌは二十二世紀から勝手にやってきたわけで、僕はそれを寛大に受け入れ、部屋の押入れまで居住スペースとして提供している。少々、彼が持つ未来の力に頼ったって、バチはあたるまい。

 僕は家についてさっそく、ドラーヌが昼寝しているだろう押入れまで向かった。

 押入ではやっぱり、彼はぐーすかいびきを立てていた。ロボットのくせに睡眠が必要だなんて変だ、と最初は僕も思ったけど、聞くところによるとこれは自己発電するための時間らしい。彼は体内に核融合動力炉を持っていて、その機能に集中するため、こうして他の機能を休止する時間が必要なのだ。その際、燃料として空気が必要になるから、呼吸もしなきゃならない。ちなみに、不快ないびきはただ彼がおんぼろで、喉のあたりの設計が甘いことによって出る音だという。

僕は彼の体を、丸太のように揺さぶった。


「ねぇ~、ドラーヌ、何か道具だしてよ~」


 彼はうぅんととてももどかしそうに、目を覚ました。起動した。


「なんですか。どんな御用ですか」

「明日テストがあるんだけど、ちっともできる気がしないんだ。何か、簡単にテスト範囲を覚えられる道具出してよ~」

「はぁ、全くしょうがないですね……」

「えっ、良い道具があるんだね?」


 流石は育児支援型アンドロイド。そっけない態度でも、最後には必ず助けてくれる。

 いつものように彼は、腹部四次元収納孔に収納している、通称『未来アイテム』を探し始めた。収納孔は、カンガルーの袋みたいな形をしている。その中を、彼の白いボールみたいな手がまさぐる。指ひとつないけれど、未来の有機電磁力発生装置で、どんなものでも掴んだり離したりできるのだ。


「うむ、これがいいでしょう」


 彼が収納孔から未来アイテムを出す時、収納孔内部の四次元空間特有の光の屈折現象により、青い光が漏れる。また、未来アイテムを収納孔から取り出す際の警告音として、『てってれれって、てーれーれー』という音がなる。警告音にしては陽気だけど、これが二十二世紀のスタンダードだそうだ。二十一世紀と二十二世紀で文化感覚は大きく変わるらしい。


「〝暗記米〟~」


 彼が秘密アイテムの名前をだみ声で紹介した。


「あんきまい?」


 彼の手に掴まれていた(くっついているとも言える)のは、1kgほど個包装された、お米であった。


「お米じゃないか? これを食べるの?」

「はい。今から使用方法をお伝えしますので、その通りに実践してください」


 彼は育児支援型アンドロイドのくせに、感情表現がドライだ。本来同じ機種はもっと子供への愛情表現を見せるらしいけれど、彼は初期不良個体で、格安で販売されていたのだという。そこを引き取ったのが、僕の孫というわけだ。でも……いくら格安とはいえ、人語と感情を解するアンドロイドなんて二十二世紀でもひどく高くついただろうに、それを今の自分に使わず、過去に送り込むなんて、どれだけ僕の孫は自分のルーツが気に入らなかったのだろう。孫に贈り物をもらう祖父とは、なんてみじめな。

 まぁ、だからこそ孫のためにも、僕はちっとでもマシな人生を歩まねばならない。ドラーヌが教えてくれた使用方法をスマホにメモって、さっそくキッチンに向かった。

 彼はと言えば、「二度寝します」といって、興味なさげに押入れへと戻っていった。


 **


 彼が教えてくれた『暗記米』の使い方はこう。

 まず初めに、米一粒一粒に、専用のボールペンで文字を書き込む。

ここで使うペンは説明のときにもらった、専用のもの。インクはもちろん人体に無害。

 この文字を書いたお米を炊飯後体内に取り込むことで、お米に書いた文字が脳に定着するのだと言う。一応ドラーヌは仕組みから話してくれたけれど、難しかったから僕は忘れてしまった。暗記できるならどうでもよかったしね。

よし、頑張って書き込むぞ。

 僕はそう意気込むのだが、筆先0.2mmという極細ペンで米粒に文字を書き込むのは、酷く骨のいる作業だった。しかも一つの情報は米一粒に書き切らなければならないという制限付き。『リトマス試験紙の色を変えるのは酸性とアルカリ性で、その色は赤と青で……』なんて、長文は書き込めない。だから、『酸性→赤』『アルカリ性→青』みたいに、覚えたいことをどうにか短くまとめて書き込んでいった。


「あっ、また割れちゃった……」


 そして、はやる気持ちでお米に文字を書いていると、あっけなくお米は割れてしまう。

 だから何度も書き直す必要があるし、たまに落ち着き直す時間も必要だった。

『距離=時間×速さ』『京浜工業地帯』『弥生古墳飛鳥』……。

 僕は一時間ちょっとかけて、どうにか覚えておきたいことを全部書き込んだ。米は全部で100粒ほどできた。

 次に、調理だ。

 あんなに苦労して用意したお米も、炊いてみれば100粒なんて、スプーン2杯くらいにしかならない。だから普通の白米も混ぜて、お米一合くらいにして、炊くことにした。

 このときママが帰ってきて、あっしまった炊飯器が使えなくなるぞと危ぶんだけれども、「今日の晩御飯は明太スパゲッティよ」ということだったので助かった。

 ついでに、勝手にお米を炊こうとしていることをママに怪しまれもしたけど、「夜のテスト勉強用の夜食を、先に作っておこうと思って……」なんて誤魔化したら、「まぁ、えらいわねぇ」と逆に感心された。

