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第51話 我逢人

「マエダさん……」


 リュウとの騒ぎを聞きつけたスタッフの中にマエダさんの姿も混じっていた。マエダさんはすぐに僕に気づいたようだった。仕方ない。隣に馬鹿みたいに探偵の格好をした馬鹿がいるのだ。不必要に注目を集めてしまっているのはコイツのせいだ。


「……」


 気まずい空気が流れている気がする……。マエダさんにとっては、僕から辞める話を聞いたばかりのはずだ。辞めると言って去った男に再び会うのだ。気まずい以外の何者でもない。


「邪魔みたいやな……。オレはちょっとメガネさんに連絡してくるわ〜。ほな、ご両人は水入らずでな〜達者達者〜!」


 ハッタリはニヤニヤしながら僕たちの元を去っていった。清々する程の馬鹿面だ。ご両人なんて言葉、今日日誰も使わないだろ!


「辞めたんじゃなかったの……?」


「いやーそのはずだったんだけど……残業? みたいな……」


「なにそれ……」


 僕とマエダさんの間に、何故だか別れたてのカップルが街中で偶然再会したかのような空気が流れているのを感じていた。いや、僕たち別に付き合ってないけど……。


「……」


 2人とも沈黙していた。マエダさんの姿をまじまじと見てみる。その姿を見て、様々な記憶が蘇ってくる。『ダイブ』して初めて会った時のことや、一緒に仕事をしたこと。そして、点灯式の前に話したこと。更に言うと、10年後の変わってしまった未来でビッグボスとしてではなく、マエダさんとして働く姿……。


「……辞めない……でよ」


「え……?」


「パーク辞めないでよ。勿体無いよ、ヨコイくん。すごく仕事ができるのに」


——本当は辞めない……けど……


 喉の奥まで言葉が出かかる。本当は辞めないよ。未来から来て、それが言えなくて、辞めるって言うのは仕方なく言った言葉だったんだ。本当は10年後パークで働いてるんだ、マエダさん……ビッグボスの下で……。


「前にね、夢があるって話したでしょ?」


「うん……パークにお客様が帰ってくるって」


「そう、私ヨコイくんと2人でだったら出来る気がするんだ……。私と2人で……」


「……」


「私ね、パークで働いてる人って、皆が皆お客様に素敵な体験をしてもらうために身を粉にしてると思ってたの。でも、現実はそうでもなかった。そんなのは一部で、皆適度に仕事をして……パークなら楽に楽しく仕事が出来るんじゃないかって入った人も多くて」


「……」


 否定できない。僕も最初はその口だった。普通のバイトに飽きて、テーマパークの求人をたまたま見て、なんか楽しそうだなぐらいの気持ちで面接を受けたんだ。


「そういう人たちからしたら、私ってなんか1人で頑張ってる奴みたいになって……浮いちゃってる気がして……」


「そんなこと……」


「ううん、そんなことある。リーダーに相談した時も、もっと肩の力抜いてって言われちゃって……」


「でも、マエダさんなら1人でもさ、それこそ俺なんかいなくても」


「ヨコイくんにわからないでしょ!」


「……?!」


 マエダさんが突然大きな声を出す。溜め込んだ感情が爆発したようなそんな声色だった。


「私だって毎日戦ってるのよ。あの日、私の憧れだったスタッフさんみたいな……キラキラした顔で接してくれたあの人みたいな。このスタッフさんがいたから楽しかったって。このテーマパークに来てよかったって。そう思ってもらえるような……。でも、足りない! ヨコイくんは良いよ! 出来る人だからわからないんだ、私の気持ちなんて。こういう時こうすれば良いとか、瞬時に動いてるんだから! 動けてるんだから! 私なんか……私なんか……」


——ちがう……それはビッグボスに教えてもらった……


 僕が仕事できるように見えるのはビッグボスの模倣……。つまりはマエダさんのおかげだ。そんな喉元まで出かかった言葉をグッと飲み込む。


「うぅ……」


 マエダさんは目の前で崩れ落ちてしまっていた。僕は咄嗟に手を伸ばそうとしてしまったが、思いとどまってその手を止めた。


——ここで僕が手を伸ばしたら……


 あの日の、歴史が変わってしまったビッグボスではないマエダさんの姿がフラッシュバックする。あそこまで歴史が変わってしまったのはリュウのせいだったけど、少なからず僕のせいの面もあるのかもしれない……と思っていた。ビッグボスがビッグボスになったのは、1人で悩み、1人で立ち直って、それでも前を向いて頑張ってきたからなのだ。そこに僕が干渉してしまうと、またビッグボスを失うことになってしまうんではないか。


——でも……


 僕は目の前で小さくなるマエダさんを見た。酷だ……。こんな……ただの可憐な女の子に……手を伸ばすことも出来ないなんて。目の前で女の子が泣いているのに、何もしないなんて、そんなことをしていいのか? タテノ、ヨコイよ。「大丈夫だよ。一緒にパークを良くしていこう」そう言えたらどんなに楽なことだろう。今目の前で泣いている人をどれだけ元気づけられるだろう。そして、その言葉はどれだけ無責任なんだろう。


