第32話 マエダさん
「あれがマエダさんや……」
「あ、ビッグボスだ!」
ハッタリが向かった先にビッグボスはいた。確かにビッグボスだ。以前の世界と雰囲気が似ている。しかし、なんだか少し様子が違う。遠巻きに見ていても少し覇気がないというか……。
「話に行ってみるか?」
「え?」
「もしかしたらマエダさんが覚えてるかもしれへんやろ。『私ビッグボスだったはずなのに……!』って」
「確かに……」
現に僕は記憶があるのだ。前の世界の記憶。そうだ、その発想はなかった。もしかしたら僕以外にも前の世界の記憶が更新されずに残っている人がいるのかもしれない。勝手に1人で絶望していたけど、仲間を探せば誰がいるのかもしれない……。
◆◆◆
「あのー、マエダさん……?」
「え、あ、はい? なんでしょう?」
僕はショーの小道具のようなものを片付けていた様子のマエダさんに話しかけてみる。その一言目でこの人はビッグボスではないのだとわかった。表情もビッグボスのようなギラリとした眼光のようなものはなく、自信のなさげな落ち着いた目をしている。
「あの……俺のこと知ってますか?」
「え、はい。知ってますよ、タテノくんでしょう?」
——タテノ……くん……
やっぱり。ビッグボスだったら、タテノと呼び捨てをするはずだ。やっぱり違うんだ……。
「どうして俺の名前を……?」
「あーえーと。それは……」
「……?」
マエダさんはなんだか答えづらそうにしていた。なんだろう。不思議に思っていると、彼女はぽつりぽつりと口を開いて話してくれた。
「実は昔……タテノくんみたいな雰囲気の人がいて……初めて見た時にその人かもって思ったんだけど、名前も違うし、今はもう年齢ももっと上のはずだから、他人の空似だと思ったんだよね。それでなんとなく覚えてたって感じかな……。変なこと言ってごめんね!」
「なるほど……」
マエダさん……僕のことを覚えているんだ。ヨコイとして接した日々のこと。僕にとっては最近のことだけど、彼女にとっては10年も前の記憶。自分が10年前のことを鮮明に覚えているかと聞かれると自信を持って肯定はできない。そのくらいの過去なのに。マエダさんは覚えているのだろう。
「急に私に話って……何かあったの?」
「いや……。覚えてないですよね、僕のこと?」
「え、覚えてるって……?」
「リュウっていう迷惑客を捕まえたり、怒られなり、ショーの用意とかお客様の誘導について教えてもらったり、怒られたり、ルール講習してもらったり、怒られたり……」
「めっちゃ怒られてるけど……私タテノくんを怒ったことなんて……人違いじゃ……」
「そ、そうですよね。ごめんなさい、急に」
やっぱりビッグボスじゃない。この世界にマエダさんはいてもビッグボスはいないのだ。悲しい程の事実に悲しくなってくる。僕のせいでこんな……。
「何か悩んでるの?」
「悩み……そうですね」
「きっと大丈夫だよ、タテノくんは」
「タテノくん、さっき言った昔いたスタッフにそっくりなんだよね。その人は仕事も一生懸命頑張っていて……。だからきっと、自信持って働ける日が来るよ」
「そんな……。あ、ありがとうございます」
「こんな偉そうなこと言って。私は色々後悔してばっかりなんだけど……向いてないのかなって思うこともあるし……」
——そんなこと……!
マエダさんはそう話しながら、自信なさげに腕をさすっていた。そこにかつてのビッグボスの面影はなかった。それを見て、僕は悲しくなっていた。それと同時に絶対に元の世界に戻さなければならないと言う気持ちが湧き上がってきていた。
「あ、なんか変なこと言っちゃってごめん……! なんかつい話しちゃって……」
「ビッグボス……。やめてください!」
「は……? 何ですかビッグボスって……」
「いや、あなたはビッグボスなんですよ……」
「……?」
「俺があなたをビッグボスに戻して見せます」
僕はそれだけ伝えてマエダさんの元を去った。強気にそんなことを言えたのは僕が過去を変えてしまったと言う責任を感じているからなのか、それとも天才パーク探偵という味方を手に入れたからなのか。あるいはそのどちらもなのか。それはわからないが、前のようなビッグボスに戻って欲しいという気持ちが僕の心の大部分を占めていたからなのかもしれない。僕はまたビッグボスに怒られたいです。あなたにパークで元気に働いて欲しいです。あなたがいないパークはなんだか活気が少ない気がします。




