第9話 日常の裏側
クルミがショッピングに連れてもらったその日も例外なく夜が来て、そして終わる。クルミもお気に入りのフレンチトーストを食べて、心地よい満腹感に包まれながらベッドで眠りにつくだろう。
だが、日が沈んだこの時間帯から動き出す影があった。
「クリムゾン、左の魔法少女を仕留めろ。ヴァーミリオンは右だ」
傲岸に命令を下すこの男。境界大学のエージェントは不敵に命令を降し、付き従う三人の少女は戦場に不慣れながらも魔法少女を殺す。別の組織に所属する、しかし同じ人造魔法少女を。
「――了解。行きなさい、『爆光』!」
「狙って、撃つ……だけ。『赤牙』!」
二人が呪符を持ち、己が魔法の名を叫ぶ。まずは脈動する光が飛び、着弾。すさまじい爆発とともに一人目の魔法少女は肉片となった。
そして、次に飛んだのは赤い牙。6本の牙が獲物を突き刺そうと空を飛んだ。
「……ッ! 敵か。私を守って、『ホワイトアウト』!」
白い煙がその魔法少女の周りに浮かぶ。だが、力不足だったのか牙は守りを呆気なく突き破り、彼女は血を吐いて磔となった。これで二人目が死亡。
「……チィ。境界大学のエージェントが自ら動くか。だが、これは奪わせん!」
一人残った三人目の魔法少女が呻く。輸送任務の対象であるそれは今世間を騒がせているSS級魔物の素材ではなかった。
ただそれなりに貴重で、まあ金にも代えづらい程度の価値はある。だから奪いに来たと言うことだろう。もっとも、その程度の代物にエージェント様が出向くとはやはり。
「ふふん、3対1で勝てると思っているのか? 今ならこちらへ来ればそれなりの待遇を与えてやるぞ。魔法少女『クリスタルシャーベット』、君の名は……まあ俺が知っているくらいには有名だしな」
「――ふん。私の魔法など大したことはない。翠竜会でもそうだな、逃げ出したあいつくらいの力しか持っていないぞ。そんな私を誘うなど、随分と切羽詰まっているらしいな境界大学。残念だが、私は沈む船に乗る気などないぞ」
先に死んだ言われたことしかできない二人とは違い、多少の世渡りの術を身につけている。だから前もってそいつらを口八丁で狙われやすい位置に誘導しておいたのだ。彼女が生き残ったのは偶然じゃない。
ゆえに当然、落ち目の組織に行っても良いことなどないことも弁えている。
「なるほど。死がお望みらしい」
「簡単に私を殺せるか、試してみるか? 代償はお前の死でも構わんな」
殺気が交わされた。魔法少女もピンキリ、クリスタルシャーベットと呼ばれた魔法少女も自分がピンの方ではないことくらい分かっているが、それでもキリ……素人にやられるつもりはない。
実験動物ではない、戦える魔法少女だ。
周囲に冷気を走らせた。氷の結晶を生み出す魔法。彼女は経験がある分、先にやられた二人よりも格上である。例え3対1でも、そう簡単にやられたりはしない。
「さて、それはどうだろうな?」
エージェントは興味なさげに葉巻から煙をくゆらせている。余裕の態度、まあエージェント本人に戦闘能力があったりはしないが。
「――やれ、グレイ」
「はい……『シャドウグール』」
影から死神の鎌が生えてきた。エージェントが言った最初の言葉は嘘だった。実のところ3対1ではなく4対1だった。隠れ潜む死神が、ワープゲートの影を繋げて死角を突く。
「……ッ!」
出力だけで言うなら同格レベルの相手3人に対して隙など見せられない。これで、4人目までも警戒していられなかったのだ。
さらに、影から現れた鎌は氷の結晶の効果範囲外なのも運が悪かった。成す術もなく胸にその刃を受ける他ない。
敗因は単純、総戦力の桁が違った。
「おのれ、境界大学……!」
激痛の最中、クリスタルシャーベットはエージェントを睨みつける。
「はん。魔法少女ごときが、人間様にそのような目を向けるなよ。ヴァーミリオン!」
「――『赤牙』!」
そして、大怪我を負ったクリスタルシャーベットに牙が迫る。
「おのれェ! ならば、これだけでも……!」
懐から箱を取り出し、握りしめる。境界大学はそれを狙って襲撃を仕掛けてきた。握り潰せば無駄足になる。
