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第21話 出来損ないとの出会いと別れ



「――ここは?」


 こくりと小首をかしげ、きらびやかな金髪を振って含んだ水気を吹き飛ばす。そこは地下水脈じみたじめじめとした場所で、落ちてきた際に水たまりに頭から突っ込んでしまったのだ。


「暗い。……なに?」


 生き物の気配がする。だが、それは野性味に過ぎて人間だとは思えない。だが――余りにも生々しい気配の一方、息遣いが何も聞こえない。それはまるで、呼吸しない生物のようで……不気味な。


「――キュ?」


 声。何か、居た。


「……あなた、なあに?」


 それを掌の上に載せてみる。幾何学的な形をしたナニカ。六角形の頭と四角形の胴体、あまりにも異常な形をした生物だった。

 よく聞けば呼吸すらもしていない。どうやって鳴き声を出しているのやら。


「キュキュ。キュ」


 それは冷たくて平べったい頭をクルミにこすりつけられる。それが妙に愛らしくて笑ってしまう。


「あはは。くすぐったいよ」


 くすくす笑い。だが――忘れてはならない。落ちてきたときに感じた無数の生命の気配を。そいつらは、この子とは違う。


「――キキキキ」

「ピピピ」


 機械的なそれらが赤い目を光らせた。だが、それらは完全ではなかった。明らかに異形――病状。

 多角形の一画もしくは全てが、腐って溶け崩れかけている。ずりずりと這いずるように動き回る奴らも居る。あれでは蛇どころか芋虫だ。宙に浮かんでいる数体を見れば、むしろ空を飛ぶのが正常なのだと分かる。


「……」


 クルミはぎこちなく手に乗せたそれを見る。”小さい”ということこそが病状なのだとは分からなくても、その異常な雰囲気は感じ取れた。少なくとも、大人と子供というわけではない。それは端的に不完全なだけだ。

 彼女には知る由もないが、そこは出来損ないの『エンジェル』の廃棄場。境界大学が生み出してきた犠牲者たちの墓場だった。


「な――仲良くしよ……?」


 ひくついて笑顔で笑いかけて見た。それらはコントロールされているわけではない。溶けかけ、狂った精神がわずかにこびりついているだけの病み。異形と成り果て、心まで失った魔法少女だったもの。

 その病みが、普通の魔法少女を見つけた。自らとは違い、服をまとい、口があって声を出し、人と愛し合える”少女”を。


「ギギギ……」

「キュイイイイイ」


 何体かの眼前に赤い光が集まる。強力な魔力収束、明らかな攻撃の前兆だった。


「逃げるよ! えと――シロ!」

「キュイ♪ キュイ♪」


 名前を付けてもらって喜ぶそれを抱きしめつつ暗い中を駆けた。


「はぁ……はぁ……ッ! クルミが壊した天井のおかげで明かりはあるけど、まだ暗い……!」


 そう、ここは地下水脈。クルミは一番下の階すらぶちぬいてしまったのだ。ゆえにここは部屋でなく、照明も存在しない。まあ、いくらなんでも人の手は入っているはずなので探せばスイッチなどもあるだろうが、しかし見つかるわけがない。

 ともすれば真っ逆様に落ちてしまいそうな暗闇の中で、必死に隠れる。これ以上壊せば崩落してもおかしくないし、何より彼女たちを傷付けるのは気が引けた。何を犠牲にしてでも進むと誓ったが、この犠牲者たちの姿を目にして誓いもしおれてしまった。


「どうしよう。ねえ、シロ。あなた、上に抜ける道を知らない?」

「キュイ?」


 六角形の頭を器用にかがめる。小首をかしげたようなその動作が妙におかしく感じる。


「あはは。シロはかわいいね」

「キュイキュイ♪」


 それは呑気に喜び、ぐるぐると頭を振り回す。


「はあ。会いたいな、お兄さん」


 座り込んで、膝の中に顔を埋める。魔法少女の人生は薄っぺらだ。改造されて生まれ、ただ研究材料として消費されるだけの彼女たちに人生観など呼べるだけの厚みは存在しないのだ。

