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第6話 病気の少女



 そして、朝が来た。


「うん、こんなものか」


 あの子があまりにもおいしそうに食べてくれるものだから、気合いを入れて早起きしてまで和食を作ってしまった。

 昨日は買い物に行く分だけでも早く帰ってあげたほうが良かったのかも知れないけど。まあ過ぎてしまったものはしょうがない。


「起きて、クルミ。今日は和食を作ったんだ。合成鮭の焼き魚定食。レトルトだけどお味噌汁もあるよ」


「まったく、他人事だが日本人の食にかける思いは頭が下がるよ。切り身だけとはいえ、魚を合成してしまうんだから。まあ、天然物に比べれば身の引き締まりが弱い気がするけど、それでも食べられるだけでありがたいしね」


「あれ……クルミ?」


 彼女は眠りは浅い方だ。昨日も声をかけたら起きてきた。けれど、今日は少し様子が違う。

 息が荒い。顔が赤い?


「クルミ?」


 ぜえぜえとうなされる彼女はたくさん汗をかいていて、よく見れば頬も少し腫れている。……一目見て分かった。風邪を引いてしまったのだ。


「あ……お兄さん?」


 苦しそうにこちらを呼んで手を伸ばす。その手を取ってあげると、彼女の目の焦点が合ってくる。

 顔を覗き込んだ。


「大丈夫? 風邪を引いてしまったんだね。ああ、これは悪いのは俺かな。昼、ちゃんとした恰好をさせてあげられなかったから」

「お兄さんのせいじゃ……。私、病気なんて、したことなかったのに」


 不安に揺れる瞳。苦しそうで、だけど無理やり起き上がろうとしている。


 ――例えば野生動物は具合が悪くなった様子を見せない。それは常に気を張り詰めているだけだ。表に出さず、深刻なダメージに至るまで我慢してしまう。弱みを見せれば死ぬだけだ。

 そう考えれば、これはマシな類だろう。安心して、気が抜けたと言うことだ。今ならまだ休めば治るのは間違いない。


 ……しかし、これでは俺の方は仕事に出るのは無理か。と苦笑する。


「大丈夫だよ。安心して、俺はここに居てあげるから眠って」

「……ごはん」


 赤い顔で何を言い出すのかと思えば、よりにもよってそんなことで。少し噴き出してしまった。


「ふふ。食いしん坊だね」

「……ごめんなさい」


 優しく彼女の頭を撫でてやる。さっきより顔が赤くなってしまった。微笑ましい。


「謝らなくてもいいよ。でも、風邪ならゼリーくらいにした方がいいかもね」

「焼き魚……」


「ああ、聞いてたんだ。ううん、でも消化によくないしな……」

「あう……」


 この世の終わりみたいな顔。たかが一食がゼリーになるくらいで。けれど、人生経験なんてないに等しい彼女だ。

 一秒一秒が大切なのだろう。ちゃんとした食事なんて、昨日のに加えて今日が2回目か。


「そんな顔しないでよ。ああ、そうだ。食べやすくすればいいだけか。少し待っていてくれる? ちゃんと食べた方が回復も早くなるだろうしね」

「うん……まってる。お兄さん」


 苦しそうな顔でほほ笑む彼女の頭を撫でてあげて、キッチンへ行く。鮭の身をほぐして、ご飯と混ぜる。そこに顕粒だしを溶いたお湯を注いで醤油で味付けすれば完成。

 そういえばお茶など使っていないのになぜお茶漬けなのかと、益体のないことを考えつつ急いで彼女の元へ。


「あ……お兄さん」


 この子はずっと扉を見つめて待っていたらしい。


「お茶漬けにしたから食べやすいと思うよ。身体は起こせる?」

「はい。……んっ」


 上気した顔。そしてほんのりと赤く染まったうなじがちらりと見えた。それが妙になまめかしく見えて。


 ――いけないいけない。


「さましてあげる」


 息を吹きかけて、彼女の口へ匙を運ぶ。


「はい、あーん」

「あーん……はむっ」


 苦しそうだった彼女に笑顔が浮かぶ。


「おいしい?」

「はい」


「じゃあ、沢山食べて元気になってね」

「……はい」


 嬉しそうに口を動かす彼女の口元へまた匙を運ぶ。もう1度、またもう1度と運ぶうちに器は空になった。


「後は薬を飲んで寝るだけかな。いや、汗がそのままじゃ気持ち悪いよね。濡れタオルを持ってきてあげる。拭ける?」

「う……あの……」


 もごもごと、躊躇うように口を動かす。


「ならしょうがない。やってあげる。少し待ってて」

「……はい」


 気付かれていないと思っているのだろうけど、彼女はうつむきながらも悪戯を成功させた子供のような顔をしていた。

 

 ――そういうことしてると、自分が悪戯されちゃうものだぞ。なんて思っても、手は出せないが。


「それじゃ、後ろを向いて服を脱いでくれる?」

「ん……」


 もぞもぞとパジャマを脱ぐ。腕を引き抜くと、小さな肩が見えてくる。そして肩ひも。キャミソールだ。色はピンク。ブラはつけていない。可愛らしいピンクがあつらえたように似合っている。


 キャミソールを下から引き抜くとまぶしい背中が見えた。傷一つない奇麗な体。子供らしい筋張った、しかし触れたら柔らかそうな白い背中。

 つつ、となぞりたい誘惑に抗いながら冷たいタオルで汗を拭っていく。


「……ひゃっ」

「冷たすぎた? 大丈夫?」


「ううん。気持ちいいよ、だいじょうぶ」

「……」


 変な意味に聞こえて動きが止まってしまう。


「お兄さん?」

「なんでもない。前は自分で拭いて」


「ん……」

 