——あと残り時間はどのくらいだ……


 『ダイブ』には時間制限がある。時間が来たら僕は元の時代に、10年後に戻ってしまう。ここで、マエダさんと共にパークのお客様に戻ってきてもらうという夢を一緒に歩むことは……。


「あーー! うるさい!!」


「う、うるさい?!」


 僕は訳がわからなくなって、声を出した。いや、声が出た。脳のストッパーがおかしくなって、思ったことが声に出てしまったのだ。まさかうるさいと言われるとは思ってなかったマエダさんが驚いた顔でこちらを向いている。驚きで涙は止まっているようだった。


「うだうだ言うな! マエダさんはやるんだ。やる人なんだ。考える前に体が動くんだよ。お客様の為に! パークのために! 何よりも自分のために……!! 最初から出来る人なんていない! あの日のスタッフみたいになりたいなら、なれよ! 僕なんかに頼るんじゃなくて……。自分の力で……! マエダさんなら出来るんだから! なろうと思ってなるんじゃなくて、気づいたらなってるもんなんだよ!」


 言葉が刺さる。これはマエダさんだけに言っているんじゃない。自分にも言っている、そんな気がした。偉そうなことを言っているけど、自分がそれを出来ているのかと言われると反論できない。でも仕方ない。今はもう脳のストッパーが馬鹿になってしまっているんだから。


「でも、どうしても色々考えちゃうよ……」


「これ……あげる。迷った時はそれ見て」


「何これ……紙?」


 マエダさんに紙を渡す。それはビッグボスに貰った『考える前に動け!』というメモだ。ビッグボス、僕は教えを守りましたよ。考える前に動きました。これを今マエダさんに渡すべきだと直感して渡しました。冷静に考えると、未来でビッグボスに貰ったメモをビッグボスに渡すなんて大丈夫なのか、それこそタイムパラドックスなんじゃないかとも思ったけど……。思い返してみればリュウもリュウに会っていたし、あのハッタリ野郎の言っていたタイムパラドックスの話もハッタリだったかもしれない。いや、どうだろう。僕が知り得ぬ所で宇宙の崩壊が始まっている可能性も……。


——いや、考えるな! これでいいんだ!


 ビッグボス。僕はビッグボスになってる貴方に会いたいです。パークにはやっぱり貴方が必要で、貴方がビッグボスになっていることがどんなに大事なことか……。


「どうしても、辞めちゃうの?」


「うん、でもその代わり……」


「その代わり……?」


「何年後か……僕がマエダさんがちゃんとやってるか見にくるから……! 1年後かもしれないし、10年後かもしれないし、20年後かもしれないけど」


「あはは。なにそれ」


「だから、どうしても頼りたくなった時はそのメモを見て……僕も僕で頑張るから……」


「……わかった。ヨコイくんにいつ見られてもいいように……。でも、その時はヨコイくんなんて足で使うくらいの人になっちゃってるかもね!」


「あはは……」


 笑えない冗談だ……と思った。ビッグボスに足で使われてる未来なんて容易に想像できてしまう。今よりも厳しくあたられるのは勘弁だな。


「あー、色々言ったらスッキリした。ツリー点灯式始まっちゃうから行かなくちゃ!」


「あ、そっか。ごめん……」


「謝るくらいなら辞めるなんて言わないでよ! こうなったらヨコイくんが辞めたことを後悔するくらいパークを盛り上げてやるんだから!」


「うん、その意気だよ!」


「偉そうに……じゃあ、ばいばい」


「うん、ばいばい……」


 そう言うとマエダさんはツリーの方へと去っていった。これで良かったんだ。マエダさんも素敵だけど、これで良かったんだよな。僕はビッグボスとの再会を願いながら、ぼんやりと空を眺めていた。


——月が出てたんだな


 色々あった間に、すっかり日が暮れてしまい、頭上には星空と月が広がっていた。それらはパーク内のイルミネーションに負けじとキラキラと光っているように見えた。クリスマスにはサンタクロースがこの星々の間を駆け抜けるのだろうか。


——僕たちもサンタクロースみたいだな


 そんなことを思った。パーク中に広がるまるで星のようなイルミネーションの間をお客様に夢を届けるために駆けていくスタッフ達はまるでサンタクロースのようだ。ん? そうでもないか?


 何だか感傷的な気分になってしまったのは何でだろう。マエダさんとの別れのせいなのだろうか。あかねちゃんに対して、マエダさんのことを想う罪悪感を感じつつも、今この瞬間だけは許してほしいとも思った。


 そんな僕の感傷タイムは「なんや、感傷に浸ってどうしたんや」と話しながら近づいてくる胡散臭い関西弁の男によって終焉を迎えるのだった。感傷に浸って悪いかよ、アホ探偵。

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