 そしてその短い人生経験では、たった数分前に会っただけのペットをもかけがえのない存在と認識してしまう。誰かと一緒に居ると言うこと自体の経験値が少ない。


「――」


 スマホを手に取る。辛い状況、過酷な現実、そしてこれほどに人を殺してもまだ大切な人は帰ってこない。

 助けを求めるように。


「……蘇芳」


 震える手でスマホを操作する。そこまで迷惑をかけられないと思って、出発前は連絡できなかった。けれど、今は我慢が出来なかった。


「――」


 出ない。


「圏外……!」


 スマホを見ると無慈悲なまでの現実が文字となって襲ってきた。閃は一般人、助けた後は甘えられるが彼に助けてもらうのは無理な話。

 心に冷たい絶望が押し寄せて、立ち上がる気力すら奪い去った。


『――おいおい、何座り込んでやがるんだ? つか、明かりがないから戦闘できない? 本当に現代人かよ、原始人じゃあるめえしよ』


 声、それは肩から聞こえてきた。どこか、とても懐かしい感じがする。そんな風に思うものなんてないはずなのに。

 閃、そして蘇芳。それがクルミの小さな世界の中で頼れるものの全てだったはず。


「……え? あなた、なに?」


 いつのまにか肩に乗っていた妙な生き物をしげしげと見つめる。けれど、彼も呼吸はしていない。ゲル状の身体、幼稚園児が描いたような適当なスライムの姿だ。やたらと親し気に奇妙な生物に話しかけられている。


『はん。この身体はテメエの想像力の限界ってやつだよ。もうちょいディテールを細かくしてくれてもバチは当たらねえと想うんだがよ」

「え? え? はえ?」


『あんまボケた声出してんな、見つかるぞ。奴ら、光のない地下に居たせいか妙に耳がいい。人の声や衣擦れの音を嗅ぎ分けて襲ってくるぞ』

「――でも」


『声は出すな。ただ思うだけで俺には通じるぜ。なんせ、俺はアンタだからな』

「……」


 クルミはハテナと思った。すぐに答えが返ってくる。


『イマジナリーフレンドって奴だな。賢くなってもイイことなんざねえからな、オメエは余計な知識を無意識化に押し込んでたんだ。それすらも限界を超えたから俺が見えるようになった』


 けらけらと悪意のある笑みを漏らす。クルミは決してしなかった類の笑みだ。


『ま、悪いようにはしねえさ。なんせ、俺はオメエの無意識だ。ちいとばかし文句を言いたいところではあるが、オメエをお兄さんに会わせて俺の声なんざ聞こえなくしちまうのが先決だ』

「――ん」


『さて、奴らは明かりを追っては来ないようだ。だったら建物の方に突入してるはずだからな。蘇芳に教えてもらった通りに100円ショップで買ったもん、右のポケットに入れてるだろ?』

「うん、よくわかったね」


『だから声は出さんでいいって。そう、その光る棒だよ。ブレスレットにもできるそれだ。折って手首と足首に巻きつけろ。左手と右足だ、逆でもいいが二つ着けろ』

 

 今度はこくりと頷いて、肩のスライムに言われるがままに棒を取り出して、追って曲げる。ブレスレットにするためのプラスチックの管もちゃんと入っている。入れ忘れがないから日本製は安心だ。


『ゆっくり進めよ。奴らは野生動物みたいなもんだ。下手に刺激しなけりゃ襲ってこねえ。多少遠回りだろうと避けて進めや傷付けることもねえ』

「……ん」


 声に導かれるようにごつごつとした岩場を昇っていく。


『よし、少し高いところに出たな。警戒を怠らず、ブレスレットを着けた腕を上に挙げるんだ。ちいとばかし広かろうが、所詮は洞窟。上に昇るための道がある。『ハーベスト』があれば壁だってかまやしねえんだ』

