第40話 10年前へ-1
ぐわぁぁあん
「半信半疑やったけど、ほんまに絵に吸い込まれるんやなぁ」
「ここがもう10年前ってことか?」
ハッタリとメガネさんが不思議そうに辺りを見回す。そうか。こいつらは『ダイブ』初心者。はじめてのタイムスリップなのだ。だ〜れにもないしょでおでかけなのよ〜どこにいこうかな〜、というわけか。
——ここは先輩としていっちょかますか
「2人とも、時間酔いは大丈夫か?」
「……? なんや時間酔いって」
「『ダイブ』は慣れてないと時間酔いを起こすんだ。俺はもう何回もやってて慣れてるから大丈夫だけど」
「そう言われたら酔ってるような気がしてきたかもしれない……」
ハッタリは怪訝そうな顔をしているが、メガネさんが僕の話を聞いて、ふらふらとよろつき始める。それを見て僕は驚いた。『ダイブ』の先輩としてかまそうと思って冗談を言っただけなのに、本当にメガネさんが時間酔いを起こしてしまっているなんて。
「タテノくん……気持ち悪いよ……どうすればいいんだ……」
「えっ。えーと……」
僕は口篭ってしまう。時間酔いの解決方法なんて知らない。一体どうすればいいんだ。「すいません、ここに時間酔い科のお医者さんはいらっしゃいませんか?」と助けを求めたかったが、この10年前の休憩スペースにはお医者さんどころか人っこ1人見当たらなかった。焦った様子の僕を見て、ハッタリがニヤニヤとしながら話しかけてくる。
「おいおい、『ダイブ』先輩のタテノさ〜ん。時間酔いしたらどうしたらええんや〜? 先輩としてアドバイスくださいよ〜。え〜?」
——くそ、こいつ……!
僕はハッタリを憎々しい目で睨みつける。こいつは今察したのだ。僕が時間酔いの解決方法など知らないことを。流石ハッタリという名前なだけはある。他人のハッタリに敏感なのだ。
「た、タテノく〜ん。おぇ……。気持ち悪いよぉ……」
メガネさんがえずいている。先ほどよりもふらつきが強くなっている気がする。本当に時間酔いなんてあるのか? 僕が適当なこと言ってしまったがばかりに、メガネさんがなんたら効果で酔ってないのに酔っているような気がしてしまっているだけじゃないのか?
「おい、タテノ〜。このままじゃメガネさんが吐いてまうぞ〜」
「2人ともごめん……。急いでリュウを探さないといけないのに……。俺が時間酔いしやすいタイプなばかりに……おぇえ……」
「わ、わかった! メガネさん、まず首のストレッチをしましょう! くるくると頭を回してみてください」
「う、うん……」
僕の言葉を聞いて、メガネさんが首のストレッチを始める。乗り物酔いの時に効果があるって聞いたストレッチだけど、果たして時間酔いにも効くのだろうか。
「あ、次は耳を引っ張ってみてください。そして……」
◆◆◆
「いやぁ〜! タテノくんのおかげでスッキリしたよー! ありがとう、迷惑かけてごめんね」
「い、いえいえ。体調良くなったなら良かったです」
僕のストレッチ指南のおかげなのか、時間が解決したのかはわからないが、メガネさんはすっかり時間酔いから解放されて、スッキリとした顔になっていた。良かった。メガネさんの時間酔いの介抱で、今回のタイムスリップが終わる可能性もあったのだ。危ないところだった。
「リュウがどこにいるかだけど、タテノくんは心当たりがあるの?」
時間酔いから解放されたメガネさんが、場を仕切り始める。
「いや、俺が前にタイムスリップした時はリュウには会ってなくて……」
「そうか……。俺もこの時はまだ知り合いじゃないんだよなぁ……。どこにいるんだろう」
メガネさんと話しながら、ハッとする。そもそも僕達はちゃんと10年前のツリー点灯式事件の日に来れているのだろうか。今まではなんとなくでタイムスリップしていたからどうでも良かったが、今回はこの日に来なくてはならない。