 渡したタオルで前を拭く。前に回れば絶景が見えるのだろうと思いつつ自重する。


「ねえ、お兄さん」


 胸を腕で隠して振り向いた。小さなお胸、だけど腕も細っこくて。大事な場所は見れないけど、腕の下からちらりと覗く。

 ごくりと息を呑み下す。


「終わった?」

「足の方も、拭いてくれる?」


「しょうがないね」

「ありがと……」

  

 彼女は残ったパジャマから足を引き抜く。パンツは布団で隠しているけど、下手だから隙間からピンク色が覗いてしまっている。


「冷たいけど、我慢してね」

「だいじょぶ……」


 細い足をタオルで拭う。腕よりも足の方が肉付きがいいのか、感触がダイレクトに伝わってくる。

 力を入れるとすぐに骨に当たってしまうけど、優しく触ってあげると何よりも柔らかく、けれど確かな瑞々しさが返ってくる。


「反対も」

「うん……」


 今度は布団をめくって足を出す時にパンティにあしらわれたリボンまで見えてしまった。気を取られないようにしつつ、反対側の足も汗を拭う。

 感触を味わうのは不可攻略だ、しょうがない。


「すっきりした。ありがとう、お兄さん」


 邪気のない笑みを浮かべる彼女に替えの下着を渡す。


「じゃ、これに着替えて寝てね」

「ん……わかった」


 部屋から出ていく。


 リビングに出るとカーテンを締めてスマホを取り出す。とある電話番号にかける。ごく普通の商社、HPにも記載されているごく普通のそれへ。

 ただし、そこは閃が勤めている会社ではない。


 ――プー、プー、プー


 三つ目の着信音が鳴ったところで電話を切る。さらに別の番号へ電話をかけて同じ行為を繰り返す。4回目は5回、5回目は1回で切った。

 そしてバッグの隠し底に入れた二つ目のスマホを手に取る。


 ――プルル、プルル


 どこからか電話がかかってきて、2回目で出た。全てが符丁だ、特殊なやり方で連絡を回すことで例え怪しまれても大切なところにはたどり着けないように予防線を張ってある。


「や、どうしたね【斬滅者】君。電話かけて来るなんて珍しい」

「そう言ってくれるなよ【異見者】様。リーダー様様から私用に使うなと言われたんだ」


 帰ってきたのは勝気な女の子の声。それでもリーダーやクルミほどには幼くない。

 同じくリーダーに付き従う者同士、顔を合わせたこともある。彼女には大人になり切れないアンバランスな魅力があった。


「ハハ。女の子と見たら仲良くしたがる君が悪い。自重しな」

「耳に痛いね。君はどちらかと言えば僕に近い立ち位置だと思ったけど」


「ああ、世界が終わる前にやれることはやるさ。けど、あいつらみたいに燃え尽きてもなお輝き続けるほどイカれてもいない。あれは英雄と言う名の化け物だ。似た感じの異名を付けられたお前さんだが、前から違和感を感じてたもんな」

「あとはリーダー様派ってのもある」


「カハハ。我が強い奴らばかりだからねェ。で、今日は何用? ルナ様の言いつけは守るアンタだ、当然言い訳は用意してあるんだろ?」

「今日、俺の担当区域を面倒見てもらえない? それが用件」


 少し息を呑む音が聞こえてくる。まあ、サボりを疑っただけかもしれないけど。


「それは……まあ、今日だけなら無理じゃないけどね。一応聞いておくけど、ルナ様の指示で色々やってる関係?」

「そ。俺もけっこう苦労してるんだ」


「日本で起こってるアレコレが? よりにもよって君に、ルナ様が政府関係を頼むとは思えないんだけど」

「そっちはついで。忙しいのは本命の方だよ」


「……ふうん。ま、詳しくは聞かないよ。そんじゃ貸し一つだ、それと魔物撃退は無差別でいいんだろ? 私、実は戦うのは苦手だしな」

「そこまで頼む気はないさ。担当を代わってもらえるだけでありがたい。今日一日頼んだよ」


「おっけ。我ら人類に夜明けを」

「我ら人類に夜明けを。……久しぶりに言った気がする」


「私たちの合言葉でしょ? じゃ、またね」

「ああ、おそらく近いうちにメンバー招集もかかるだろう」


「前線の意見? なら私もその空気を吸わせてもらうとしますか」


 ブツ、と切れた。


「さて、と――」


 会社のことはこれでいい。今日一日は外しても問題ないだろう。だから後は、あの子のことを考えるだけ。

 冷めた飯を碌に味あわずにかっこんで、スポーツドリンクを持って彼女の元へ行く。


「……」


 目を閉じて、静かにベッドで横になっている。でも。


「クルミ、起きて待ってたんだ」

「……ごめんなさい」


 目を開けてこちらを見る。待っていたのは見れば分かる。

 彼女が寝ている横にそっと座る。彼女は小さい。ベッドに腰かけても十分スペースは余る。不安げな瞳に笑いかけてやる。


「いいよ。ここに居てあげるから、安心して寝な。俺は君のそばに居るよ」

「ほんと?」


 頭を撫でてやると、安心したように目を細めた。


「本当。さあ、目を閉じて。ずっと手を握っていてあげるから静かに眠ろうね」

「うん……お兄さんの手、あったかい」


 そのまま5分もそうしていると寝息が聞こえてきた。


「まったく、子供と言うのは手がかかる」


 ぼやいた声。けれど、それも悪くもないとそう思えた。




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