月よりも遠く(658文字)
『いつかぼくは、かならず月に行くんだ!』
子供のころの君はとてもロマンチストで、そんなことを言っていたね。
ふたり、夜の公園で並んで座ったあの日、月へ手を伸ばした君の、自信満々な顔を覚えている。
今夜、私は一人、潮風の吹く堤防に来ていた。
柵にもたれかかりながら、月を見上げる。
明るい月が、白く波を照らしている。ぼんやり眺めていると、海面に一匹のクラゲが浮き上がってきた。
そういえば、クラゲは漢字で『海月』とも書くんだっけ。クラゲの傍には、虚像の月も浮かんでいた。
あんなに近くに、ふたつも月が並んでる。
──ふと、思った。
空に浮かぶ方は無理だけど、あの海に浮かぶ月なら、私の手も届くんじゃなかろうか?
たとえばさ……この柵を乗り越えて、一歩踏み出すだけで──。
……なんてね。
ほんとには、やらないけどさ。
浅いため息を吐く。
柵の上に腕を重ね、突っ伏して、君のことを想う。
もう君は、月よりも遠い場所へ行ってしまった。
手は届かない。声も聞けない。既読もつかない。
会いたくても、叶わない。
はるか遠いその場所で、いま君は、月よりも綺麗なものを見つけられていますか。
柵を乗り越えるだけで、君に近づけるような気がして──なんて危ない、馬鹿なことをと、自嘲する。
それぐらいには、寂しい。
今すぐ会いたいなと、想うのです。
──そうして一週間後、君は帰ってきた。
電話がかかってきて、開口一番嬉しそうな声が聞けて、嬉しかった。
『すごいよ、今回の有人探査では、新種のヒトデを見つけたんだ』
思わず笑った。
君はほんとに、月よりも遠い場所で、綺麗な星を見つけていた。