——どうやって確認すればいいんだ
僕は悩んでいた。その辺の人に「今日はツリー点灯式の日ですか?」と聞いてみるか? いや、下手に変なことをしたらまた歴史が変わってしまうかもしれない。でも、聞かないとわからないし……。ぐるぐると考えていると、目線の先に何やら忙しそうなスタッフがいるのが見えた。
「2人とも隠れて!」
「な、なんや急に……?!」
僕達3人は物陰に隠れた。そして、僕達の背後には燃えるような夕焼けが赤々と光っていた。この夕焼けには見覚えがある。そして僕らの目線の先には2人のスタッフが何やら話していた。
「あれはタテノとマエダさんか?」
隣でハッタリが呟く。そうだ、あれは僕とマエダさん。前にタイムスリップした時の僕達だ。僕が「ここにはもう来ない」と告げるところのようだった。
「……」
マエダさんがこちらを向く。その顔に涙を溜めているのがこちらからだとはっきりわかった。そのまま、マエダさんはどこかへと駆けていった。
「あんな女の子を泣かせるなんて悪いやっちゃな〜」
「幻滅したよ、タテノくん。君は女の子を悲しませるような奴だったんだね」
「ち、違うって! これには訳があって……」
歴史が変わってしまうかもって言われて仕方なくしたことだったんだ。僕だってむやみやたらに女の子を悲しませるようなことをしているわけじゃない。
「ちょっと僕行ってきます……」
「ちょ、まてまてまて! 何しとんねん!」
「何って。マエダさん泣いてたから、違うって話をしに……」
「それよりリュウが先やろ。それに今出て行ったら、あのタテノに見つかってしまうやろ」
「あっ……」
僕達は物陰から“僕”の様子を伺う。僕が僕を見るのは不思議な気持ちだ。
「過去の自分に見られちゃまずいの?」
「そりゃそうやろ。タイムパラドックスが起こって、下手したら……」
「下手したら……?」
「存在が消滅してしまうかもしれへん」
「そんなバカな……」
「可能性の話や……。なんせオレも初めてのタイムスリップやからな。危ない行動はしないに越したことはないねん」
僕達はヒソヒソと話す。向こうにいる“僕”はまだ立ち尽くして夕焼けを眺めていた。おい、いつまでそこにいるつもりなんだ。
僕達がここから動くタイミングを見計らっていると、少し遠くで男がてくてくと歩いているのが目に入った。
「あ、あれ?! リュウじゃないか?!」
“僕”がいるのとは逆の方向、夕焼けの逆光で少しわかりにくいが、あの姿を見間違うわけがない。ゾンビナイトの時に逃してしまったリュウの姿そのものに見えた。
「い、いた!! 捕まえないと……!!」
「アホ!! さっき言うたやろ、前にタイムスリップしたお前はオレらのこと見たんか?」
「え、そんなの覚えて……。多分見てないけど……」
「やったら、今出て行ったらあかんやろ! タイムパラドックスやろ!」
「なんだよ、さっきからタイムパラドックスって! もう歴史が変わってるんだから、パラドックスを気にしてる場合じゃないだろ!」
「いや、あかん! 下手したら宇宙が消滅するんや……。タイムパラドックスは恐ろしいんやぞ……」
「そんなこと言ったって……あれ?!」
先ほどまでリュウがいた箇所を見ると、すっかりと姿を消してしまっていた。
「おい、お前のせいでリュウを見失ったじゃないか!」
「アホ! リュウより宇宙や! 宇宙が消滅したら、責任とれんのか!」
「ま、まぁ2人とも落ち着いて……。あっちにいたタテノくんもいなくなったし、今から探せばそんなに遠くには行ってないはずだから……」
メガネさんが揉める僕達を仲裁する。そうだ、ハッタリと揉めている場合じゃない。そんな時間はないのだ。メガネさんがいて良かった。彼がいないと、この時間旅行は2人で口論するだけで終わっていたかもしれない。