「うん。頼りにしてる」


『そうだ、頼りになるもんなんか自分しかねえ。おい、サボるな。俺はオメエなんだからオメエが見ねえと何も分かんねんだよ。ゆっくりと見渡せ。いいな、ゆっくりとだぞ』

「……ちょっと生意気」


『何を自分に遠慮することがあんだよ。ほら、見つけたぞ。右の方に鉄骨がある。伝って上がれば建物の中に出れる』

「中に出るって変なの」


『うるせえんだよ、つっこむな。すでにケルベロス部隊も潜入した今、境界大学の終焉もすぐそこだ。お兄さんの居場所は分かってるんだから、さっさと救出して逃げ出すぞ。あいつらには助ける義理なんてねえからな』

「……む」


『――何だよ』

「お兄さんのこと、お兄さんって呼ぶ」


『変に嫉妬すんな。俺と話せんのも今の内だけなんだからよ』

「……こいつ、生意気だよね? シロ?」


「キュ? キュイキュイ♪」


 何もわかっていない様子でくるくると回るその子に、クルミも思わず笑みが漏れる。まあ、そのペットにはスライムの声など聞こえていないのだが。


『行くぞ、出る先は敵の本拠地だ。油断するな』

「……うん」


 そうして、クルミは犠牲者達の墓場を後にする。上まで登って天井を伝って穴にまで戻る。そしてよじ登る。すべて身体能力頼みである。


『さあ、いよいよ戻るぞ』

「うん、隠れてる奴がいるかもしれないから注意だね」


『居ない……か』

「じゃあ、早く上に行こ――ッ!?」


 唐突に感じた気配。殺意がすぐそこに。


「貴様……! 貴様だけは!」


 現れた影。それは。


「グレイ!? 生きていたの!」


 ずたぼろのその姿。ツンと香る血臭……ほぼ致命傷を気力で持ちこたえている。左腕は吹き飛んで、腹部を覆う衣服にも血がべったりと付いている。クルミの放った魔法は確かに致命を刻んでいたが、殺し切れなかった。

 【アルテミス】を持っていた。その結界装置の防御力が辛くも彼女の命を救った。そして影に潜んで、ずっとこの瞬間を待ち構えていた。

 もはや魔力は限界だ。だが、代わりにナイフを持っている。


「――キュ!」


 かばった影。クルミがペットにしたエンジェルの成りそこないがその身にナイフを受け、中身がこぼれ出る。

 それはまるで機械に変わり切れなかった肉。白色と肉がまじりあった断面から、じくじくと地が溢れ出る。


「なんだ、この……妖怪か!? 私の邪魔をするなア!」


 突き刺したナイフを振るい、その子を床に叩きつける。白い断面がぐずぐずに崩れている、ぐちゃぐちゃが全身に広がっていく。


「シロ!?」


 クルミは身を投げ出して、その小さな身体を抱き留める。


「馬鹿め。そのなんだかよく分からん妖怪の盾になる気か!」


 グレイがナイフを握りしめ、クルミに振り下ろす。――だが。


「シロ! シロ! しっかりして、シロ!」


 すでにグレイは致命傷。死力を振り絞り、最期の力を籠めようと……それはクルミに突き刺さらない。ただのナイフはあっけなく折れて転がって行った。


「……あは。あなたがかばうことなんてなかったのに。クルミなら大丈夫だったのに」


 ゆらりとクルミがグレイに目を向ける。


『やめろ、クルミ! 憎しみに心を染めるな! お前の魔法が憎しみに染まってしまう』


 肩に乗ったスライムの警告は聞こえない。それは無意識からの警告。外れてしまうという恐怖から出たものだったが、この憎しみは止まらない。


「グレイ、お前が殺した」

「……何だと言うのだ。お前だって私の仲間を殺したじゃないか」


「お前が……!」


 悲鳴のような声。最大規模の魔法が発動する。


「はは。なんだ、この魔力は。勝てるわけがないだろう、この化け物め」


 吐き捨て、その言葉すらも飲み込んで樹木が成長していく。全てを殺し尽くす毒の樹。漆黒に染まった胡桃がグレイごと全ての生命を殺し尽くし、上へと向かう。



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