第18話 境界大学(後)
街に近いが繁華街からは離れていて人の気配も薄く、まわりには山や畑が多い。そんな裏寂れた、死んではいないが活気のあるとはとても言いづらい場所。昼だと言うのに工場もろくに稼働していない。
そこは工場に偽装した秘密結社を隠すには絶好の場所だった。――5大悪が一つ【境界大学】の本拠地へと、クルミはたどり着く。
大切な大切なお兄さんが攫われた、その場所へ。
「……『砲閃火・転輪』」
そして一筋の容赦もなく砲撃を開始する。明かりはついているのだ、何人か人が残っているのは分かる。その人が一般人ではないと、確信できる証拠は何もないが構わない。
転輪は種を一度成長させることで大量の種を手に入れるだけの技。だが、強大な魔力量を得たクルミがそれを戦闘に転用すれば、凄まじいまでの制圧力に変じる。
そう、例え魔法少女がクルミを倒そうとやってきても。
「もろともに砕け散れ」
100を超える砲弾が撃ち出された。
冷たく見下ろす紅の瞳が、高速で駆けてきた魔法少女たちごと工場を粉砕するのだ。そして貫通し、密集した工場群の壁に穴が空いて火が吹きだしたのを怜悧な瞳で見届けた。
彼らにとって最悪なのは、クルミが上を取っていたことだろう。なんとやらは高いところが好きと言うが、クルミがその位置を取ったのは偶然。閃なら狙うが、さすがにそこまで教えていない。
地表にある工場群は囮である。本命は地下に隠してある――隠してあるが、上方向から狙われたら崩れ落ちるから被害が出るのだ。人質だって地表部分に捕えてあったと言うのに。
「……人。血。赤い」
工場の中で逃げ纏い、火に撒かれ、そして落下物に押し潰されてトマトのようにひしゃげた人々――魔法少女の視力はその姿をよく映す。
魔法少女も、エージェントも、等しく肉の塊として死んでいた。助かろうと必死にあがいても、それを助ける理由などクルミにはない。唐突に現れた襲撃者の牙にかかり無為に死んでいくのみ。
「――とんでもない、ね。酷い光景。悲惨……か。自業自得、なんてクルミには言えないけど」
ひとりごちた。拾われる前のクルミであったら、こんな悲惨な光景を生み出すようなことはできなかった。誰かを傷つけるくらいなら、自分が死んだ方がマシだと信じていたから。
だが、今は。
「待っててね、お兄さん。今、助け出してあげるから。――『砲閃火・転輪』」
大切な人ができた。だから、その人のためにどうでもよい他人を踏み潰すのだ。
一切の容赦がない砲撃がまたもや境界大学を襲った。地下は階層構造、本当に重要な部分には被害は行っていないが、それも時間の問題と言える。
けれど、その砲撃を切り裂いて躍り出た者が居る。もろともに砕かれていた凡百の魔法少女とは一線を画す存在であった。
「やってくれる、ε―33。まさか、貴様がそこまでの力を得るとはね。だが、それもここで終わりだ。私はローズ! その力、確かに凡百の魔法少女では相手にならないだろう。だが、実行部隊カラレスの姿を前にして生きて帰れるとは思わないことだ」
クルミを指さし、名乗りを上げた。自らが実行部隊として選ばれた誉れ、それは何も持たない魔法少女の唯一の誇りで……しかし。
「お兄さんじゃないなら、死んで。あなたたちはお兄さんを差し出せば、それでいいの。『砲閃火・転輪』」
クルミはそいつの尊厳など一顧だにしない。彼の存在こそが全てだから、それ以外の全ては踏みにじっても良いものだ。
守らなくてはならない規律……法律はあるが、境界大学はテロリストだからそれに守られることはない。そう閃に教わったから。
「我が魔法を舐めるな……! 打ち砕け『ハウリングフィスト』!」
自らに向けられた砲弾を全て殴り砕く。その力は振動、拳に乗せた振動であらゆるものを砕く振動破砕である。そしてその出力はランクC、クルミと同格。
「「――チ」」
舌打ちが、二つ。転輪は圧倒的な制圧力を誇るが、逆に集弾性が悪い。一手で30は放った砲弾も、4つしかローズに向かっていなかった。
が、しかし外れたと言うことは即ち本拠地の更なる崩壊を招くと言うことでもあり。
「ε―33、貴様の魔法は凄まじい破壊力だがしかし接近戦ではどうかな?」
「なんであなたに付き合わないといけないの? クルミは、泣いて謝ってお兄さんを差し出すまであなた達を殴りに来たんだよ」
ローズとしては接近戦で片を付けたいところだが、クルミにはその事情は通じない。懐に入れず、ただ砲撃を繰り返せばいいだけの話。面倒でも距離を取りつつ砲撃を続ければいづれマグレ当たりでもして骸を晒すだけだ。
