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第7話 裏の争奪戦  side:クリムゾン



 世界の裏側で暗躍する5つの秘密結社がある。それは世界を砕く5つの爪。日米連合に欧州、大国を憎み人類を滅ぼさんとするテロリストの巣窟である。

 それは【大災厄】で世界を滅ぼしかけた中国の系譜だ。過去に滅ぼし損ねた世界を完膚なきまでに絶滅させんがため、悪魔に魂を売り払った結果として闇そのものを煮詰めたような有様とまで成り果てたおぞましき者たちだ。


 テロリストになるために生まれて来たような大中華。とも言えるのだが……それは実際には因果が逆だった。


 実のところ、【大災厄】の原因である次元相転移式核融合炉の暴走は、中国に経済圏を掌握されることを恐れたアメリカ並びに欧州各国の破壊工作によるものであったからだ。それが成功していれば無限の電力の恩恵をあまねく世界にもたらし、中国こそが宗主国となれただろう。

 悪いのが大国だと、アメリカその他が知っていたがために逆に生き残った中国人を苛烈なまでに迫害したのが真実。追い詰められた彼らにテロリストになる以外の選択肢はない。大切な人が居るのなら、心中しか救いはなかった。

 なぜなら自分が正しいと証明するための方法は古来からただ一つ、他者の罪を裁く正義の執行人になることだった。だからこそ、目も覆うような虐殺が発生した。

 そして、数多の悪意に晒された数少ない生き残りは復讐を決意した。それが闇に消し去られた歴史。この10年の真実。


 哀れな被害者であり、冷徹なる加害者。5大組織の一つ、境界大学(ビエンジュ・ダンシェ)。彼らは復讐のため、魔法少女を開発・運用して実行部隊としてテロ行為を続けている。

 復讐の道具、テロリストの武器として生まれた魔法少女たちに自由はない。生まれた理由に従って戦い、そして無為に死んでいくだけだ。

 それ以外の生き方を知らない。幸せも、愛も知らずに使い捨てられる少女たちだった。


 そして、今宵も少女は使い捨てられる。日本が確保したSS級の魔物が遺した素材を奪うため、警戒厳重な港湾へと襲撃をかけるのだ。

 失敗する可能性があるが、後はない。境界大学も、中国の遺産など大陸ごと消し飛んだから支援者に頼るしかない。だが、最近は金を絞られていた。だから金に換えられない価値を持つ素材を狙う。研究データだけで億単位の金は動かせるその代物で挽回を狙っていた。


「――ダーク。定位置に着いた。合図を」


 彼女はクリムゾン。色を与えられた実行部隊の一人だ。称号として持つその名前、だがそれ以外にはナンバーしか与えられていない名無しの少女。

 口内で潰すように言葉をたぐった。骨伝導マイクならば十分拾える声量だが、しかしそんなものは身につけていない。

 電子機器に頼れば、いくらでもハイテクを導入できる日米混成部隊には敵わない。ゆえの魔法だ。ダークと呼ばれた古株、リーダー格の魔法少女。その魔法はテレパスだった。


「……」


 答えは返ってこない。他のメンバーが位置につくための指示を飛ばしているのだろう。声が届くかでさえ相手の胸先三寸。不安定な状況は、そのまま彼女の立場を現わしていた。

 だが、恐怖はなかった。生きる希望がなければ命に執着することもない。ただ命令を実行するだけの道具には、焦りも緊張も存在しないのだ。


〈行きなさい、クリムゾン〉


 ささやくような声が聞こえた。それは鼓膜を震わせていないが、耳元で囁かれたように感じる。始めはくすぐったかったものだが、もういいかげん慣れた。

 その声を皮切りに、物陰を脱し大きく跳ねた。


「敵性魔法少女を確認! 排除開始!」

「「「了解!」」」


 声が聞こえてくる。どうやら相手は4人である。パワードスーツに大口径の銃というスタンダードな兵士だ。

 ならば問題ない。やるべきことは皆殺し、とにもかくにも殺せばいい。目についた人間すべてを殺すのだ。


「……は。遅いぞ」

 