どうせ死ぬのだから嫌がらせとばかりに力を籠め――
「無駄なことをするなよ。グレイ!」
斬、と腕が斬り落とされた。
「っが! 邪魔を。……うぐおっ!」
牙が突き刺さる。血がしとどと流れ落ち、そのまま仰向けで倒れ込んだ。
箱は無傷のまま腕と一緒に地に落ち、てんてんと転がって。
「――ふむ。これが、翠竜会より盗み出されたεナンバーのオリジナルか。すでに解析が終わったものだが、会以外では貴重な研究対象か。もっとも、新しく生まれ落ちたSS級の方が素体としては期待できると思うがね」
闇から現れ、箱を拾った少女。巫女を思わせる格好、夕焼けのように紅い瞳。紛れもなく魔法少女である彼女が傲然と敵を見上げた。
「……貴様、『紅椿』か? 翠竜会の制御を外れたイレギュラー! 魔法少女殺し!」
エージェントが紛れもない恐怖を押し隠しながら叫んだ。魔法少女殺しと言いつつもエージェントも殺戮の対象外であるとは思えない。
魔法少女は使い捨てでもエージェントは貴重、ゆえに殺す機会がないとそういうことでしかないだろう。人を殺せない訳ではないはずだ。
「その通り。私の名は『紅椿』だ。私の名も有名になってきたようで嬉しいよ」
そいつは箱を弄びながらニヤニヤと笑っている。自分の実力を疑っていない。4対1のこの状況、だが雑魚をそろえようと相手にはならぬと好戦的な笑みを浮かべている。
「チィ。奴を殺して箱を奪え、グレイ!」
「……『シャドウグール』!」
また、鎌が影から生える。
「それは既に見た。種の明かされた魔法が私に通用するとでも? 随分と舐めてくれるじゃないか」
そちらを見もせずに柄を掴む指を蹴り砕いた。いくら魔法少女でも、手指を砕かれれば鎌は振り抜けない。影から現れることを知られていれば奇襲にはならないのだ。そして。
「クリムゾン!」
「……はい、『爆光』!」
一人を対処している間にもう一人が攻撃する。戦術としては稚拙だが、純粋に厄介な二段攻撃。けれど。
「……いっ!? ぎゃん!」
紅椿がそのまま影から引きずり上げたグレイの身体を蹴り上げる。宙に飛ばされたグレイの身体に魔法が当たって爆散する。
「確かに人数は原始的な力そのものだ。が、それはプロに限っての話だな。例えエージェントが指揮していようと、魔法少女の方が素人なら意味がない」
見下して笑ってやると、エージェントは顔を真っ赤にして怒鳴りつける。
「クリムゾン! ヴァーミリオン! ローズ! 奴を殺せ! 手足の全てを引きちぎり、五臓六腑を引きずりだして晒してしまえ!」
弾かれたように跳ぶ3人。もっとも、そのうちの2名までは魔法まで判明している。脅威にはならないと、紅椿は笑んだ。
「ならば、我が『紅椿』を見るがいい」
す、と手を掲げた。
「奴は呪符使いだ! 符を使われる前に叩け!」
『爆光』と『赤牙』が放たれる。
「――それだけか?」
こともなく手で受け止めた。否、既に魔法は発動している。炎が敵の魔法を舐め燃やし尽くした。
そして、護衛役だった最後の一人が先行して突撃する。
「私の魔法は『チェリーシュレッド』。この花弁に触れれば、人体なんてひとたまりもなく裂かれ砕かれる!」
攻防一体というより、防御に多く振り割ったような魔法。自身に纏わせた花弁は、触れるもの全てを切り裂くのだ。
「貴様の魔法がそれだけならば、ここで終われ。己が魔法に使われるだけなど、魔法少女である価値がないというもの……!」
だが、紅椿が纏った炎はその斬滅の力を込めた花弁すらも燃やし尽くす。性質としての相性ではない、魔法としての力の格が違った。
ただ強い魔法が弱い魔法を駆逐したというだけの話。
「そんな……!」
「さよなら」
ご、とこめかみに蹴りを叩き込む。玩具のように転がった先でだらんと手足が投げ出されて……ローズは死んだ。
「さあ、残りの二人も冥府へ送ってやろ……ッチ!」
銃撃を感知、背後へ飛んだ。
「え……軍人!? なんで、まだ小競り合いくらいじゃ……!」
「落ち着いて、クリムゾン! とにかく、新しい敵まで現れたんじゃエージェント様を逃がさないと」
