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第10話 強襲



 楽しかった週末の次の日。8日目の、日常。生まれて初めての安らかな時間。ずっとこの時間が続けばいいのに、そんなことを思ったのは生まれて初めてだった。


「じゃ、俺は仕事に行くから勉強頑張って」

「うん。クルミ、お勉強楽しいよ。クルミのことは心配いらないから、行ってらっしゃい」


 仕事に出る閃を見送った。会社で何をやっているのかは知らないが……たぶん、誰かのためになるようなすごい仕事だと思う。


「うん。お勉強しよ」


 買ってもらった参考書を広げる。まずは英語だ。お兄さんは、クルミに英語ができるようになってほしいみたいだったから一番頑張らなくちゃ。

 分からないところがあれば仕事から帰ってきたお兄さんが教えてくれる。お勉強なんて、組織では許してもらえなかったから新鮮だ。


 ―――


 集中力が切れたので一息つく。英語だけじゃなくて、算数と国語と理科の勉強もしなくちゃいけない。まだお昼には早いし算数でもやろうかなと思って。


 ……魔力を感じた。外!


「誰!?」


 魔法装衣を展開、カーテンを締め切った窓を開けて飛び出した。外に見えたのは3人の人影。敵、魔法少女!


「……ふん。我らの魔力を感じて顔を出したか。なあ――翠竜会の脱走者よ、今はあの男のペットか?」


 そこに居たのは魔法少女。一人は赤の魔法少女服、そして後ろの二人もそれぞれ青と黒のそれを纏っている。

 着ているだけでも僅かに魔力を消耗するそれを着ていると言うのは、つまり臨戦態勢に違いない。だが、クルミもまた同じものを着ている。

 条件は五分と五分。


「下らんな、情けないことこの上ない。表の世界に魔法少女の生きる居場所はないというのに。貴様もここで死ぬがいい! それが脱走者の定めと知れ。さあ、我が魔法『フラムベル』で砕け散れぃ!」


 バ、と掲げた手にはベルが握られている。ベルを、鳴らす。


「……キャア!」


 クルミの目の前で爆発が起きた。魔法少女服がなければ死んでいた。……いや、以前のクルミなら重傷まで行かずとも意識を失っていた。

 魔力の源は幸福感。そんなものはアルコールや麻薬でも得られるが、特別な人との一時はクルミの魔法少女としての格を上げていた。


「チ。一撃では倒せんか? だが、『フラムベル』がただの一度で終わると思うか!?」


 リィン、リィンとベルを鳴らすたびに爆発が起きる。容易に人を殺せるだけの爆発が連続する。


「くぅ……ぐっ!」


 身体が吹き飛ばされれば家にぶち当たって色々壊してしまう。だから退けないし、避けることだってできない。クルミは腕をクロスさせて必死に耐える。


「馬鹿な! 5発は喰らったはずなのになぜ倒せない? これで、本当に魔力出力Dーの魔法少女か?」


 赤の魔法少女が驚愕する。殺傷力に特化した魔法が、魔法も使っていない魔法少女を倒せていない。

 クルミの特殊な魔法については聞いている。だからそれを使っていないことは間違いない。ならば、なぜ殺せないと歯噛みした。


「なら、硬さなど関係ない私の魔法で仕留める。『ブルークリスタル』!」


 青の魔法少女がクリスタル状の武器を手に突っ込んでくる。それこそ、不良が道ばたの石で殴りかかるように。

 だが、クルミに迎撃できるような技術はない。それどころか、特殊部隊兵を撃ったのがトラウマになって反撃さえできない有様だ。


「――うっ!」


 そのクリスタルで殴られても一歩も引かない。殴られるよりも爆発の方が痛かった。だが、その拳は攻撃ではない。

 この攻撃の真価は……

 

「戦闘に慣れてないのね。私の魔法は全てを凍てつかせる! 凍えなさい、ε-33! こうなってはもう逃がられない! 氷像になってしまえ!」


 すさまじい冷気が発生する。立っている地面すら凍り付いた。けれど。


「……やあああ!」


 突き飛ばした。魔法少女服は現代兵器とはくらべものにならない”魔法”である。爆発でダメなら冷気で、などというトンチは通用しない。

 地面まで凍り付いたその冷気は、その服の下には届いていないのだ。


「げ……ごぼっ!」


 服の防御力を超えて叩きつけられた掌の威力。胃の中がひっくり返り青の魔法少女はゲボを吐き、空を飛びながら気絶した。

 力なく地面へと落ち、意識がないまま転がって視界の外へ消えていった。

 

「なんだと……!? 基礎ステータスが違う。コイツ、明らかに……成長している。私たちは偽物のデータを掴まされたのか? どう見ても出力Dどころじゃないじゃないか。これはCクラス相当だぞ!?」