 戦闘特化の魔法少女。このクリムゾンの爪にかかれば人間などすぐに八つ裂きなのだから。

 嘲笑を口元で噛み殺し、腕を手繰った。


「本部! 地区B4に魔法少女出現、対処中!」


 マスクが闇夜を見通し、さらにパワードスーツが行動を補正する。跳び上がってから見つけられるまでにコンマ3秒、そこから引き金が引かれるまでプラスコンマ1。

 宙に浮かぶ無防備な状態を捕えた。魔法少女が持つ人外の脚力など関係なく、敵は銃弾をその身に受ける。


「わめくな」


 飛来した弾丸、その全てを紅の閃光が切り裂いた。これこそがクリムゾンの魔法。光の性質を併せ持つ糸を生み出し、自在に操る攻防一体の魔法である。

 全ての弾丸を切り裂き、宙に残った自身は糸をコンテナに引っ掛けて空中で加速、4人の後ろに着弾した。


「……糞が!」


 軍人たちが振り向こうとする。だが、その反応は遅すぎた。反射神経と言う限界を、機械のアシストは越えられない。


「遅いと言ったはず。貴様らはもう死んでいる」


 振り向く動きがトリガーになったようにバラバラと身体の各部が泣き別れして順番に地に落ちていった。

 ばしゃりと紅が広がっていく。命の灯火が消える様子を、何も感情もなく見送った。


「コードネーム『ストリングス』。敵は、境界大学(ビエンジュ・ダンシェ)……!」


 息も絶え絶えに情報を送る兵。肺に残った空気を使った遺言だった。この様では2秒ももたずに死ぬだろう。

 だが、見るに堪えぬそのあがき。


「生きあがくな。見苦しい」


 手を振り、その頭蓋ごとバラバラにした。


「……ッ!」


 飛来する銃弾を感知、糸で防ぐ。スナイパーライフル、その重さはアサルトライフルのそれとは比較にもならない。

 苦悶の声を漏らしつつ、その莫大な威力を逸らす。


「ぐ……! ツ……!」


 2発、3発と立て続けに襲ってきた攻撃。だが、最初の奇襲を防いだのにおまけとばかりによこされた銃弾に貫かれては恥に他ならない。

 意地にかけて防ぎ切り、視線の通らないコンテナの裏へ隠れた。


「はー。はぁ……ッ! うぐぐ……っ!」


 少女らしい小さな手が震える。恐怖ではない。感情の希薄な少女は死を恐れない。だから、これは身体的な反応だった。

 戦闘に特化した魔法少女との自負に負けず、戦歴は長い。テレパスを持つがゆえに司令塔になった魔法少女には及ばずとも、境界大学では5本の指に入る戦闘経験を積んだ。

 だからこそ、副作用が身体を蝕んでいる。禁断症状だ。


「くぅ……んッ!」


 震える手で太ももに貼りつけたケースを取り出す。注射器を取り出し、首筋に打った。それは麻薬の一種。

 魔力の源は幸福感。家族との時間、好きな人と一緒にいるとき、そういった時に感じるのが正しいそれだろうが。……しかし、それは”効率が悪い”のだ。使い捨ての魔法少女が相手なら、そんなサポートをする時間も手間も惜しむのは当然の合理的思考と言える。

 要するにクスリなら一瞬だ。大量生産したそれを配るだけ、耐性に多少違いがあろうとも効果に間違いはない。ならば手段として間違っていようとも力になるなら使うまで。魔法少女とはすべからく使い捨てなのだから。

