最高の戦い(1646文字)
──最高の戦いが始まる。
名だたる棋士たちが出場した、この新設プロ将棋大会。全国各地で予選を行うという、タイトル戦にない斬新な方式は、地方の将棋ファンたちに大変好評だった。
そして、予選トーナメントで起きた波乱に次ぐ波乱が、盛り上がりに拍車をかけた。
扶桑泰司六冠──現代将棋の絶対的王者──が、二回戦敗退。
宇民郁人二冠──次世代の将棋界を担う若き天才──が、三回戦敗退。
トーナメントを勝ち上がったのは、実力者たちと言えど、馬で表すなら対抗、大穴といった棋士たち。その中には、この俺も含まれていた。
将棋ファンは湧いた。全国を巡るハードスケジュールもあってだろう、タイトル戦とはまた別種の体力を必要とするこの新大会に、新風を感じたのだ。棋士たちの打ち回しもまた、じっくりと気持ちを整えて臨むタイトル戦とは違った、熱あるものに変わった。言い表すならまさに白兵戦。衝突の瞬間、互いの汗がかかりあうような。
大胆な手が飛び交いあう。そして、まさかと言ったような悪手も生まれてしまう。理詰めに理詰めを重ねた機械戦争のような現代将棋とは違い、後ろに観客がいれば歓声が起こるような、ボクシングのリング上じみた、大会になったのだ。
俺には手ごたえがあった。この戦いは、俺の棋風に合っていた。
俺の武器は発想力と根気。長期戦の末に繰り出す会心の一手が、俺の切り札。しかし短所は、熱くなりすぎたときに致命的な死角が生まれてしまうこと。俺もまだ若い方だが、氷のような頭脳を持つさらに若い天才たちに、ことごとく返り討ちにされてきた。
この大会は、俺に追い風を与えてくれる。吹きすさぶ風だ。死角があっても構わない、とにかく押し込めと背中を押してくれる。だからこの俺が──初めて、あの扶桑のヤロウを倒し──決勝まで上り詰められた。
そして、決勝の相手も、不足なし。
奴は、俺にとっての最大のライバル。この俺の発想力を上回ることもあれば、俺のポカを上回るような悪手をやらかすこともある、似た者同士。
奨励会でもトップの座を争い続けた。そして……奴もまた、さらに若い天才たちに、打ちのめされる側だった。
敵にして、同志でもあった。奴に勝つこともそうだが、どちらが先に扶桑や宇民にぎゃふんと言わせるか──そんな競争もしていた。
俺は決勝の場で奴の顔を見た瞬間、ニヤリと口角が持ち上がるのを、堪えきれなかった。
奴もまた、宇民を倒してきた。
風が吹きすさんでいる。
俺は叫びかけた。
「よく来たな。ここまで」
「お前こそ。ようやく、決着がつけられる」
「生きてきた中で、これが最高の戦いになる」
「間違いない。だが、トップに立つのは俺だ」
ぬかせ。
日が高く照っていた。お天道様も、この素晴らしい舞台に、最高の青空を用意してくれた。
眼下、見果てぬ先にはどこまでも、雲海が広がっている。空気が澄み切っていた。羽織袴が青い風をはらんで、固くはためく。少し離れたところから、記者たちのカシャカシャというシャッター音が鳴り響いた。
俺たちの間には、将棋盤がひとつ。その地点を見下ろすように、少し見あげた先には、山頂を示す石碑がそびえている。
富士山頂、三千七百七十メートル地点。
名峰杯。
この大会では、全国各地の名峰山頂にて、棋士たちがたった一局限りの将棋を行う。
さらに、核心となるルールがひとつ。麓から決戦の場までは、棋士が自らの足で登り切らねばならない。
六甲、阿蘇山、八ヶ岳……各地の名峰を踏破してきた最後、訪れるのは、もちろんこの富士山だ。
俺たちは揃って、将棋盤の前に座した。
さっき着替えた和服の乾いた肌触りが、心地いい。しかし、その下の肌にはまだ汗が滲んでいる。脳の中にも乳酸が溜まっているような感じがして、吸い込む空気がやけに美味い。
ただ……それは向こうも同じだ。
この戦いに、万全のコンディションなどない。必要なのは発想力と、根気。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
俺たちは、互いに頭を下げ合った。胸裏、闘気を滾らせながら。
さぁ、文字通り、最高の戦いが始まる。




