第12話 ブラックメタルシンガー戦
そして、いつものようにお勉強をしていると魔力を感じた。前回の襲撃に続いて二回目。だが、感じる魔力は先よりも強大だった。
……碌に実戦経験もなかったあの3人とは違うことを、肌で感じた。
「――誘ってる?」
視線を感じるなんて特殊技能はない。だが、このおどろおどろしい魔力。ここで戦えば家は燃やされることは理解できた。
「行くしかないよね……?」
立ち上がって、また窓から外に出る。感じる魔力が強くなった。やはりこちらを見ている。クルミも魔法少女服を着て、屋根の上まで跳び上がった。
向こうから見えるのなら、こちらからも見える。屋根から屋根へ飛び移ってそちらへ駆けていく。
「すぐにそっちに行くから……!」
一分もかからずに数kmを駆け抜けた。そいつは何かを抱えている。武器に違いない。――見えた。バカでかいラッパ、実はトロンボーンなのだがクルミにとっては口が広がっている楽器は全てラッパだ。
そこにはバンドみたいな恰好の魔法少女がニヤケ顔で立っていた。
「クハハ。よく来たねエ、εー33。こうして待ちぼうけするくらいなら、いっそのこと街ごと潰してやろうかと思っていたところさ」
その魔法少女は敵意の視線を向けている。だが、彼女は妙に”大きい”。大災厄は10年前で、急造品の人造魔法少女は年代が低いものなのに、彼女は高校生くらいに見える。いくら年齢を加速させる薬があるとはいえ。
「あの子たちの……復讐?」
思い返すのは殺してしまった三人の魔法少女。かつては殺してしまうくらいなら殺された方がいいとも思ったものだが、今はダメだ。
お兄さんと過ごす日々を失いたくないから、死にたくない。例え、誰かを傷付けることになってしまっても。
それでも、傷付けなくて済む可能性があるならと一縷の望みに賭ける。
「誰のことだよ? ああ――任務に失敗した奴らか。はん、今は組織も色々と忙しい時期でな。アレらも、生きててもらっちゃあ邪魔なんだ。処分の手間が省けたってもんさ、それについては感謝してるぜ」
傲慢な物言いだった。
だが、魔法少女などこんなものだ。謙虚に誰かに感謝して、身の程をわきまえて誰にも迷惑をかけずに死ね? そんな殴られるために生まれてきた人間が居るわけがないだろう。
見下されて生きてきた、ならば誰かを見下さなければ帳尻が合わないから。
「そう……でも、あなたも魔法少女でしょう?」
「アタシは奴らとは違う。アタシは検体名η-5、魔法少女『ブラックメタルシンガー』! あんたの知らない古くから生きてきた組織の秘密兵器なのさ!」
彼女がトロンボーンを構える。魔法少女であるからには、その先は破壊的な現象が牙を剥くのは確実。そして、強力な魔力を感じる以上、先のような防戦はできない。
魔法のランクとしては同格。ならば守勢に回れば、すぐにでも死んでしまう。殺されて、会いたい人にも会えなくなる。
「古くから生きてきた? それはつまり……」
「それだけ有用な魔法と言うことさ! そして、私の魔力は凡百の魔法少女とは一線を画す! さあ、アタシの音色に酔い痴れな!」
その音色がクルミの耳を打つ、その前に。
「片喰……!」
足下の地面に種を落とす。その瞬間に花が咲いてクルミを上空へ弾き飛ばした。遅れて音色が着弾、地面を抉り破壊が散華する。
「チ……だが、逃げ場のない上空に逃げたのは失敗だったな!」
楽器を吹くのを一時中断、トロンボーンを上空に向けようとする。
「なんて威力……! けれど、その大きなラッパじゃ小回りが利かないでしょ! 砲閃火!」
その前に砲がブラックメタルシンガーに向かって放たれる。以前に黒の魔法少女を文字通りにバラバラにした弾丸だ。
「下らねえ! 殺る気のない攻撃で魔法少女の命を取れるかよ!」
後ろに跳んだだけで、その威力は完全に無力化された。破片や石が木々の幹を抉るが、ブラックメタルシンガーには傷一つない。