 そして、このクリムゾンと呼ばれた魔法少女に選ぶ自由はない。


「――はああ」


 濡れたため息一つ。多幸感が身体を満たしていく。油断すれば失禁しそうになるが、耐える。

 これで対魔法コーティングを施された銃弾を弾くために余計に消耗した魔力は回復した。

 そして受けた指令は目についた者から殺せというものだった。ならば、スナイパーから始末する必要があるだろう。

 それに、仲間の戦闘音も聞こえる。強襲のアドバンテージがあるうちは順調に敵を殺して行っているようだ。ならば、私もまごまごしていられんと意気を燃やす。


「方向は分かっている。すぐにそちらに行ってやるぞ」


 攻防一体の糸。だが、糸はそれだけに収まらない。魔法少女は少女ゆえに軽い一方、膂力は人外のそれである。

 適当な場所に糸をひっかけ、思いきり引っ張ればパチンコの要領で自らを弾丸として飛ばせる。さらに空中で目的地へ糸をひっかけた二段ジャンプならば、それこそ一瞬で目的地へたどり着ける。


「さあ、覚悟するが……なにッ!?」


 積み重なったコンテナ、丁度3段目のそれ二つに糸を引っ掛けてパチンコ台を形成した。その瞬間にそれが来た。

 ……爆発。


「が……ッ!」


 意識が落ちる。魔法の服も万能ではない。銃弾に対しては滅法強いが、爆圧には弱い。斬撃も、骨を砕かれればもう戦えない。

 魔法少女を殺すなら、衝撃で動きを止めるのが合理的。麻薬で痛みを感じていないとしても、少女の脆い骨は簡単に砕けて動けなくなる。


「――」


 何が、起きた?


 爆弾、と理解できた。ならば、魔力感知式の地雷かと納得する。コンテナに仕掛けられたセンサが張った糸を感知、周辺を巻き込んで爆殺する手筈だったか。

 周囲のコンテナごと破壊するような真似は普通はしない。だが、今回は普通ではない。

 世界各国が狙う荷物、ならばコンテナの4つや5つ中身ごと壊れたところで問題ないと言うことか。

 

 周りを見渡すが何も見えない。どこかのコンテナに叩き込まれてしまったのだろう。これで、視線が通っていればスナイパーの餌食だった。


「まったく、不運だな。私も」


 苦笑を漏らす。これも悪運と呼べば良いのだろうか。死ねたのなら、こんな厄介な状況をどうするか考える面倒な真似などしなくて済んだ。

 けれど、腕も足も動くのだから――動かねばならない。

 相手は罠を張って待ち構えていた。これ以上に厄介な状況なんて経験したことがないとしても。


〈クリムゾン! クリムゾン、起きなさい!〉


 焦ったテレパスの声が聞こえてきた。鉄面皮のこいつも焦るような事態か。まあ、顔を見たこともないんだが。

 少しおかしな気分になった。ちょっとばかし気分がいい。


「聞こえている。どうした?」

〈あなたが意識を失っている5分の間に6名のうち4名までも失いました。そして、船は出港しつつあります。どうにか船を破壊して!〉


 このテレパスの声の主を除き、純戦闘用の魔法少女5名が強襲。生半な戦力ではないはずだったが、相手の準備の方が上回ったらしい。

 まあ、あんな大物を餌にする形になったのなら当然かと独り言ちる。


「おいおい、今回の任務に当てられたのがお前含めて7名だと話してよかったのか?」

〈……ッ! 失態ですね、我を失っていたようです。ですが、状況はそんな易しいものではない。そこはまだ敵にバレていない。見つかる前に急いで移動しなさい〉


「殺される前に特攻でもしろと?」

〈それがあなたの役目です〉


 ”特攻”。特攻と、繰り返し呟くごとに知らず笑みが深くなっていく。

 痛みはないが、そこはクスリと脳内麻薬の作用だろう。致命傷こそ受けていないが、アバラの一本や二本は折れているはずだ。

 この有様では相手に捕まり実験材料行きが関の山だが。


〈グレイは影の中に潜む能力を持っている。アレを奪い、彼女に託すことさえ出来れば任務達成の可能性が出て来ます〉

「無敵の魔法なんてない。現に、私もさっきの爆発でボロボロだ。例えば対魔法コーティングの銃弾なら、影に潜んでいても死ぬのだろう? この厳重な警戒を抜けられるとは思えないな」


