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幸せの青い鳥(3488文字)

──『一家に一羽、青い鳥。幸福がそばでさえずる生活を、あなたに。』


 ときは二十二世紀。生物の品種改良技術は、飛躍的に発達していた。

 業界の最先端を走るX社はその技術を活かし、ある生物を誕生させた。

 カワセミの一種を品種改良し、まったく人間にとって飼いやすくて、見た目もうるわしい、〝幸せの青い鳥〟を作ったのである。


『こちらの青い鳥は、あなたの日常の素晴らしき伴侶となります……。

 まず、本能的にプログラムされた飼育に適した習性が、あなたを助けます。たとえば、排泄は必ずトイレで行いますし、水皿の場所もきっちり覚えます。もし餌やりを忘れても、ほんの少しだけ高い声でキィと鳴いて、あなたのうっかりを教えてくれます。とても人懐こく、簡単な芸ならいくらでも覚え、普通の小鳥に比べて三倍も長生き。顔色からあなたの機嫌をよく伺い、落ち込んだときにはそっと寄りそい、気分のいいときには肩に乗って、一緒に幸福な時間を味わってくれるのです……』


 このように、まったく人間ファーストで作られた鳥であった。

 一部の動物愛護団体などは、「自然への冒涜だ!」と批判した。けれど、この鳥は生まれつき人に愛されることを前提に作られた品種であった。人の手を離れ、自然界で生きていくことはできない。むしろ野生に放つと、すぐ死んでしまう。それだけ、どうしようもなく繊細な生物なのだ。X社は野生下と飼育下でのストレス対比データをもって示した。『だから、もし逃げ出しても生態系に与える影響はないし、それどころか人間に育てられないことがこの鳥にとっての虐待なのだ』。──このX社の反論は詭弁だったが、動物愛護団体には変に真面目な人間しかおらず、これをまともに受け取ってしまった。じゃあ、この幸せの青い鳥にとっての幸せはなんなのか──? なんて禅問答を始めてしまったのだ。そうして、動物愛護団体が身内で議論を白熱させている間に、X社は隙をついて、一羽一万円という圧倒的なお手頃さで、幸せの青い鳥の一般販売を開始した。

 人に必ず懐く育てやすい小鳥というキャッチフレーズは、癒しに飢えた二十二世紀社会人たちに、大層ウケた。

結果、幸せの青い鳥は飛ぶように売れた。

 そして、時代は大きく変わっていった。幸せの青い鳥のおかげで、社会が一回り穏やかになったのである。

この小鳥は、愛情を注いで育てれば、必ず愛情の倍返しをしてくれた。ペットなら皆そうだろう、などと思うなかれ。この小鳥の強みは圧倒的なお手頃価格と、飼いやすさだ。今までペットを飼うのに渋っていた若者たちなんかも、犬や猫より簡単に飼い主になることができた。

帰宅後、すぐ鳥かごの扉を開ければ、幸せの青い鳥が嬉しそうに羽をはためかせ、肩に飛び乗ってくれる──。こんな毎日が、一羽一万円で手に入るのだ。誰にとっても買わない理由はなかった。

 家に帰れば愛すべき小さな命がいるのだから、日々のささいな苛立ちも、気にならなくなるというもの。SNSなんかでも、何が嫌いだ、何が気に入らないなんて投稿が鳴りをひそめて、代わりに、幸せの青い鳥の写真や動画がよく投稿されるようになった。

 この青い鳥大ブームが起きた発売直後の年の社会幸福度統計は、記録史上最高の数値を叩きだした。


 さて、十分成功したように見える幸せの青い鳥ビジネスであるが、X社の商魂はそこで衰えなかった。

 一年後、今度は〝喜びの黄色い鳥〟を発売し始めたのである。


 幸せの青い鳥同様、喜びの黄色い鳥も飼いやすく、懐きやすく、安価であった。

 しかし、青い鳥との違いもちゃんとあった。それは嬉しいときの感情表現が派手であることだ。これは小さな差のように見えて、消費者の購買意欲を上手くくすぐる、優れた効果があった。

 例えば、幸せの青い鳥は嬉しいときに主人の肩に乗り、頬ずりするくらいであるが、喜びの黄色い鳥は嬉しくなるとクジャクのように羽を拡げて踊り、主人の頭上を舞い飛ぶ。

 このマイナーチェンジが、人との関わりが少なくなりがちな在宅ワーカーや、独身層を中心にウケた。

 文明が発達しきった反動からか、未来の展望を信じられていた昔と違い、どこか達観した陰気さがはびこるこの時代。青い鳥より、もっと無邪気に喜びを表現してくれる黄色い鳥にしか満たせないニーズが隠れていたのだ。

