外伝 アナスタシア事件 ~その2~
――数日後。
この日は曇天だった。
雷雲が空を覆っている、
だが、雨粒は落ちていない。
「あんな情けない連中とは縁を切ったわ」
例えフリとはいえ、こんな事を言うと阿弥の胸が痛む。
彰も優も慎二も大事な友達なのだ。
「あの後、私たちに八つ当たりしてくるんだもの。最低よ!」
杏華に至っては精霊学園の男子生徒達の1人と腕まで組んでいた。
そう、阿弥と杏華はおびき出す役をしているのだ。
普通に考えれば、
「引っかかるものかな?」
と杏華などは首を傾げてしまう。
それが普通の反応だった。
「男はバカで単純だし、2人とも可愛いから楽勝だ」
しかし彰はキッパリと断言する。
はたして杏華の疑念は杞憂に終わり、彰の言う通りになった。
精霊学園の男子生徒達はデレデレと鼻の下を伸ばしている。
食事を済ませた後はどうするか聞かれ、
「人気がない所、に行きたいかな……」
頬を紅潮させ、もじもじしながら阿弥が提案すると、まんまと乗ってきた。
大根役者ともいえる演技なのに、例の廃工場へ向かうことになったのだ。
「ほんとに来たよ」
優は半ば呆れ顔で言った。
「彰の言った通りだな」
「慎二も同じ手に引っかかりそうだがな」
「ひ、否定できん……」
彰の指摘に慎二はガックリとうなだれる。
廃工場で彰達3人の姿を認めて、精霊学園の男子生徒達は目を丸くした。
阿弥と杏華に嵌められたと気付いたのだ。
しかし、この前痛めつけた連中だと思いだし、すぐさま冷静さを取り戻した。
「懲りない奴らだな」
鼻で笑いながら、今回は最初から精霊魔法を行使すべく印を結び始めた。
ビシっ!
「痛っ――!」
エアソフトガンから放たれるBB弾が精密射撃さながら、精霊学園の男子生徒達の手に次々と命中する。
エアソフトガンを手にしているのは優、阿弥、杏華の3人なのだが……。
「阿弥ちゃん、凄いね」
隣にいた優が目を瞠った。
サバゲー経験者の優であっても、なかなか手に当てるのは難しいというのに、阿弥はほほ百発百中で無駄弾がほとんどない。
ゲームではなく実戦を経験したことでもあるのか、尋常ならざる技量と集中力の持ち主だ。
少なくとも、こんな高校生を優は見たことがなかった。
「いけるぞ!」
彰は心の中で快哉を叫んだ。
予定通り精霊魔法を封じている、その事実だけで十分だった。
彰と慎二は地面を蹴り駆け抜け、精霊学園の男子生徒達に接近するなり、その顔面に拳を叩きつける。
精霊学園の男子生徒達は、精霊魔法を封じられてしまったことで、すっかり戦意を喪失していた。
「この程度で……?」
仮にも将来を期待されている精霊使いのはずである。
それがあっさりと勝負を投げたのだ。
そんな不可解な思いに捉われるも、彰に無抵抗な相手をいたぶる趣味はなかった。
殴りつける手を止める。
「おい! 誰か来る!」
歓迎されざる訪問者の存在に、いち早く慎二が気付いて注意を促す。
警邏中の警察官に見つかったら厄介だ。
誰も彼も一斉に物陰に身を潜める。
みんなの顔には緊張が走った。
新たな廃工場の訪問者は、予想していたのとは全く正反対の人種だ。
むしろ警察官の方がまだマシだった。
黒いサングラスをかけ黒いスーツを着た黒服姿の男と、うだつの上がらなそうな風采をしたサラリーマン風の男、そして妙齢の金髪の女性という組み合わせは、何やら犯罪の臭いが漂っている。
特に黒服は悪人としてテンプレに過ぎた。
「あれは人間なのか……?」
彰は口中で呟く。
金髪の女性の顔色が無表情を通り越し、無機質だったからだ。
「では、これを」
サラリーマン風の男がアタッシュケースを黒服に手渡す。
黒服はアタッシュケースの中身を確認すると、口笛を鳴らした。
「日本人は金持ちだねえ。よくこれだけの部品を集められたものだ。これでまたマトリョーシカ(人形)を数体製造できる」
アタッシュケースの中身の精密部品を目にし、黒服は白い歯を見せる。
この部品は入手しづらいのだ。
「これが、そのマトリョーシカなのかね?」
金髪の女性を、サラリーマン風の男がまじまじと観察する。
「表情が機械的なことを除けば、人間とまるで変わらないように見えるが……」
それほど精巧に作られている、との証左だった。
「AIに調整を施せば、より人間らしくなる。調整それ自体は簡単だ」
「こんなものを作り出すとは、よほど優秀な技術者がいるとみえる」
「仰る通りですよ。それに必要とあれば夜の相手も務まるように出来ていますよ」
黒服が下卑た笑みを浮かべた。
それこそ、調整次第だ。
「そ、そのような事を求めているわけではないが……」
「苦労に見合った以上の働きは保証しますよ」
2人のやりとりは事情を知らない者からすれば、金髪の女性を売買しているように聞こえただろう。
彰は嫌な予感がした。
そして、残念なことにそれは的中してしまう。
「お前ら、そこで何をしているんだ!?」
そして、よせばいいのに正義感を振りかざす人間もいる。
精霊学園の男子生徒達だった。
これは勇気ではなく、蛮勇だ。
「精霊使いとして、悪事は見過ごせないからな」
間違った行為ではない。