あわあわと意味もなく周囲を見渡して焦る二人。
「境界大学の魔法少女二名を排除開始!」
「了解」
その間にケルベロス部隊は一つの生命のように有機的に連携する。躊躇いも、戸惑いも、憐憫さえなく動く冷静な軍人が冷たく慌てる魔法少女を睨みつけた。
「とにかく、今は銃をなんとかしないと」
「うん、あいつらを……」
逡巡、そして動いていく事態への対応の遅れ。そのすべては致命的だった。戸惑う二人の魔法少女は銃に恐怖したのか、そちらを対処しようと魔法を発動し――
「目標Aを攻撃、致命傷判定」
「目標Bを攻撃、致命傷判定」
その軍人達は既に銃を構えているのだ。そんな状況で悠長に魔法の発動など許されるはずもなく、眉間を撃ち抜かれて地に骸を晒した。
「HEY! いや、日本育ちの魔法少女は日本語しか話せないんだったよな? よう、紅椿。お前もεナンバーのオリジナルを回収しに来たのか?」
「隠す意味もないか。……高く買い取ってくれる知り合いが居るものでね。彼女たちが目的なら私はお暇してもいいかな?」
「ハハ、ジョークがうまいな、嬢ちゃん。お前もεナンバーだろう。適当に選ばれた精子と卵子に、そのεナンバーと呼ばれるSS級魔物の遺伝子の切れ端を突っ込んで生まれた化け物だ。ああ、そうだ。εナンバーは他にも脱走者が居たんだったか。そういう傾向でもあるのかね?」
「知らんよ。使用した遺伝子による性格や魔法の傾向など専門外だ。そういうのは研究者にでも聞いてくれ。魔法少女に人権が認められていない以上、人格どうのを言うのはナンセンスだがな。そして、私は奴を妹だなどと認めた覚えはない」
「おや、会ったのか。どうだい、あのすらっとボケた野郎の下で幸せそうにしていたかい?」
「能天気な面を恥知らずにも大衆の前で晒していたよ」
「……ハハ、そいつは傑作だ。まあ、いつの世もはみ出し者の末路は決まっているがな」
「出来るだけ無惨に死んでくれれば溜飲も下がる。ああ、それとも私のことを言っているのか? ならば無意味だ、死ぬときは戦場でと決めている」
「なら、ここで死んでおくかい? 我らはケルベロス、冥府の門を守る守護者。この牙を前に、傷跡の一つも残せたのならご喝采ってな」
「私を見逃す気はないか? これでも一般人には優しいと裏では評判なんだ」
「箱を置いていくならな」
「ならば仕方ない――ッ!」
「貴様ら、ふざけるなよ!」
守りを失ったエージェントが吠えた。
「黙っていれば何を勝手に話を進めている!? この私を無視するな!」
二人が同時に振り向く。
「「話の邪魔だ、死ね」」
銃弾と魔法が飛んだ。
「――は! それがどうした!? 我が境界大学の力を前に、軍も魔法少女も無力なのだ! この『アルテミス』にはどんな攻撃も通じん!」
光のバリアが防いだ。紅椿が放った魔法は手加減をしていない。少なくとも本気を出せば破れる程度の強度ではない。ならば、アルテミスの強度はそいつが自信を持つには十分であるのは間違いない。
「――」
「――」
軍人のリーダーと紅椿が視線を交錯させた。
「仕方ない、ではこの紅椿の魔法を見せてやろう。拝謁するがいい、軍人」
す、と懐から呪符を取り出した。
「……全て燃やし尽くせ」
すさまじいまでの符の魔力が解放される。一人で生き抜いてきた魔法少女の名に恥じぬ魔力量。こと攻撃に関してはこれ以上の魔法は中々お目にかかれない。
「ヒュウ!」
彼が口笛を吹いた。
「死ぬがいい。境界大学のエージェント!」
炎が走る。
「何度来ようと意味はない。『アルテミス』に小賢しい策など通用しない!」
「ならば試してやろうか? どこまで持つか!」
炎に巻かれ、しかしなおも余裕を失わないエージェント。……だが、じりじりと焼かれていくにつれて表情が陰り始める。
「……ッ!」
汗をかく。それは気温の上昇。これでは、『アルテミス』が耐えきれても中の自分は……
「やはり、全てを遮断することなど出来なかったな。わずかな熱は通す、ならばこのまま焼き殺すだけだ」