今度こそ粉みじんにしてやろうとトロンボ-ンを向けるが……
「――」
クルミの姿を相手は捉えられない。気を逸らした瞬間に茎を鞭のように使って移動、身を隠した。
「……隠れやがった。決闘気取りか? どこに隠れてやがる」
ブラックメタルシンガーは辺りを注意深く伺うがクルミの姿は見えない。とはいえ、逃げるにしても攻撃するにしてもその身を晒さねばならない。
これは先に注意力が切れた方が負ける戦い、だが。
「下らねえ。そんな情けない戦いはこのブラックメタルシンガー様にゃ似合わねえ。あぶり出してやるぜ。全部全部、砕け散っちまいな!」
トロンボーンを吹く。全く関係ない場所が爆散した。そして、その爆散の範囲が広がっていく。トロンボーンを振り回し、その破壊的な音色で全てを根こそぎにする気だ。
「嘘……!」
「そこかあああああ!」
大音量の最中に声を上げてしまったクルミを目ざとく見つけ、そちらにトロンボーンを向ける。
「しまった。……奇鏡。く……あう……!」
「は……! このまま壊れちまいな!」
音圧は盾にした植物を迂回してクルミに届く。その威力は精々が2割、倒すには至らない。だが、それ以上に。
「嘘……! でも、そんなことをすれば街に被害だって」
「んなもん、このアタシ様が知ったことかよ!」
その破壊の音色はクルミの背後を破壊していく。滅茶苦茶に破壊し尽くされた傷跡は、そのうち土砂災害へと変わるだろう。
そんなことが起きれば普通に生きる人たちにも被害が行ってしまう。
そして何よりも、原因の魔法少女を消すためにケルベロス部隊が派遣されてくることだろう。
原因がどちらにあろうと関係ない。どちらが悪いかなど関係なく、奴らは両方を撃滅するだろう。……ことによれば、クルミを保護する閃すらも手にかけることが考えられる。
「――この!」
盾を解除して一か八か特攻するかとクルミを考えたとき……
「待ちなさい」
第三者の声が響いた。
「あん? 誰だよ、お前」
ブラックメタルシンガーは音を中断して怪訝な顔を向ける。けれど、クルミはその顔を知っていた。組織ではない、テレビで見た顔。
「魔法少女『ファントムペイン』? 何で、ここに――」
正義の魔法少女と言われていた彼女。お兄さんによれば、正義も悪も政府に利用されるだけの儚い遺児に過ぎないとのことだが。
それでもやはりクルミは、ああやって脚光を浴びている魔法少女がこの世に居てくれて救われた気持ちになったものだった。
「ここは私の地元なのさ。名前は知ってくれててもWikiは見てくれてないみたいだね、可愛い魔法少女さん」
彼女は軽やかにクルミの横に並び立つ。
「あの……」
「君は街を守るために戦ってくれたみたいだしね」
優しく微笑んだ。そして、ブラックメタルシンガーを睨みつける。
「組織に帰りなさい。こんなにも暴れて、すぐに軍も来るわよ」
「知ったことか! アタシを馬鹿にするやつは全員殺してやる!」
ブラックメタルシンガーは激昂して怒鳴る。誰だ、などと言いつつ心当たりはあった。日向の世界に生きる魔法少女。
ただ実験動物の立場に甘えていたクルミと違い、現代情勢の知識もあるのだ。そして、基本的に組織の魔法少女は普通側に居る魔法少女を逆恨みしている。
「――いきなり話が飛んじゃった。私は別にあなたのことを見下してなんてないけど」
「ファントムペインさん、来るよ!」
彼女は注射器を取り出し、自らに打った。
「さあ、全てぶっ潰してやるよォ。【破滅のディセクション】!」
さらに強力さを増した音圧が全てを蹂躙する。
「鈍いわね。果たしてあなたに光の速さを超えられるかしら? 見なさい、【幻燈痛界】……!」
その赤い目が紅に光った。そして――ブラックメタルシンガーはその光を見てしまった。魔法の具現たるその紅光を。
「あ……! があああああ! 頭が……! 頭が痛い……!」
