表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/34

最高の戦い(1646文字)

 ──最高の戦いが始まる。


 名だたる棋士たちが出場した、この新設プロ将棋大会。全国各地で予選を行うという、タイトル戦にない斬新な方式は、地方の将棋ファンたちに大変好評だった。

そして、予選トーナメントで起きた波乱に次ぐ波乱が、盛り上がりに拍車をかけた。

 扶桑泰司六冠──現代将棋の絶対的王者──が、二回戦敗退。

 宇民郁人二冠──次世代の将棋界を担う若き天才──が、三回戦敗退。

 トーナメントを勝ち上がったのは、実力者たちと言えど、馬で表すなら対抗、大穴といった棋士たち。その中には、この俺も含まれていた。

 将棋ファンは湧いた。全国を巡るハードスケジュールもあってだろう、タイトル戦とはまた別種の体力を必要とするこの新大会に、新風を感じたのだ。棋士たちの打ち回しもまた、じっくりと気持ちを整えて臨むタイトル戦とは違った、熱あるものに変わった。言い表すならまさに白兵戦。衝突の瞬間、互いの汗がかかりあうような。

 大胆な手が飛び交いあう。そして、まさかと言ったような悪手も生まれてしまう。理詰めに理詰めを重ねた機械戦争のような現代将棋とは違い、後ろに観客がいれば歓声が起こるような、ボクシングのリング上じみた、大会になったのだ。

 俺には手ごたえがあった。この戦いは、俺の棋風に合っていた。

 俺の武器は発想力と根気。長期戦の末に繰り出す会心の一手が、俺の切り札。しかし短所は、熱くなりすぎたときに致命的な死角が生まれてしまうこと。俺もまだ若い方だが、氷のような頭脳を持つさらに若い天才たちに、ことごとく返り討ちにされてきた。

 この大会は、俺に追い風を与えてくれる。吹きすさぶ風だ。死角があっても構わない、とにかく押し込めと背中を押してくれる。だからこの俺が──初めて、あの扶桑のヤロウを倒し──決勝まで上り詰められた。

 そして、決勝の相手も、不足なし。

 奴は、俺にとっての最大のライバル。この俺の発想力を上回ることもあれば、俺のポカを上回るような悪手をやらかすこともある、似た者同士。

 奨励会でもトップの座を争い続けた。そして……奴もまた、さらに若い天才たちに、打ちのめされる側だった。

 敵にして、同志でもあった。奴に勝つこともそうだが、どちらが先に扶桑や宇民にぎゃふんと言わせるか──そんな競争もしていた。

 俺は決勝の場で奴の顔を見た瞬間、ニヤリと口角が持ち上がるのを、堪えきれなかった。

 奴もまた、宇民を倒してきた。

 風が吹きすさんでいる。

 俺は叫びかけた。


「よく来たな。ここまで」

「お前こそ。ようやく、決着がつけられる」

「生きてきた中で、これが最高の戦いになる」

「間違いない。だが、トップに立つのは俺だ」 


 ぬかせ。

 日が高く照っていた。お天道様も、この素晴らしい舞台に、最高の青空を用意してくれた。

 眼下、見果てぬ先にはどこまでも、雲海が広がっている。空気が澄み切っていた。羽織袴が青い風をはらんで、固くはためく。少し離れたところから、記者たちのカシャカシャというシャッター音が鳴り響いた。

 俺たちの間には、将棋盤がひとつ。その地点を見下ろすように、少し見あげた先には、山頂を示す石碑がそびえている。


 富士山頂、三千七百七十メートル地点。

 名峰杯。

 この大会では、全国各地の名峰山頂にて、棋士たちがたった一局限りの将棋を行う。

 さらに、核心となるルールがひとつ。麓から決戦の場までは、棋士が自らの足で登り切らねばならない。

 六甲、阿蘇山、八ヶ岳……各地の名峰を踏破してきた最後、訪れるのは、もちろんこの富士山だ。

 俺たちは揃って、将棋盤の前に座した。

 さっき着替えた和服の乾いた肌触りが、心地いい。しかし、その下の肌にはまだ汗が滲んでいる。脳の中にも乳酸が溜まっているような感じがして、吸い込む空気がやけに美味い。

 ただ……それは向こうも同じだ。

 この戦いに、万全のコンディションなどない。必要なのは発想力と、根気。


「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 俺たちは、互いに頭を下げ合った。胸裏、闘気を滾らせながら。

 さぁ、文字通り、最高の戦いが始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