「ば……馬鹿な。境界大学のテクノロジーの粋が、こんな小娘に破られるだと!? ……熱い。ぐぐぐ。耐えられぬ……!」
バリアを解除すれば炎に巻かれる。けれど、解除しなくてもじわじわと焼き殺されていくだけだ。
「その炎は私が消さない限り不滅。そこで惨めな屍を晒していけ、エージェント。……さて、では本当の戦いを始めよう。軍人」
「ああ、来いよ」
タイミングを伺う一瞬。じりじりと砂のように過ぎ去っていく時間、出し抜けに断末魔が上がった。
彼が熱さに耐えられずバリアを解除してしまった。
「――ッ!」
その一瞬の隙を突いて紅椿の姿が消える。だが。
「そこか!」
銃声の連続。姿を現した紅椿は腕を押さえている。狙いの箱を取り落とし、後退した。致命傷ではなくとも、戦い続けることは難しい。
「……なぜ、分かった?」
「アンタの姿が消えた瞬間、サーモグラフで探した。そしてすかさず引き金を引いたのさ。それにしても姿が消えたのは魔法か? 二つ目の魔法を持っているなら、サンプルとして箱以上の価値があるということになるが」
「いやいや、買いかぶってくれるなよ。人間の意識と言うものは断続的でね。集中していても意識が切れる一瞬がある。そこで跳んで隠れれば姿を消せるという訳だ。単純なトリックだよ、魔法じゃない」
「やけに素直に教えてくれるじゃねえか」
「この身体に研究素材としての価値など見出されてしまったら困る。あと、実は姿が消えた瞬間にサーモグラフに切り替えられたら中々打つ手もなくてね。この服だって、実は見やすい色のようで反射しづらい塗料を上に乗せてたんだがな」
「あんたのトリックとアメリカのテクノロジーでは、テクノロジーが勝利したって訳だ。じゃ、あんたにゃここで死んでもらうぜ。紅椿の生存レコードも今日で終いだ!」
「やけに素直に教えてくれる、と貴様は言った。ああ、ただの時間稼ぎだ! 『裂光赫杓』!」
袖から取り出した何かを地面に叩きつけ、炎が走った。瞬間……ずずん、と爆発が大気を揺るがした。
爆炎が全てを叩き壊した後、兵士たちが炭から頭を出した。炎が走ったのを見た瞬間、全員が地に伏せた。これで威力の殆どが頭上を通り過ぎてしまった。
「――チィ。自爆か! あたり一帯ごと吹っ飛ばしやがった! 全員、無事か?」
「ケルベロス2、銃口に歪みを確認」
「ケルベロス3、装備に異常なし」
「……
更地になった爆発痕に立ち、わずか数十秒で被害の確認を終える。装備に多少損害はあるがおおむね無事。
戦闘継続に支障はない。けれど。
「あの爆発です。肉の一片すら残さず消し飛んだのでは?」
「……その前に、目当ての箱は無事か?」
「確保済です。箱に損傷はありません」
「ならいいさ。奴を追っても無駄骨だろうしな」
「リーダーは紅椿が生きていると?」
「ヤケになった目じゃねえ。あれは生き延びる気だった。ま、どれだけダメージを負ってるかは知らねえが。窮鼠に手を出して噛まれるのは趣味じゃねえ」
「承知しました。箱さえ手に入れられれば上も満足するでしょう」
「結果は上々。んじゃ、帰って酒飲んで寝るか」
「お供します」
「お、俺も俺も」
「仕方ない奴らだな。俺は奢らんぞ」
「そりゃないっすよ、リーダー」
ケルベロス部隊も引き上げていった。
そして、逃げた紅椿は。
「はぁ……はぁ……ぐっ」
苦痛に顔を歪ませる。逃げた後、マンホールをくぐって下水道に逃げ込んだ。捜索するのに人手がかかるから、軍や組織からの目から逃げるにはこれで十分だ。
「――」
不潔な環境。流れる血。普通の人間なら感染症にかかって死ぬが、魔法少女の体力なら生き延びられる。
けれど、こんなふうに傷ついた時、あの女なら。クルミと名づけられたあの少女ならどうなるかと考えて。
「くだらん」
気分が悪くなって吐き捨てた。どうせ、温かいベッドの上であの男に看病などしてもらうのだろう。まったく、魔法少女を何だと思っているのやら。
私はこれでいい。ただ戦うだけの存在、兵器に情けなど不要。
「私は魔法少女。奴とは違う……!」
虚ろな下水道の中、ぎりと歯ぎしりを響かせた。




