第24話 部屋
——おかしい
『さぁ、始まりました。酸化鉄子の部屋。本日はこの方々に来て頂いてます。自己紹介をどうぞ』
『愛の爆弾チャンネルのシャクレですっ!』
『メガネですっ!』
『お二人はインフルエンサーとして活動されてるそうで……』
——おかしい
昼過ぎ、自分の部屋でふとテレビをつけてみる。そろそろ家を出ないと、バイトに遅刻してしまう。してしまうが……。
『総フォロワー数が500万人ということで。あらすごい』
『ありがとうございます』
『きっかけはテーマパークで事故を防いだ動画がバズったと……。あらあなた、バズったってどういう意味?』
『あはは、そうですね。バズったっていうのは……』
——何が起こっているんだ?!
「いけない! 遅刻しちゃう!」
不可解なテレビ番組を眺めている場合じゃない。遅刻したらまたビッグボスに怒られちゃう! 僕はテレビの電源を消して、急いで最寄駅へと向かった。
◆◆◆
——間に合わなかった……
僕はパークに数分遅刻してしまった。誰にもバレないように急いで更衣室に入って、仕事着に着替える。ラッキーなことにビッグボスに遭遇することはなかった。
「おい、タテノ。また遅刻か?」
「すいません! なんか電車が……」
「まぁ数分だからな、次は気をつけろよ」
先輩に声をかけられる。僕はその間もビッグボスに見つからないかとヒヤヒヤしていたが、どうやらいないらしい。
——あれ、休みかな? ラッキー
そう思っていると、聞き覚えのある声がパークに鳴り響いた。
『シャクラーのみんな。パークの中では決して走らないように。シャクレお兄さんとの約束だぞ!』
——ん?
幻聴か。幻聴に違いない。パークのアナウンスがシャクレの声になっている訳ないのだ。だって、シャクレのチャンネルなんて登録者数数百人の……。
「今日は忙しくなるぞ」
「え? そうなんですか?」
「お前、この前リーダーが話してただろ? 今日からシャクレエリアの新アトラクションがオープンだって」
——は?
幻聴だよね。幻が聴こえると書いて幻聴。僕は今幻を聴いているんだ。そうだ、そうに違いない。なんだ、シャクレエリアって。
◆◆◆
——なんだ?!
『1、2の3で、ボカァーン』
——なんだ?!
『愛の爆弾チュリトスの列はこちらになりまーす!』
——なんだ?!
『愛の爆弾ショップの入場には整理券が必要になりまーす!』
——なんだ?!
『シャクレザライド、只今560分待ちになりまーす!』
——なんだ?!
僕がバックヤードを出ると、先ほどまで聞いた言葉が幻聴ではなかったことをまざまざと見せつけられた。
道ゆく人々は愛の爆弾の2人が可愛くデフォルメされたキャラクターのカチューシャを身につけて楽しそうに歩いている。その中にはぬいぐるみを持っている人もいる。
ドン!
「あ、ごめんなさい」
「あ、こちらこそ。大丈夫? 痛くなかった?」
子どもが足元にぶつかってくる。怪我がないかと子どもの方を見ると、愛の爆弾のTシャツを着ていた。
「うん、痛くないよ。シャクレ!」
「え?」
「シャクレ!!」
——なんだ??
子どもが「シャクレ」と言いながら、顎をクイっと前に出してくる。なんだこれ。
「おい、何やってんだよ! シャクレ!」
僕が戸惑っていると、先輩が間に入って「シャクレ」の挨拶をした。先輩も先程の子どものように顎をクイっと前に出していた。
「お前、シャクレの挨拶はちゃんとしろよ! そういうルールだろ?」
「は……? シャクレの挨拶?」
「お前今日なんかおかしいぞ。シャクレって挨拶されたら、顎をクイっと前に出してシャクレって返すんだよ。コラボ期間はそう挨拶するルールだろ?」
先輩はそう言うと、道ゆく人に「シャクレ!」と挨拶をして回っていた。時折、「メガネ!」と言って両手で輪っかを作って目にあてる挨拶もしていた。
——どうやら昼に見た番組は僕の気のせいじゃなかったらしい
目眩がしてくる。なんだ、愛の爆弾チャンネルはいつの間にこんなに人気になったんだ。シャクレエリア? シャクレザライド? シャクラー? なんだ、シャクラーって。シャクレのファンのことなのか?
ばたり
「おい、大丈夫か??」
僕はあまりの出来事を脳で処理できずに倒れてしまう。先輩が駆け寄ってくれるのが見える。あぁ、どうか悪い夢であってくれ。目が覚めたら、あかねちゃんが「大丈夫?」と声をかけてくれる。ビッグボスが遅刻した僕を怒ってくれる。そんないつものパークがあるはずなんだ……。