彼女はすぐさまトロンボーンを取り落とし、頭を抱えてうずくまる。まるで万力にでもかけられたかのような苦痛の顔を浮かべている。
歯をぎりぎりと食いしばって、口の端から泡を吹いている。尋常ならざるその様子、魔法少女はそもそも痛みに耐性を持っているのに。
「嘘だ……! クスリも使ってるのに」
「私の魔法『ファントムペイン』の前に麻薬作用など無意味よ。これは物理的な痛みじゃないのだから――」
歯が砕けそうになるくらいに食いしばって、トロンボーンを拾いに手を伸ばす。目の前の正義の味方を許さない。魔法少女なのに、人間みたいな顔して――と渾身の力を籠める。
「ぐぐぐ……! まだ……! まだだ!」
「まだ抵抗する気があるの? でも、幻燈痛界のレパートリーは他にもあるわ」
手がビクリと震えた。
「あ……ぐわあああ!」
「痛いでしょう? 痛みを我慢して、なんてフィクションではよくある話だけど。けれど、現実には指を切り刻まれる痛みを我慢してものを拾えるほど人間の精神は強くないのよ。あなたの場合はその重そうな楽器を扱わないといけないしね」
「ちくしょうが……!」
腕を放り出してへたり込んでしまった。戦意喪失、クルミが殺すしかなかった強力な魔法少女をいとも簡単に無力化してしまった。
「まあ、降参してくれれば悪いようにはしないわ。軍じゃなくて、孤児院の方に引き渡してあげるから」
ファントムペインはゆうゆうと無力化した魔法少女の方へ歩いていく。油断ではなく、もはやチェックメイトは終わっていた。
「――馬鹿め。どこであろうが、魔法少女に居場所なんてあるものか……!」
懐から何かを取り出す。チラリと光った。……注射器。
「ダメェ!」
思わずクルミが飛び出した。もしや、あの青の魔法少女と同じように自殺する気かと……考える前に身体が動いてしまった。
「やめなさい!」
ファントムペインが鋭く叫んだその瞬間。
「……は! 甘いな、魔法少女!」
激痛のさなか、ニタリと笑いその注射器を切っ先を変える。自らの首元から敵の目をめがけて恐ろしい勢いで突進する。
「……え?」
自殺用の毒、油断して近づいてしまったクルミに打とうとした。クルミは唖然とその針を見ることしかできない。
隙を突かれれば魔法少女服の効果も十全に発揮できない。そして、それが体内に侵入すれば結果は瞭然。
「……死になさい――【心臓掌握】!」
もう一度、ファントムペインが紅光を放った。それを見てしまったブラックメタルシンガーは全身の力が抜けて……
「……なに?」
手からすっぽ抜けた針が、クルミの頬に当たって、傷一つつけることなく跳ね返って地面に落ちて砕け散った。
「……死んでる?」
クルミはこわごわと倒れたブラックメタルシンガーに近づいて身体を揺らしてみるが、何の反応も返ってこない。
「そうね。私の言うことを聞いてくれる組織の子は、ほとんどいない。こうして自分の運命を決めてしまう子が大半ね。それでも、私のことを信じてくれたなら何とかしてあげられるんだけど」
ぽん、と肩を叩かれた。
「あの、ファントムペインさん?」
彼女は死体を優しく抱き上げて街が良く見える場所に連れていく。
「この子なら、街が一望できるところの方が好きでしょうから」
手慣れた様子で穴を掘り、埋めてしまった。5mは掘っていたから、犬に掘り返されたりといったことはないだろう。
「ああ、お寺で供養してもらうわけにもいかないし、軍に渡してもいいことにはならないからね。私なんかの手で申し訳ないけど、埋めてもらえるだけでも運がいい方なのよ。魔法少女って」
悲しそうに、しかしあっけらかんと、そう言い放った。
「――それで、かわいい魔法少女さん。少し、お話しできる? カフェにでも行きましょうか」
その口調は優しいが有無を言わせなかったから。
「あの……はい」
クルミは頷くしかなかった。




