第20話 魔法少女グレイの抗戦
一方、クルミは影に囚われていた。
「く――抜け出せない。この魔法、どこまで広がっているの?」
胡桃の木を成長させ、自分を内部に取り込んだ。それは盾であり矛でもある、幹と根を広げ外に届けばそこから外殻を破壊して脱出できるのだ。だが、広げても広げても影の中だ。
影の世界から脱出するためには、何でもいいからとっかかりを見つけなければ。
「なんと厄介な奴。我が影の領域『シャドウディストピア』の中で死なぬとはな」
「あなたの魔法の威力じゃクルミを殺せない。お兄さんを返して。あと、クルミをここから出して」
敵の声がどこからともなく響いてくる。だが、これでは千日手。けれどこの魔法を維持するなら向こうのほうが辛いはずとクルミは目算を立てる。
攻撃自体は弱い、このまま胡桃の木で完全にガードできる。そして、時間は向こうに味方しない。クルミはゆっくりと相手が弱るのを待てばいい。それか、外縁部に根が到着するのか先か。いずれにしても、負けはない。
「あの人質か。この状況でその冗句とは、中々にイカれてるな」
「うん。だって、クルミは、あなたたちが泣いて謝ってお兄さんを差し出すまで殴りに来たんだよ」
「チ。やはり心が強いな、折れん。さすがにローズの奴を殺しただけはある。確かに今の寄せ集めのカラレスは貴様よりも格下なのかもしれん。我が魔法に嵌めても殺せん状況、お前のほうが格上と、認めるのはやぶさかではない」
「うん。ローズは弱かったよ。あなたも弱い。出してもらえなくても、クルミはもうすぐここから出るよ。でも、基地から引き離そうとしてる?」
移動しているということまで読まれていた。だが、狙いまでは読まれていないと敵はほくそ笑む。そう、移動していることは正解でも、道は反対方向だ。
「いいや。全ては貴様を捕えるため!」
「そう、我が領域に貴様を封じるために全てがあった。凍てつくがいい、我が魔法『フローズン』に支配されたこのフロアで」
別の人間の声が聞こえてきた。その瞬間に影が解除された。クルミは空中に投げ出される。
「――ん?」
胡桃の木ごと床に叩きつけられるが、クルミは意にも介さない。攻撃できるようになったのなら、砲撃する。お兄さんの位置は分かっている。そこに飛ばすようなへまはない。
そこが部屋だとは、攻撃準備が終わってから気付いた。
「やっと出してもらえた。さあ、壊してあげる。『砲閃火』……なに?」
芽吹かない。攻撃ができない。戦闘開始から始めて金色の瞳を不安に揺らした。こんなことはなかった。
いや、本当になかったか。実験の中で、魔法が使えなくなったことがあった。あれは。
「このフロアは我が『フローズン』に支配したと言ったはず。もはや貴様に出来ることなど無意味にあがくことのみ」
ゆらりと姿を現わしたのは、青の魔法少女。手に持ったクリスタルが清涼な青い光を放っている。それが、このフロアを凍り付かせている。
「クルミの『ハーベスト』を封じ込められるだけの冷気? そんなこと、同じCクラスでも出来るはずが……」
「準備したのなら別と言うことだ。すでにこのフロアは氷点下、種を芽吹かせることなど出来るはずもない」
クルミの魔法は植物を成長させる。栄養がいらなかったり、逆に過剰に奪ったりと従来の法則にとらわれないが――魔法という意味では向こうの冷気も同じ。
そう、これは魔法の冷気である。ただ冷凍庫に閉じ込めたのとは訳が違う。北極だろうが使えるクルミの魔法が封じられた。
「そのために……そっちの人が」
「自己紹介をしようか。私はグレイだ。そして、ローズをけしかけたのもこの私。単純なあいつは、いとも簡単に口車に乗せられたよ。あの単純馬鹿程度では、幾多の魔法少女を返り討ちにしたε―33を倒せるわけなどないと言うのにな」
「ローズを利用して……死ぬのを待ってたの?」
「そうとも! 全てはこの私が貴様を倒し、名誉を得んがため! 前代が死んでからというもの代替わりが激しく、もはやカラレスの地位は堕ちた。だが、貴様を殺せば私は凡百のそいつらとは違うと言うことが証明できるのだ! そう、真にグレイの称号を得るに相応しい強力な魔法少女であると世界に知らしめる!」