〈……〉


 重苦しい沈黙が返ってきた。


「仕方ない、お目当てを奪った上に船を沈没させれば、騒ぎに乗じてそのグレイとやらが逃げるチャンスを作れるだろう」

〈お願いできますか?〉


「クク。お願いされるのは初めてだな。……まあ、やるだけはやってみるさ」

〈ご武運を〉


 ご武運を。先の言葉を胸中で繰り返す。おかしいな。ああ、まったくおかしな気分だ。ようやく死ねるからか? それとも、彼女を仲間と思えたから?

 なんにせよ。


「月が大きいな。死ぬにはいい日だ」


 ふとももを探るとアンプルは全て壊れていた。だが、それさえも笑えて来る。クスリでハイになって特攻する作戦はおしゃかだ。

 馬鹿になれないなら、自分の頭で考えて動かねばならない。


「さあ、行くぞ――人間ども!」


 最期の疾走を開始した。


「シィィ!」


 赤の糸を翻し、集まってきた6人の敵兵の銃をバラバラに分解する。命まで狙う暇はない、2,3本の腕を巻き込むに留まった。

 そして、すぐに宙へ跳ぶ。


「撃て撃て撃て撃て! 侵入者は残り二人だぞ!」

「バレているか。だが――我が命の灯を吹き消すこと、そうたやすいと思ってくれるな!」


 バラまかれた銃弾に構わず船を目指して飛ぶ。対魔法コーティングは魔法装衣の防御力を貫通する。

 だが、人は銃弾に貫通されたところですぐには死なない。


「かはっ。ははは――」


 わき腹と足に一発づつ貰った。魔力が足りないから急所だけを守っている。なに、腕を振るだけの力が残っていればそれでいい。それに、船を沈めるための魔力も残さなくては。

 まだクスリが残っているのか、身体の感覚は曖昧だ。だから痛みも茫洋として分からない。


「さあ、船をバラバラに分解して目的のものを探させてもらうとしよう!」


 たどり着いた。4分割にしてやるために糸を閃かせる。船全体を対魔法コーティングを施した装甲でカバーするなど不可能。ゆえに当たれば壊せる。

 当たる……その直前に。


「AAAAahaaaAAAHAa!」


 そいつが生じさせたバリアが、糸を弾いた。


「なん……だと……ッ!?」


 ――5つ繋がった四角柱!? 何だ? 生物、なのか?


 何かが居た。人間ではない、しかし魔物でもない。それは生命の息吹を感じる何かだった。幾何学的な意匠、動物よりも機械に近いように見えても。だが、脈動する魔力を感じる。それはどこか魔法少女と似た気配だった。

 けれどなによりもそいつの全身に白く輝く烙印が物語る。魔法少女が必ず持つ紅いそれ(烙印)に酷似したものが脈動していたならば、裏は察せられる。


「まさか。まさか、お前は。九州地区で行われているという魔法少女を使った人体実験。その成れ果てがその挙句か! 闇に潜んだ中国人も! そしてアメリカ、日本! どれだけ私たちを弄べば気が済むと言う!?」


 敵生命体が張ったバリアが消失する。直後、そいつの前方に赤い光が収束する。その目論みは明らかだ。


「ちィ!」


 糸を最大展開。盾を作って、そのビームを凌ぐ! 最後に振り絞った魔力で奴ごと船を真っ二つに。あとはグレイに任せる。

 そう算段を立てた瞬間にクリムゾンの意識が消えた。盾ごと蒸発してしまったのだ。わずかに残った足首だけが地上に落下する。


「え……?」


 クリムゾンの影に潜んでいたグレイが、影の体積が足りなくなって弾き出された。理解不能な現実にへたり込んで動けなくなる。


「oooAAAAAAA!」


 敵が意味不明な言語で叫び――


「なに……?」


 小首をかしげたグレイは放たれたビームによりそのまま消失した。



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