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第22話 終局




 施設の奥底では上級エージェントが会議を繰り広げていた。


「おのれ! ε―33……魔法少女『ハーベスト』め。地下から施設を貫き脱出しただと!? さらに貫いた樹木が多くの設備を破壊した! ここまで破壊されればもう、二度と使い物にはならんぞ!」

「確かに修理は現実的ではないな。ここまでの規模を作り上げたのは支援者の力あってのもの。新設も作り直すことも、もはや不可能だな」


「貴様ら! それは今考えるようなことか? とにかくケルベロス部隊を抹殺しろ! 奴らは我々を皆殺しにする気だなんだぞ!!」

「そうだ、ネイビイとクリムゾンはどうした!? 地下に入ってきたケルベロスの抹殺を命じたはず!」


「クリムゾン――ネイビイの攻撃に紛れ、ケルベロスどもの首を刈り取る手はずだったな」


 幾多の視線がスクリーンに集まった。そのスクリーンは幾多に分割されているが、その殆どが砂嵐しか映していない。それはクルミがめちゃくちゃに施設を破壊してしまったからだ。

 だが、システムそのものは生きている。敵を光点で示すマップ、さらにネイビイが居る部屋の映像は点いている。十分ではなくとも、まだ戦える。

 だが、彼らの目の前で消えて行ったのは別の形式で示されたデータである。心電図その他を映す……クリムゾンの身体情報を監視していたそのシグナルが消えた。


「馬鹿な。クリムゾンが死んだだと?」

「で……では、ネイビイにあとが託されたと?」


 さすがに動揺する。地下は境界大学の領域のはずが、ここまで簡単に一人討ち取られてしまった。

 あとは数を頼みにするしかないのだが、ケルベロス部隊はまだ健在だ。二人のうちの片方を失ったとなれば、悪い予感がするのも当然だろう。


「いや、奴らは見当違いの方向を目指している。階が違う。どこを探そうとも……」

「だが、余りにも迷いがないのでは? そもそも、逃げ惑っていたのはクリムゾンをつり出すためでは……」


 ケルベロス部隊を示す光点の動きは速い。慣れない施設のはずなのに、即座に反応して隠れるのに都合の良い場所を経由しながら進んでいる。

 この分では、勝てたとしても全滅させるのにどれだけの時間がかかることか。


「だが、奴らに二名の犠牲を強いた。一人に引き換えて二人では後がないが、しかしネイビイの位置は知られていない。殺すことなどできんよ」

「待て。奴らの動きが止まったぞ? どういうつもりだ」


 止まった光点が、突然に下の階に落ちる。床を切り裂いてネイビイを攻める、最初からそういう策だったという話だ。

 位置が分かっていないと不可能な作戦、誰もが驚愕し……戦慄する。


「馬鹿な……このようなことが」

「しかし――あの作戦。ここの地図が流出していたのではないか?」

「なんと。だが、ここの全容を知るのは我ら上級エージェントのみ」


 今更ながら裏切りを疑い、冷たい空気が流れた。

 真実は簡単、支援者が軍の関係者だったという話なのだが――そこまで考えが及ぶことはない。

 なぜなら、そうであれば最初からすべては掌の上だったということになる。そんな酷い話は受け入れられない。


「ふん。私は最初から【アルテミス】の開発もどうかと思っていたのだ。これは、情報を奪われた間抜けが居たという話だろう」

「なんだと!? 貴様こそ怪しいのではないか? 確か、あの放送室はお前の発案で作られたものだったと記憶しているがな」


「ふざけるな! あのネイビイを押したのは貴様だろう? 役立たずを推薦しおって。あれはわざとだったのではないか!?」

「馬鹿を言うな! そう言えば、最近施設の内容を確認していた者が居たような……」


 このような有様になってさえ口論を繰り広げるとは、なんとも間抜けな有様であろうが……支援者の消えた今、逃げたところで彼らに未来などない。

 ここで踏みとどまる以外に未来はないのだ。もっとも、踏みとどまれるような未来も既に亡い。彼らにあるのは、ただ絶望のみである。


「……ふう」


 それを悲しい目で見つめる魔法少女が一人。彼女こそ最強の戦力、彼ら上級エージェントが決して手放さない不動の最終防衛ライン。

 ケルベロス部隊にここまで侵入されてもある種の余裕があるのは、彼女がここに居るからだった。


 だが。


「我らが境界大学も、もはや最期の時を迎えたということでしょう。ならば、崩壊の基点……魔法少女『ハーベスト』、貴様だけは殺す」


 異装の女、漆黒に染めたような巫女服を来た仮面がきびすを返す。破滅を予感させる死の葬列を引き連れたとしか言いようのない気配を持つ女だ。


「む? 待て、ゼロ! 貴様は我らの護衛! 動くことはまかりならんぞ!」


 上級エージェントの一人が言った。


「いえ。すでに守るべきものはないので」


 仮面は視線を返しもせずにそのまま扉を出る。


「え――」


 ずる、と発言したそいつの身体がずれた。音を立てて崩れ落ちる。……死んだ。そして、他の者もそれは同じ。

 あの一瞬で全てを斬り伏せ無に帰した。

 