「知らしめる? どうせ境界大学は終わりなのに? 滅んだ組織の実行部隊なんて、何の栄誉になるのかな。組織は今日で滅びるよ、軍が滅ぼす。ケルベロス部隊がもう来てる」
「確かに侵入しているようだが、そちらはネイビイが対処する」
「……そう。みんな殺して、それでめでたしなのね?」
「何を言う。我々の本拠地をこのような有様にしておいて恨み言か? こうなっては貴様こそが虐殺のレコードホルダーだろう。少なくとも、境界大学には貴様ほど人を殺した魔法少女は居ない」
「――」
目を伏せる。確かにそうだ、罪の意識は僅かだがある。そこで僅かなのが狂気的だが、閃の教育の結果でもある。
そもそも命が大事なんて、クルミは教わったことはないのだから。
「さあ、我が冷気につつまれて眠りなさい」
「全ては私が思い描いた策のままに」
彼女たち二人はあくまで冷静に策を進めようとしている。クルミのことを格上だと認めているのだ。やぶれかぶれに拳や足を出されでもしたらコトだと、距離を取っている。魔法を封じたうえで二重に対策を取っているのだ。
噛みつこうにも向こうには警戒され、頼みの綱の魔法は封じられた。絶望的な状況だ、どうしようもなく。
「……どうしようもない。本当に?」
一人、呟く。どうしたら良いのか……絶望的な状況を脱するための方策。閃は教えてくれなかったか?
――罠に嵌り、どうしようもなくなったとき。まあ、そういうことがないように行動するのが最善なんだがそういうのは頭の出来が違う連中がやることでね。
俺たちみたいなのは泥臭くやるしかない。罠に嵌ったのなら、その環境自体を破壊するしかない。そうさな、火でも付けて全焼させてしまえ。それができなければ、地面でも砕いてしまえばいい。
「分かったよ、お兄さん」
ぐ、と腕に力を籠める。
「何をする気だ?」
「『フローズン』、さっさと奴を凍り付かせろ!」
あくまで慎重な彼女たちは近づいてこない。策を間違ったわけではない。これは同ランクの中でも格差があると、そういう話。
実力が上の者には敵わないと、そういう絶望的な現実だ。魔力量の格差が身体能力にも表れる。二人が魔法を使っても、クルミの拳は防げない。
「っだあああああ!」
クルミは固めた拳で思い切り床を殴りつけた。この施設は研究施設、軍事施設ではないのだ。床は鉄で出来ているが、特殊合金ではない。ゆえに壊れ――
「ば、馬鹿な……!」
「床をぶち抜いた? そんなことで、この完璧な罠が……!」
これも、戦闘経験のなさと言えるかもしれない。影を伝う能力により疑似的に床をすり抜けてここまでクルミを連れてきたグレイだが、何の魔法もない拳で床をぶち抜くとは考えられなかった。
もしくは、全ての策の上を行ったのは絶華閃と言えるかもしれない。”策を壊す”策というものを事前にクルミに教えておいたのだから。
「だが、下の階ならばまだ冷気は届く!」
「そうだ、フローズン! まだ策が完全に破られたわけではない! お前は最大出力を振り絞れ!」
二人はクルミを追い、階下へ。この下もまだ部屋だ。上から伝わってくる冷気と合わせて凍り付かせれば、まだハーベストの魔法を封じられる。
「分かって……なに、あれ?」
降りると同時にドラッグを取り出してなりふり構わない強化を実行しようとしたフローズンが、疑問を呈す。
「あああ!」
それは、何の躊躇いもなくもう一度腕を振り下ろそうとするクルミの姿だった。
「マズイ! ここは最下、その下は空洞だ! 空洞に行かれたら私たちは狙い撃ちだ! 『シャドウディストピア』に、敵の攻撃をすり抜ける力はないんだぞ!」
「追いかける? それとも逃げる? グレイ!」
「ここで逃げられるものか! 奴に下から施設そのものを沈められかねんぞ! ここを失えば私たちも破滅だ!」
「お――追いかける? でも……」
策が破られ、にっちもさっちもいかなくなった二人。グレイの方はまだ戦意が残っているが、フローズンの方は諦めムード。
実験台でしかない魔法少女は、ヤバい状況になればすぐに諦める。報われたことのない人生では、頑張る選択肢は選べない。
「もう小賢しい策は終わり? じゃあ、死んで。『砲閃火・転輪』」
無慈悲な砲火がその諦観ごと全てを吹き飛ばした。




