第28話 カウンセリング
「どうだい? 一日経って落ち着いたかい?」
「はい……」
「それは良かった。紅茶を淹れてあげようね」
先生がキィという音を立てて椅子から立ち上がった。戸棚から何かを取り出してこちらに見せてくる。
「これ、愛の爆弾コラボの茶葉なんだ。秋のグッズで売れ残ったらしくて、もらっちゃったんだよね」
「愛の爆弾コラボの茶葉……?!」
「そう、ランダムでステッカーが入ってるみたい。良かったらあげるよ」
「あ、どうも……」
先生はそう言うと、銀色の袋を手渡してくる。ペリリと開封してみると、中からステッカーが出てくる。
——なんだこれ?
『あはは!』と言う文字と共にデフォルメされたキャラクターが描かれた5センチ角程のステッカー。そのキャラクターはシャクレでもメガネでもないように見えた。何故か大笑いしているこのキャラ。なんか見たことあるような……。
ステッカーをくるりと裏返してみると衝撃の文字が書いてあった。
『リュウ』
『“愛の爆弾”の第3のメンバーとも言われている。彼の笑い声がなければ、動画の面白さは半減するだろう』
『メガネ「いや、半減は言い過ぎだろ!」』
『あは! あは! あはは!』
——まじかよ……
僕は絶句していた。僕にとっては驚天動地の大事件であるが、きっとこの世界では普通のことなのだろう。何と言うことだ。この世界では愛の爆弾の2人だけでなく、リュウもステッカーになるほどの人気があるのだ。
「お、リュウが当たっちゃったかー」
「……これきっとハズレですよね?」
「まぁまぁ。シャクレくんかメガネが欲しいところではあるよね。私はメガネ推しだな。彼、かっこいいし、ツッコミも上手でしょ?」
「メガネ推し……」
およそ数日前までは聞かなかったような奇っ怪な言葉がポンポンと飛び出してくる。愛の爆弾とコラボした茶葉より、季節の芋や栗とコラボした茶葉の方がみんな欲しいんじゃないのか?
——よりにもよってリュウかよ……
忘れたことなんて一度もない。リュウは元の世界だと迷惑客だったのだ。忘れもしないハナさんのあの事件。あの時リュウは僕の手をするりと抜けて逃げて行った。あの時ちゃんと捕まえていたら……。
「リュウくん、この前来た時に話したけど良い人そうでしたよ?」
「え?」
僕が憎々しい顔でステッカーを見つめていると先生が話しかけてくる。この前来た……とはどういうことだろう?
「えぇほら。この前のゾンビナイトのテーマソングを愛の爆弾が歌っていたでしょう? その一環で彼らがコラボ動画を撮影しに来たんですよ。その時にシャクレくんがわざわざお久しぶりですって挨拶しに来てくれて」
——あー! もう勘弁してくれ!!
「先生……。僕の記憶が正しかったら、ゾンビナイトのテーマソングはノベルナイトが歌っていましたよね?」
「……どうやらまだ錯乱しているようですね。ほら、紅茶入りましたよ。どうぞ」
先生が机の上にコトリとカップを置いてくれる。僕は「ありがとうございます」と言って、紅茶を啜ってみる。スパイシーな香りが口に広がる。愛の爆弾だけにスパイシーってか、うるさいやつだな。おそらくちゃんとした企業とコラボしているからか、ちゃんと美味しい紅茶だった。
「シャクレくんもビッグになっちゃってね」
「昔から知ってるんですか?」
「そう。彼も10年くらい前まではパークのダンサーでね。よくこの医務室にも来てたんだよ」
「医務室によく……?」
「ええ。彼はどうやら湿布をタダでもらえる場所だと思ってた節がありましてね。この間来た時もそのことを謝ってましたよ」
先生は「いやぁ懐かしいですね」と言うと、紅茶をズズズと啜った。
「次第にインフルエンサーとして忙しくなっちゃって、両立が難しくなって辞めたんです。辞める直前はすごい人気になっちゃってて、今で言うとりゅうじん君くらい人が集まってたんじゃないかな?」
りゅうじん君という馴染みのあるフレーズに心がホッと落ち着く。良かった……。何もかも変わってしまったこの世界でも、りゅうじん君は変わらず人気者なのだ。
「……。そのステッカー、いらないなら私がもらっちゃうけど?」
「あぁ……どうぞ」
「やった! 甥っ子が愛の爆弾のファンらしくてね。きっと喜びます」
先生が手帳を取り出す。そこには愛の爆弾のシールが数枚すでに挟まれていた。甥っ子に渡す用にストックしているのだろうか。ん? 手帳……。手帳……?
——あっ!
「どうしました?」
「あっ……」
僕はビッグボスからもらった『考える前に動け!』のメモを探す。確か着替える時に、財布の中に入れていたはず……。
——何も書いてない?!
財布から出てきた紙には何も書いておらず、白紙になってしまっていた。まさか、この事も無かったことになってしまっているのか……。
「なんですか? その紙?」
「先生……。書いた文字がいつの間にか消えちゃうことってありますか?」
「フリクションのペンとかだと、熱で消えちゃうって話がありますけど……。この紙は元から何も書いてないみたいに見えますね?」
「そうですか……」
もうここまでくるとおかしくなったのは僕の方なのかもしれない。
「ちなみにやっぱりビッグボスって名前に覚えはないですか? この際なんか聞いたことあるとか、どちらかというと聞いたことがあるとか、そのくらいでもいいので……」
「この前も言ってましたね。ビッグボス……。うーん……」
先生はしばし考え込んでしまっていた。ビッグボスはこんなに考えないと出てこないようなぽっと出キャラじゃないのに。
「……。あれだったらマエダさんって名前でも大丈夫です。本名はマエダだったらしいので……」
「あ、マエダさん? それなら……」
「え、マエダさんのこと知ってるんで……」
プルルルルル
僕が話しきる前にスマホの着信音が鳴り響く。なんというタイミングなのだろう。鳴っているのは僕のスマホのようだった。
「……。医務室なので、一応マナーモードにしておいてほしいところなのですが……」
「すいません……。ちょっと外に……。は?!」
僕はスマホの画面に表示された名前に驚きを隠せなかった。そこには『名探偵ハッタリ』と書いてあった。