 そして、クルミは地上で目を覚ます。


「……ここは?」


 パチクリと金色の眼を瞬かせ、周囲を見渡す。己が火の海に変えた工場だ。

 火はすでに燃え尽きかけて、あれだけうるさかった悲鳴はもう聞こえてこない。もう地上の人間はあらかた死んでしまったのだろう。

 偽装工場だから燃えるような化学物質はない。トラック等はまだ燃えているが、今では災害現場と言うよりも廃墟だ。


「ええと……?」


 何かが乗っているような気がして肩を払う。だが、何もない。というか、全身が煤だらけだ。ぶるぶると全身を振って煤を落とす。


「グレイとブルーの罠にはまって、凍り付いた部屋に落とされちゃって……だから床を殴り壊して範囲外から敵を殲滅したんだよね。うん、教わった通りにちゃんと出来た」


 うんうんと頷いて。


「でも、床は崩落しちゃったと思ったんだけど。クルミはなんで地上に居るの? まあ、いいか……お兄さんの反応はあっちだね。早く会いに行こう」


 歩き出そうとする。場違いな微笑みの表情、しかしそれは明らかに感情にどこか欠落を抱えていた。

 これだけ感情が壊れているのにスライムの姿が見えない。治ったのではなく、あの出来損ないのエンジェルの記憶とともに封印した。


「待ちなさい」


 そこに声をかける異装の女。トップを滅ぼしてしまった彼女、境界大学の最終兵器が殺意の視線でクルミを睨みつけた。


「――あなた、だあれ?」


 こくりと小首をかしげる。あまりにも無邪気で場違いな仕草だった。


「私はゼロと呼ばれている。実行部隊カラレスに対して、上級エージェントを守る最後の番人。最強の魔法少女」

「……ゼロ。ゼロ、そこをどいて? クルミは、お兄さんを迎えに来ただけなの」


「迎えに来ただけ、か。ふん、それで我らが【境界大学】を滅ぼしたのか。……【アルテミス】の完成と言っても所詮は試作機。量産できるだけの時間があれば、貴様の好きにはさせなかったかな。しかし、我々があの男を攫ったのが先か。どうしようもなかった、そういうことなのだろう」

「うん。人は殴らなきゃ分からないものだって、お兄さんが言ってた。それで、悪い人なら殴ってもいいんでしょう?」


 にこやかに笑うクルミ。けれど悪人を目の前に、法の外に居るお前は何をされようが文句は言えないと突き付けるに相応しくない幼気な表情だ。


「ケルベロスはお前の処遇をとやかく言う気はなさそうだな。今も【アルテミス】の研究データにまっしぐらだ。……なるほど、支援者の正体は彼らか。違法な手段を用いて研究させ、完成すれば滅ぼして技術を我が物にするのか。権力者の考えそうなことだ」

「うん? 権力者はいい人も悪い人も利用できるから、権力者なんだって閃は言ってたよ。結局得をするのは権力者だけ。悪い人になってもいいことなんてない。いい人は利用されるだけ。結局はその人に見合った幸せを探すしかないんだよ」


「くはは。耳に痛い。――貴様の言葉、あの男の発言をなぞっただけの中身もない絵空事であるのにな!」

「……? 真実は耳に痛いって、お兄さんが言ってた」


 誰もが身をすくませるような殺意。しかし、それを真正面から受けるクルミは不思議そうな顔をしている。柳に風……何も響いていない。


「全てあの男のため、愛に溺れたか。それも魔法少女らしい」

「うん、クルミは魔法少女だよ」


 わずかな間が流れた。正気を失ったクルミと、闇の深奥に染まることで狂気を我が物としたゼロ。

 噛み合っているようで何も噛み合わない会話は上滑りするばかりで、どこにも焦点を結ばない。会話には何も意味がない。

 そう、彼女たちに残されたのは殺し合いしかないのだから。


「我が魔法名は『ゼロ・ブレイド』。刻み、冥府へと旅立つがいい!」

「クルミの魔法は『ハーベスト』。邪魔しないのなら、殺さないよ?」


 最後の戦いが始まる。




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