 そしてX社の上手いところが、青い鳥と黄色い鳥は遺伝子レベルで、仲良く共存できるようデザインされているところであった。

 二種を揃えると、主人が忙しくて構えない間も、二羽は仲睦まじく過ごすことができる。二羽が遊ぶ様子には性格の違いもありありと表れるので、それを眺める飼い主たちからの評判も上々。こうしてコレクション欲求を刺激し、青い鳥の購入層にも再度アプローチできたため、黄色い鳥も広く普及した。

 この頃にはもう、かつて断固反対の声を上げていた動物愛護団体メンバーも時流に負け、さりげなく一、二羽購入し、家で愛で始めるようになっていた。

ここまで社会に浸透すれば、あとは雪だるま方式でシェアを拡大していけばよかった。

 次は〝静寂の緑の鳥〟が販売され、あまり激しい愛情表現を求めず、ただ静かに寄りそって欲しいという層にウケた。

 その次には〝無邪気の赤い鳥〟というかわいらしい範囲でワガママな種が販売され、むしろもっと世話をしたいし、手間をかけさせてくれという層にウケた。


 そして、青い鳥の誕生から五年。

 世界的な普及を勝ち取ったあと、X社は高級路線にも走り出した。

 今までの鳥たちよりお値段が張るが、絶妙に今までの種の長所をブレンドし、より飼い主の機嫌を把握することに長けた〝至高の金の鳥〟も販売されたし、特製の餌が必要になるけれど、今までの種に比べさらに長生きでいつまでも若々しい〝不老の銀の鳥〟も販売された。

 こうしてマイナーチェンジを量産している内、X社の品種改良技術も向上していく。

 もはや業界で右に出るものがいなくなったX社は、もっとニッチな需要さえも勝ち取りにいった。

そのうちのひとつが、『ボディーガードのような鳥が欲しい』という需要である。

これは飼い主を守るという意味でのボディーガードではない。他の小鳥たちを守ってくれる存在だ。小鳥シリーズが世界中に普及した影響で、不意のトラブルで小鳥たちが飼い主の眼を離れたすきに、事故にあったり、野鳥に襲われたりという事件も増えていた。そこで開発されたのが、猛禽類のように大きな体で、かつ慈悲深い心を持ち、他の小鳥たちの安全を守ってくれる〝勇敢の銅の鳥〟だ。

 また、『いいや私は世話をするより世話をされたい、生活を支えてくれるような存在が欲しいんだ』という需要にも、X社は応えた。先行したどの種よりもはるかに賢く、主人が朝起きる時間に鳴き、シリアルの袋を軽くついばんで机に置いて準備をし、見失ったネクタイを探そうものなら、どこからか持ってきてくれるくらいに気の回る、〝聡明の白の鳥〟だって販売された。

 やがて、ペットシェアは犬、猫を追い越した。

他の企業も、X社の高度な品種改良技術の模倣ができないから後追いもできず、市場は独占状態となった。

 次にプラチナ、次にダイヤモンド、次にアレキサンドライト……。

 様々な素晴らしき鳥たちが、人間のために誕生していった。


 **


 さて──ときは流れて、二十四世紀。

 行き詰まった文明の発展に、気が狂った先進国家のある為政者が核の発射ボタンを押し、唐突に核戦争が起こって、世界がきっちり滅んだ二十三世紀から、百年くらい経ったこの時代。

 生き残った人類もいるにはいたが、文明はすっかり失われ、百年どころか千年くらいは文明レベルが後退していた。電気インフラがほとんど壊れ、紙媒体のほとんどが焼け、文明回復の土台すら失ってしまったからこその、体たらくであった。今の人類の毎日は、あくせく水を探し求めるところから始まる。

 まだ放射能汚染の残る廃都市の中に、生き残りたちは暮らしていた。彼らは心が折れそうになるたび、空を見上げた。

そこに、彼らにとっての希望の象徴が飛んでいるからだ。


「おうい、今日も神様が飛んでるぞぉ」

「今日も綺麗だなぁ」

「きっと、私たちを見守ってくださってるんだ」


 半裸で生活する生き残りたちが、口々に言う。

 視線の先にいるのは、虹色の尾羽を揺らし、太陽のような翼をはためかせる一羽の鳥だ。

 それは、土地と時代によっては、鳳凰とか、フェニックスとか呼ばれただろうほどの神々しい鳥であり……。

 二世紀前、ある大企業が〝究極の虹の鳥〟として世界でたった一羽だけ販売した、理知聡明、頑強不屈、不老不死な鳥であることを……今となって知るものは、誰もいなかった。


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