 あとじさった。こうやって驚愕するばかりで逃げもしないところが、彼女も戦闘経験など殆どないことを晒していたが。

 基本、階位の差をひっくり返すことは不可能だ。爆発、冷気、全てをまともに受けてもダメージすら殆ど受けていない事実からも明らかである。


「……あの、η-42。この子強い、私たちじゃ勝てないと思う」

「黙りなさい、τ-29! 私はあんたたちみたいな役立たずとは違う! あいつを倒して、私は”色”を手に入れる!」


 力の差は歴然。それは敵自身も分かっている。けれど……彼女たちも、後はない。魔法少女に助けてくれる誰かはいない。

 役に立たない魔法少女を生かす理由は、どこの”組織”にもない。無駄飯くらいは首を切るのが今の世の現状だった。


「色……? あなた、境界大学の? クルミを捕まえて、売るの?」

「ええ、そうよ! エージェントはあなたに興味があるみたいなの。翠竜会のε-33! お前を組織に捧げれば、私は……!」


「――」


 クルミは顔を伏せる。気持ちは分かる。名前はとても大事なものだった。今ならわかる、ε-33と言う名前を受け入れていたのは全てを諦めていたから。死んでいないから生きているだけだった。

 けれど、この子のように”生きよう”と思うのなら。確固とした自分を手に入れて、自らを誇れるようになるためには……色を与えられた実行部隊の一員になりたいと思うのは当然だ。

 ただの実験体のまま、何者にもなれずに生を終えることは――とても悲しいことだから。


「なんだ、その顔は?」

「え――」


「貴様、私を憐れんだか? その防御力、そしてο-47を吹き飛ばした腕力。魔法少女として、貴様の方が格は上と認めざるを得んがな……」

「え? え? ええ――」


「貴様などに見下される覚えはない! 人間の玩具と成り下がった魔法少女が、私のことを下に見るか!?」

「え。あう――」


 ふつふつと湧いた怒りが煮えたぎるマグマのように爆発する。激昂してベルを鳴らしまくる。

 クルミはまずいと思う。敵の狙いがずれ始めた。自分に当たる分にはいい。だがこのままでは、家に当たってしまう。


「死ぬがいい、ε-33! 貴様をずたずたに引き裂いて、首をねじ切ってくれるわ!」

「――くぅっ!」


 横に飛ぶ。その爆発はかわし切れないがそれでいい。相手の魔法はまず魔力を飛ばして貼りつけ、それがベルの音に連動して爆発する。言ってしまえば投擲武器の一種だ、直線上から外れれば家は守れる。


「死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね! ……かはっ!」


 爆炎でクルミを玩弄していた紅の魔法少女が、いきなり苦悶の声を漏らして膝を着いた。憎しみに染まった顔が一変。滝のような汗が流れ、吐きそうな辛い顔をしている。


「……魔力、欠乏」


 その症状には覚えがある。色を与えられていない魔法少女、ならば地力も相応に低い。お兄さんのことを思い出せばいくらでも魔力が湧き上がってくるクルミと違い、彼女は魔法を使いすぎれば当たり前にそうなる。

 傷が出来ていないのは魔法少女服に相応の魔力をつぎ込んだからに他ならない。耐えているように見えて、実際にはクルミは青の魔法少女の分だけ余計に消耗していた。

 クルミが平気な顔をしているのは、ただ元々の容量が違ったと言うだけの話。


「かはっ。がはっ……ぐぐぐ」

 

 立ち上がろうとしているが、魔力欠乏とはつまり精も根も尽き果てた状態だ。気力が尽きている以上、それは無茶だ。


「η-42、逃げようよ。私たちじゃε-33を倒せないよ」


 残った魔法少女はどっちつかず。一人では戦うことも、逃げると決めることもできずに右往左往していた。

 組織は魔法少女を頓着しない。ここで一人逃げ帰っても取返しがつかないことにはならない。成功こそしていないが、クルミが強くなっていたことを知らせるだけでも処分は免れるだろう。


「――ふざけるな。ふざけるなよ。あの能天気な顔を前に犬のように尻尾を巻いて逃げろと、そう言うのか?」


 満身の力を籠めて突き飛ばした。それは弱弱しく子供くらいしか転がせられないが、黒の魔法少女は呆気なく転がった。

 そして、紅の魔法少女の手に握られているのは二本の注射器。自分の分と、今の一瞬で奪い取った分。


「だめだよ! そんなの二本も打ったら」

「敵の言うことなど聞かん!」


 それを素早く首筋に打ち込んだ。


「――きひっ! ひゃふっ! ぐひひひ。げはは――」


 目が虚ろになった。ゆらゆらと幽鬼のように立ち上がる。これが組織流のパワーアップ。”幸せ”という感情が魔力の回復を促す。クルミがお兄さんを思い出せば無限に回復するのはそう言うこと。

 だが、それは手っ取り早くない。現代社会ならば「早い」「安い」「うまい」の三冠こそが王道だろう。ゆえに麻薬と言う方向にシフトするのは当然のことだった。


「きゃああっはははハハハハ――」

 