「そう簡単には行かんぞ。唸れ……『ハウリングフィスト』!」
「『砲閃火・転輪』……何も為せずに死んでね、魔法少女」
先に倍する砲火が吹き荒れた。転輪ならば、使うごとに火力を増すことができる。50を超える砲撃、Cクラスとしても底が見えない恐ろしいまでの魔力。
くすくすと艶然と笑う狂気。自らのために殺すことを覚えた哀れな少女。
「おおおおおお!」
敵は拳で砲火を殴り飛ばしつつ迫るが――
「あは。あなた、戦闘に慣れてないね。クルミは、あなたたちが放った刺客と何度も戦ったんだよ? そして当然、敵の効率よい殺し方も学習済だよ」
クルミは跳んで下がる。
「――あなたの魔法はその凄い威力の拳だよね? 砲閃火を殴り飛ばしちゃうなんてびっくりしちゃった。クルミも、その拳の威力なら一撃でやられてしまうかも。けれどそれだけ、あなた自身のスピ-ドは大したことない。こうやって遠距離で相手するだけなら、何も怖くない」
その幼い顔に、相手を馬鹿にするような三日月の笑いを浮かべた。金髪が映えて絵にかいたような風景、だが舐められたと知った相手は激昂して睨みつける。
「はっ! 粋がるなよ、人間の男に飼われる程度の魔法少女が! 我が『ハウリングフィスト』は一撃必倒の魔法、必ずや貴様の顔面に叩き込んでやる! そして、私の身体に砲閃火とやらは当たっていないぞ! このまま距離を詰めるまで……ッ!?」
反抗するように砲弾を殴り粉砕しつつ退くクルミを追い続けるローズ。しかし身体に異変が起きる。足がもつれた。戦場で、そんな馬鹿なことをするはずがないのに。
何かがおかしい。妙に息苦しく感じる。ぐらりと落ちた視界、そこに赤い花が映った。
「これは……? こんな花、ここに在ったか?」
「……やっと効いてきた? 『彼岸華』、クルミのそれは根や葉だけじゃない。空気ですら有毒だよ。なんでクルミが逃げたと思ったの?」
くすくすと嘲笑が聞こえる。仕掛けた罠に嵌った獲物を嘲笑う声。幼い表情が愉悦に歪んでいる。
「なん……だと……? 毒……か! そんなものに、この私が!」
「ふふ、もう動けないでしょう? そう言うのも少し違うかな。だって、あなた――とても震えてる」
「馬鹿……な……!」
ローズはがくりと膝を落とす。そして、震える全身を抱きしめるようにかき抱いた。もう力が入らない。息が苦しい。声を出すのも一苦労、そんな状態では碌な抵抗すら出来はしない。
「ダーク。どうにかしろ、ダーク!」
震える声でその名を呼ぶ。実行部隊カラレス、境界大学に所属する魔法少女では最高峰の地位に属する者。彼女は港湾での戦いでは前線に居なかったため唯一生き残り、しかしランクがDだから侮られていた。
カラレスは港湾で優秀な者を失って以来、短期間で何度も代替わりした。このローズも所詮は数合わせに過ぎず、例に漏れずダークを軽んじていたのを今になって頼るという体たらく。
「解毒……解毒の方法を……!」
これが碌に戦闘経験もないものをただCクラスというだけで幹部に据えた末路である。たった一人の魔法少女にしてやられ、そして――
「聞こえているのか!? 答えろ、ダーク! ……ごほっ! がは……!」
毒が回って呼吸が苦しくなる。力が入らない。どさり、と音がどこかから聞こえた。それが、自分の身体が崩れ落ちた音とも気付かずに。
〈ええ。負け犬の声など聞こえませんとも。そこで沈みゆく船とともに消えなさいな、ο-48。所詮、あなたごときに色は分不相応だったという話〉
テレパシーが届いた。それは、とても屈辱的な声。そして、自分を助ける気などみじんもない冷徹な声だった。
「……ダーク! おのれ……あの、くそやろうめ。……あ――」
重い瞳を持ち上げると、そこには砲火を構えた魔法少女の姿。
「ごめんね。お兄さんが敵を完全に潰すまでは油断するなって言ってたから。……ちゃんと殺すね」
もはや拳も上げられない。そして、毒を受ければ防御力までも低下する。もはやローズに打つ手はなく、そして救いの手も存在しない。
「……ッ!」
何かを言い残す暇も与えられず、彼女は四散して潰れたトマトになった。
一方、ダークは閃をしずしずと先導していた。わずかに嘲笑を漏らす。ローズの断末魔が聞こえていた。
「……」
「どうかした?」
前を歩く彼女に問いかける閃の声は面白がっている。ここの本拠地は施設そのものが崩落する途中の大混乱、すれ違うだけの魔法少女はダークの顔を見れば逃げるように去って行くのを愉快気に見つめているのだ。人質の行動でもなければ潜入者のやることでもない。
