第11話 魔法少女義賊
まだ会って2週間も経たないのにおなじみになった光景。クルミは閃の膝の上で参考書を開いて分からなかった場所を教わっている。
ただの道具であったときには考えられない幸せな時間だった。
そして、その時間も終わるとそれぞれ風呂に入り、そして何の気もなく隣同士で寄り添ってテレビを見る。
「――正義の魔法少女『ファントムペイン』?」
あまりにも場違いな響きにクルミは小首をかしげてしまう。そこで放送されていたのはいわゆる義賊というものをやっている魔法少女だった。
エプロンドレスに近いゴスロリ服を来た亜麻色の髪の少女。赤い瞳がカメラを睨みつけている。そこからは悪に厳しい力強さを感じるが。
「ああ、魔法少女義賊とか言われてる奴ね。自称ではないらしいけど」
「知ってるの?」
閃はと言うと、その目力に気圧される事もなくやれやれと肩をすくめていた。尊敬でも蔑みでもない、別種の怜悧な視線がそこにはあった。
「聞いたことはあるよ。今まさにテレビでやっているしね。確か2,3年前から活動を続けていて、悪い金貸しの不正を暴いて借金をチャラにしたり、マフィアでもない半グレ集団を襲撃して正義の裁きを与えたり――だったかな」
「ふわあ。……皆を助けるような、そんな魔法少女が居たんだ」
感動の目線をテレビの中の魔法少女に向けていたクルミ。その視線に気付かずに閃は続ける。正義も悪もひっくるめてそんなものは程度が低いと嘲るように。
「しかし、間抜けなものだと思うよ。消費税を20%に上げるのにあれだけデモだの自殺抗議だのやっておいて……さ。一手間挟むだけで民衆はこうして喝采するのだから、権力者の皆さんとしてはありがたい限りだろうね」
「――え?」
クルミは閃を見上げる。
まったくもって意味が分からなかった。悪いことをすれば裁かれる。それは間違いなく”良いこと”だろう。
誰かが悪と戦って、そして皆を助ける。すごいことだ。……なぜ、それで権力者が笑うのだ? むしろ逆なのがよくある姿だと思うけれど。
「ん? 税金なんて取りやすいところから取るのが当然だろ? 企業は必死に削ろうとするところだからねえ。賭けてもいいが、そのためなら部下の命くらいなら捨てるぜあいつら。逆に個人の方から税を取ろうにもまあそっちはそっちで大変だ。さっき言ったようにデモとかやられるし、そもそも民主制だから選挙権は民衆にあるわけだし」
「う、うん。教えてもらったから知ってるよ。日本人は選挙権があって、王様を選べるんだよね? だから、王様は選んでくれた日本人のために政治をするんでしょ?」
「実際には国王ではなく総理だし、総理を選ぶ人を選ぶのが日本の間接民主制なわけだけど。まあ遠くはない。日本人のため、と言うのも人数がでかすぎてどうにもよく分からないことになっているけど。そんな小難しいことは置いておいて、政府は何をするかと言う話さ。税金はいくらあっても足りない一方で、増やすことはとても難しいというのは分かるね」
「はい。でも……なんであの正義の魔法少女さんが税収に関係あるんですか?」
「だって、その人がやっつけた悪党の金が国庫に入っているもの。税と言う名目だろうが、調査としての一時接収だろうが、サラリーマン的視点から見れば帰ってこないお金なのは変わらないよ? そこの魔法少女が取り返した金を一々調査して元の所持者に返すとでも? そこは上級国民の特権だよ。わざわざ国庫に入った金をバラまく理由がない。そこの魔法少女が直接返すにしても、人数が多すぎてどうしようもないしね」
「――じゃあ、悪い人は国の人に言われてお金を集めてるの? だって、そうじゃなきゃ悪いことをする理由がないよ。あそこの、手錠をかけられている人たちも、皆のために戦ったの? 実は良い人だからその資金集めに協力したの?」
「まさか。悪いことというのはそれだけで”やる”理由にはなるさ。そして、命令などせずとも、国はそれが発生する条件を整えればいいだけだ。成果を回収して牢にぶち込む人間は、誰でも良いんだから」
「誰にも言われてないのに、悪いことをするの? でも、その悪いことは、税収? 日本のための大事なお金を集める行為で? 悪いのは、一体誰?」
「正義も、悪も関係ない。世の中には上下があるだけ、歴史上勝った側が正義と言われているだけだ。皆、正義が好きで……ただそれだけだ。世界の歯車は善悪を考慮して動いてはいないが、支配する側としては利用すると便利なアイテムだよ」
「……」
クルミは押し黙る。この世に正義も悪も存在しない。なら――
「じゃあ、お兄さんは正義なの? 私を助けてくれたのは……」
「俺は悪いことをやっているとは思っていないね。ただ、無駄な生き方をしているなら悪だと言う者も居るだろう。本気で国のために働けとか言う国粋主義はいつの時代にも居るものだ。そして、クルミを助けたのはただの趣味だね。正義だの悪だの思ってやったわけじゃない」
ぼん、とクルミの顔が赤くなった。
「しゅ……趣味!? お兄さん、私のことが趣味って……」
「あはは。変な勘違いしないでよ。確かにクルミはかわいいけど、戸籍がないから好きにできるとかそういうことじゃないよ。まあ、成り行きだね」
「成り行き……」
すぐにしょんぼりしてしまった。その百面相は中々に愛らしい。始めに会ったときは全てをやり過ごすように顔を伏せていたのに。
「さ、今日はもう寝ようか。また明日ね、クルミ」
「はい。また明日です。お兄さん」
また明日と言い合える人が居る。それだけでクルミの胸は満たされる。
組織に居たときは生きていることを嬉しいこととは思えなかった。明日など来なくていいと思っているのに、それが来る。また明日、なんて挨拶をかわすはずがない。
それに、魔法少女は生き残りたいのなら互いがライバルだ。資料としての価値が尽きた後、戦闘部隊として生き残れる椅子の数には限りがある。当然、和気あいあいとするはずもなかった。