 壊れた笑いを撒き散らし、照準する。無理筋のオーバードーズ、今まで一つだった爆発が四つまで増えた。

 そして、狙う先を認識したクルミが蒼ざめる。


「フヒヒヒ。まずは、貴様の幸福の象徴から破壊してやろう!」


 狙われたのは家。麻薬でハイになっているのに、そこだけはあくまでクレバーだ。相手に最大のダメージを与える方策を探っていた。


「ダメエエエエエエ! 『奇鏡(キキョウ)』!」


 切り裂くような悲鳴。けれど、身体は動く。本来は防御用に使う盾の花。しかし種を投げて敵のすぐ隣に出現させ……そのベルを持つ手を殴り砕く。

 無理な強化、だが純然たる格差を覆すには至らないのだ。それで勝てるのはあくまで対抗できる実力差である場合に限る。


「ギッ!? あれ――私の腕が赤いぞ? 動かないな。やれやれ、これじゃベルを鳴らせないじゃないか」


 滅茶苦茶に砕けて赤と白の絨毯のようになった腕ごと組み敷かれながらも、紅の魔法少女はどこか夢うつつだ。


「……η-42、痛くないの? 今、その植物をどかしてあげる。んっ!」


 黒の魔法少女が全力でその植物を引っこ抜こうとしてもピクリとも動かない。ただ一つの魔法で完全に制圧されていた。


「どかせないよう。どうすればいいの?」


 もう一人の魔法少女が花を必死にどかそうと力を込めるが、まるで意味がない。


「クフッ。イヒ――魔法を使え」

「あ、そっか。『クラック・ブラック』、溶かして」


 魔法を使うと黒がじわじわと植物を浸食していた。ものを劣化させる、それが黒の魔法少女が持つ固有魔法。

 けれど、その様ではどかすのには1時間はかかる。青の魔法少女に比べれば、通じるだけマシか。


「役立たずが。……そのベルを鳴らせェ!」


 唐突に叫んだ。完全に情緒が不安定、躁鬱状態になっていた。無理なドーピングが彼女の精神を狂わせていた。


「えっ?」

「なっ!?」


 二人の魔法少女が同時にベルを見る。


「……んっ!」

「駄目、やめて!」


 黒の魔法少女がベルに手を伸ばす。鳴らしさえすれば家は木っ端みじんだ。

 彼女は人生が辛いから自分で考えることをやめてしまった魔法少女だ。ちょっとお馬鹿に見えるのも、自分の人生に真剣ではないから。けれど、ここであくまでもクルミと戦う選択をしたのは――羨ましかった、からかもしれない。

 人は不幸にある時いつも他者を引きずり込もうとするから。……自分が上がるのではなく他人を落とす。皆仲良く不幸になればいいと思うのは、とても自然なことだから。


「やめてェェェ!」


 クルミが悲鳴のような声を上げる。それは――


「ヤ」


 甲高い悲鳴をよそにベルを手に取った。思いきり上に振り上げて、高々とその音色を響かせようと振り下ろす。その直前。


「なんで、こうするしかないの!? 『鳳閃花ホウセンカ』!」


 強力な砲撃が、哀れな魔法少女の上半身を血霞へと変えた。格の違う魔法が当たればこうなるのは必然だ。


「げえっ。……ぐぼっ!? ごぼぼ――」


 そして、限界だったのか紅の魔法少女も血を吐いて死んだ。クスリを二本も打てば当然である。一本でもギリギリだったのだ。

 そして、突き飛ばして動けなくなったはずの青の魔法少女の姿を確認するも。


「……死んでる」


 注射器の箱が開けられている。どうやら経口式の毒薬も納められていたらしい。あっけなく三人の魔法少女の命が失われた。

 けれど、魔法少女の命と言うのはこれくらい軽いものだ。だから、赤の魔法少女はせめて自分の生きた証を残そうと”色”を求めた。ただの実験動物のデータその一ではなく、部隊の一員として死にたいと思った。


「……死体、残ってたらお兄さんに迷惑をかけちゃうかも」


 青の魔法少女の死体を引きずっていく。この三人が仲が良かったのか、そもそも任務で会ったばかりなのかも知らないけれど。


「三人の方が、寂しくないよね。ごめんね。お墓も作ってあげられなくて。でも……あなたたちのこと、クルミは忘れないから」


 死体を積み上げる。そこに胡桃を植える。


「土へ帰って。ごめんなさい、痕跡を遺すわけにはいかないの」


 胡桃は死体を喰らい、大木となり――そしてビデオの早回しのように枯れ果てる。後にはもう、何も彼女たちが居た証拠は残っていなかった。


「お勉強、しなきゃ。シリアルあったけど、食べなくてもいいかな? うん、お昼くらいは食べなくてもお兄さんは許してくれるよね。クルミ、お勉強がんばるよ」

 

 そして、家の中へ戻る。大切な日常を噛み締めて。



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