一方で数少ない勘の鋭い魔法少女やエージェントは一瞬で斬殺されて血の一滴すらも残らない。それは行方不明者が出るのは良いが、例えば刀傷で死んでいる死体が出るとマズイということで、そういう意味では侵入者としての自覚は持っている。まるでここが我が家でございとばかりに自信満々の表情をしているだけだ。
「いえ、何も。ただ、哀れな元同僚について、少し黙祷を捧げていたのです」
「そう。まあ、どうでもいいや。これからケルベロス部隊も来る。大事なデータが壊れてないかと心配しているはずだからね。慌てているはずさ」
「では……」
「うるさい奴らが来る前にこちらの目的を果たしておこう。なに、あいつらにとっても今やクルミは興味深い存在だ。殺し合うことにはならないさ」
「そうですか。では、早く行きましょうか」
「嫉妬? 君は純粋に実力を見込んで団へ誘いをかけたんだけど。クルミとは用途が違うよ」
「私の身体に興味があるのならどうぞご自由に。貴方様の何者にすら比べ物にならない強大な力にこそ、私は忠誠を誓ったのです。身体を求められるのでしたら、むしろ光栄と言うもの。しかし、我が力はそれ以上にお役に立てるものと確信しております」
「なら俺より強い奴が居るからそっちに紹介する? まあ、あいつらはやめておいた方が良いだろうし、リーダーはリーダーで単純な強さなら俺が上か下かは分からんけど」
「あなたより格上、それに同格も? いえ、私ごときが判断できることでもありませんね。どうか貴方様のおそばに仕えさせてください」
「ああ、俺は結構御しやすい性格だしね?」
けらけらとエグいこと聞く。裏切りを計画したら殺すぞという脅しにさえ聞こえるが、まあ実際にそういうことを言っている。
ダークは境界大学で長い間生き残ってきたから嗅覚も利く。ここまで話せば人となりも分かる。閃は、はっきりと境界線を引く人間だ。許すと決めた範囲では生温い、だがそこから外れれば容赦はない。血の一滴も残さず斬滅された彼ら、彼女たちを見れば分かりきったことだ。
「……いえ」
「少し間が空いた。図星かな? ま、どちらでも問題ないさ。破壊能力じゃなくて頭で君を見込んだわけだしねえ。団の役に立ってくれるなら、引き入れた俺の鼻も高いと言うものだ」
期待している、という言葉と同時に夜明け団に不義理を働いたら殺すという裏の意味もある。そして、ダークなら分かるだろうと思っている。
「ええ、役に立たねば廃棄される。それが魔法少女というものです」
毅然と言った。
「本当にね。夜明け団にも席は多くない。クルミは妻として連れて行けばいいけど、他は……ね」
「斬滅者様?」
「まあ、心配はしていないさ。君は遺憾なく力を発揮してくれればいい。そうすれば、我ら【翡翠の夜明け団】が計画する深奥まで知らせることができるだろう」
「精進いたします」
早足で、しかし威厳を失わず堂々と。裏切り者と人質はとうとうそこへたどり着いた。
閉ざされた金属の扉。侵入者に襲い掛かる幾多の罠、組織の魔法少女だってその前に立つことなんてできやしない。
「――保管区画N4です。ここは生体の保管を目的とした中では最も機密度の高い保管施設となります。探しものであれば、可能性が最も高いのがここかと」
「そう。さて、一発目で大当たりか確かめてみようか」
閃は扉に手をかけて普通に開けてしまった。
だが、それは重さ1トンを誇る鋼鉄の扉。さらに厳重なロックが何重にもかかっていたのだが。
「鍵は斬り、重さは普通に腕力で開けましたか。これは油圧で開ける扉かと思いましたが、お見事です」
「そう褒めるものじゃない。誰にでも出来るよ、こんなもの」
二人は奥に進む。霜と冷気が部屋の中に充満している。
「この冷気は生体の活動を弱めるため。またいつか使うことがあるかもしれないからと、生かしたまま保存してあります。そういう類の特殊な装置です」
「こんな大がかりな装置はいくつも作れない。悪い賭けではなかったが、まさかの一発目でジャックポットか」
閃はパンと手を叩く。お目当てのものが見つかった。
「では、音瑠……【異見者】のところへこれと君を送る」
「斬滅者様はどうされるのですか?」
「なに、ちょっとの間囚われのお姫様をやっておくよ。事態の収拾は軍がやってくれるから気楽なものさ」
「承知いたしました。こちらのことはお任せください」
こうして、境界大学から一人の裏切り者と標本が姿を消した。