間違ってはいないが、正しい行為をするには実力が足りていないように彰は思う。
恐らく黒服は本物の拳銃を所持しているだろうし、金髪の女性は得体の知れない力を秘めているのが予想できた。
それなのに、飛び出すとは。
彰は頭を抱えた。
「なんだ、子供か」
場数を踏んでいる黒服は、余裕の構えだ。
学生相手に動揺する理由は微塵もない。
「興味本位で首を突っ込むと、死ぬぞ?」
くつくつと黒服は喉を鳴らす。
その模様を眺めながら彰は迷っていた。
このまま傍観するか、精霊学園の男子生徒達に加勢するか、はたまた逃げ出すか――。
頭上で雷雲がゴロゴロと鳴り始める。
結局、彰は決断を下せないまま、成り行きを見守る形になってしまった。
「デモンストレーションには物足りない相手だが、見られたからには仕方ない」
黒服が金髪の女性に二言三言、耳元で囁く。
指示を出しているのだ。
「了解しました。マスターとそちらの方以外の、全ての人間の排除ですね?」
与えられた命令を、金髪の女性は復唱した。
「そうだ」
「では8人全て抹殺します」
「待て! 8人だと?」
言われた黒服は、周囲を見渡すが精霊学園の連中以外、他に誰も見つからなかった。
「はい、マスター。物陰にまだ5人ほど隠れています」
だが金髪の女性は断言する。
「なるほど、さすがだな」
金髪の女性の『性能』を熟知している黒服は、ニヤリと口元を緩めた。
機械の彼女は人間以上の感覚を備えている。
「そんな事までわかるのかね?」
「御覧の通り。これでもまだ性能の一端に過ぎないがね」
「苦労して言われた物を集めた甲斐があったか」
サラリーマン風の男が満足気にマトリョーシカと呼ばれる、金髪の女性に好奇の目を注いだ。
素晴らしい取引をした。
これで復讐を果たせるというものだ。
「阿弥と杏華は逃げるんだ」
阿弥からひったくるようにエアソフトガンを奪うと、彰は覚悟を決めた。
その身を晒し、精霊学園の男子生徒達の横に隣に並ぶ。
「手伝おう。あいつらはヤバイ」
「いらん。さっきだって、本気じゃなかったんだ」
精霊学園の男子生徒達は、彰の忠告に耳を貸さずに印を結び始めた。
その間に杏華は阿弥の手を引っ張り、この場を離れようとする。
「阿弥……?」
杏華の手を阿弥は振りほどき、じっと黒服を見据えて佇んでいるのだ。
そして意を決したように、阿弥は告げた。
「ごめん、杏華。先に行ってて」
「ちょっと、どこに行くの? 阿弥!」
追いかけようにも阿弥の足は速く、距離は広がるばかりで杏華は途方に暮れてしまう。
それに彰達に危機が迫っていた。
「何故ここにいる……」
幸い、黒服の独白はサラリーマン風の男には届いていないようだ。
思案した挙句、新たな命令を金髪の女性に出す。
「女は殺さずに捕えろ。若い東洋人の女は高く売れる」
「了解しました、マスター」
金髪の女性は恭しく一礼すると、精霊学園の男子生徒達を目がけて突進を開始する。
精霊魔法が飛来するが、マトリョーシカである金髪の女性はスピードを全く落とさずに肉迫し、
「ぶっ、ぶはっ!」
一瞬で易々と手刀で胸板を貫いた。
無論、その男子生徒は即死である。
「な……」
その光景に彰は絶句し、体が竦んでしまう。
そして、また1人、今度は首を撥ねられ盛大な血飛沫をあげながら、ただの肉塊になった時、
「みんな逃げろ!」
恐怖を振り払うように彰は大声で叫んだ。
少しでも気を逸らすためにエアソフトガンを連射する。
「くそ!」
悲惨な状況下で彰は吐き棄てた。
精霊魔法が通じない相手に、BB弾が効くはずがないのだ。
金髪の女性は、残った精霊学園の男子生徒の首を片手で絞め、くびり殺してしまう。
それでも彰は引き金を絞り続けた。
みんなを助けるために、少しでも時間を稼ぐ必要があったのだ。
しかし、その努力は実らなかった。
金髪の女性が印を結び始めたのである。
「精霊魔法が使えるのか……」
彰の全身が脱力感に襲われる。
全ては徒労に終わるのだ。
「旋風の鎌!」
精霊魔法が完成し、風の力で顕現した鎌が優を、慎二を、そして彰を襲う。
それはまるで死神の振るう鎌のようだった。
彰は生を諦めて両目を瞑り、目前に迫った死を受け入れる。
こんなときでも、雷雲が轟いているのが気になってしまうのが、おかしかった。
「岩石の棺!」
岩石の棺が地面から生え、彰の身を旋風の鎌から、死から守った。
一体誰が?
「ごめんなさい。私の力では彰1人を守るのが精一杯よ」
悲痛な表情を浮かべている杏華が、己の力不足を嘆いた。
それで優と慎二が死んだということを、彰は察する。
ぽつり、ぽつりと雨粒が空から落ち始めた。
「杏華、精霊魔法が使えたのか……」
「今まで黙っていて、ごめんなさい。でも!」
「別に怒っていないさ。ただ、その力を自分が逃げるために使って欲しかったけどな」
「私が食い止めるから、彰は逃げて」
杏華は再び防御魔法を展開すべく印を結ぶ。
しかし、この惨状を目の当たりにして、彰は呆然と突っ立ったままだった。
せっかく杏華が使ってくれた時間を、無駄にしている。
――何をしても、もう助からない。
彰にはそれがわかったからだ。