 ふぅ、ひとまず心配事は乗り越えたぞ。さっさと炊いてしまおう。

 お米が割れると効果がないということだったから、僕は慎重に砥いで、水もちゃんと計って入れて、炊飯タイマーをセットし終えた。炊飯は30分。僕は先にお風呂に入って、あがってから炊き立てのお米をおにぎりにして、ラップに包んで冷蔵庫にいれておいた。それから、普通の晩御飯として明太スパゲッティを食べた。

 そしてようやく、暗記米を食べるときがきた。

 ママにああいった手前、僕は夜、テスト勉強をするフリしながら、おにぎりを食べても不自然じゃないタイミングを見計らった。晩御飯の後すぐに食べる気もしなかったので、夜九時頃まで待った。もちろん、ただ机に座ってぼーっとしているのももったいないから、暗記米に文字を書ききった後、ああそうだったあれも書いておけばよかったと思ったことを、教科書を見つつ、おさらいしておいた。

 そして、九時を過ぎた。

 キッチンに降りて、冷蔵庫から取り出す。改めておにぎりをよく見るとボールペンで何かを書き込んだお米も見つかるけれど、近くでじっくり見なければ気にならない。レンジにいれて、500w3分……。チーン。塩だけ振って、自室へ持っていった。

 そして食べた。

 うん、美味しい。良く炊けていて、お米の香りも立ち上るぞ。ちょっと達成感があった。

 けれど、頭の中に覚えたい記憶が流れ込んでくる感じはしなかった。

 ドラーヌに、本当に大丈夫が聞きに行く。

 当人はといえば、晩御飯前には発電を終え、しっかり明太スパゲッティをたいらげて、今はだらだら部屋の隅で寝ころんで漫画を読んでいた。


「ねぇ、ドラーヌ、暗記米を食べたけれど、全然実感がわかない。ただのおにぎりって感じがする。覚えたかったことは、お米に苦労して書き込んだ分、流石にまだ覚えてるしさ。でも、明日までちゃんと覚えられてるか不安だよ」


 彼はすんとしながら顔を上げた。


「そういうものです。言ったではありませんか、暗記米の中に含まれている有効成分が、暗記に必要な特製のビタミンDを生成し、必要な情報を君の頭の中のシナプスに刻んでいくのだと。暗記作用が起こるのはおにぎりを食べてすぐではなくて、睡眠中の記憶定着時です」

「ああ、つまり、寝ないと効果が出ないってこと?」

「その通りです」

「そっか、そう言えばそんなことを言っていたね。よかったぁ」


 僕はようやく安心した。それを聞けたら、今日はぐっすり眠れる気がした。僕はいつもより早めに準備して、寝た。


**


 それから、翌日の中間テストを経て、3日後。

 テストが返ってきた日、僕は駆けて押入れまで向かった。


「おーい、ドラーヌ! すごいよ、本当にいい点が取れた。特に理科なんてすごいんだ、80点だ! こんな点数、取ったことないよ」

「おお、おめでとうございます」


 いつも生返事な彼も、今日ばかりは読んでいた漫画から顔を上げて、素直に褒めてくれた。


「暗記米の効果はばっちりだったよ。テスト中も暗記米に書いたこと、すんなり思い出せた。文章問題には難しいものもあったけど……」

「まぁ、そこはいいじゃありませんか。今は最高得点を喜ぶべきです」

「そうだよね。いやぁ、テストでいい点を取った後っていうのは、すがすがしいもんだな。ねぇ、また困ったら暗記米を使わせてくれよ」

「勿論です。ぜひ使ってください。ただ、暗記米を何度も使うと、体が慣れて効果が薄まってしまうかもしれませんが……」

「かまわないさ。ママに怒られる点数さえとらなければいいんだもん」

「でしたら、いつでもいくらでもお出ししますよ」

「さっすがドラーヌ、頼りになる!」


 僕の褒め言葉に、さすがの彼もすこし恥ずかしそうに、白くて丸い手で頭をかいた。

 本当に、頼りになる友人だ。今回もそうだし、これまでも、彼の出す未来アイテムがなければ、ただでさえ冴えない僕の小学五年生ライフが、どんぞこまで落ちていたことだろう。感謝感謝、大感謝だ。

 しかし、欲を言えば……。


「ねぇドラーヌ……」

「はい?」


 僕は手でごまをすりながら聞いてみた。


「ちなみに聞きたいんだけどさ。もっと……楽な未来アイテムっていうのはないのかな。やっぱり、あんな小さなお米に文字を何度も書くのは骨が折れるからねぇ。例えば……パンなんかにチョコで文字を書いて、食べるだけで覚えられるような、さ。君がくれる未来アイテムはいつも役に立つけど、ぜーんぶひと手間かかるから……」

「残念ながら、そう言うものはないですね」

「えぇ~」


 彼はあっさり、ばっさり言い切った。こういう言い方をするときは、決まって取りつくひまもないときだ。長い付き合いだから知っている。つまり、諦めなければならないということ。

 僕が残念がりながら思い出すのは、今まで使わせてもらった、ひと手間かかる未来アイテムの数々。例えば──意地悪なガキ大将に仕返しをするとき、完璧な輪ゴム鉄砲の打ち方を教えてくれた小型ロボットの『転ばさせ屋』や──どんなところにも素早く向かうことのできるけれど、乗りこなすのに練習が必要だった『竹ローラースケート』──等々。


「二十二世紀なら、もっと簡単に使えるものがあるんじゃないの?」


 そんな僕の期待に反し、彼はそっけなく首を振った。


「どんなすごい未来アイテムも、ひと手間はかかりますよ。そりゃあ。二十二世紀を買いかぶってもらっては困ります」

「そういうものかな」

「そういうものです。なにせ、二十二世紀は二十一世紀の延長線上にあるのですから。僕の教育プログラムだって、二十一世紀には確立されていた理論をそのまま使っているにすぎませんからね……」

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