外伝 アナスタシア事件 ~その1~
外伝なのに長くなりそうです。
織姫に宣言した通り、悠斗は義理の妹と2人きりで外出していた。
場所は北海道の札幌市。
偶然、悠斗が特一級精霊使いの伝手で格安の航空券を入手できたという理由から、場所が選定された。
織姫に不満は一切ない。
むしろ邪魔が入らず、兄妹水入らずの時間が過ごせることを感謝した。
若い2人は観光名所をあちこち回る。
奇しくも12月24日、25日を観光に費やし織姫は濃密な、悠斗は戸惑いの時間を過ごした。
2人きりでホテルの同じ部屋に泊まったりするが、特に何かあったわけではない。
それならばとうの昔に、家でそうなっているだろう。
そして12月26日。
悠斗と織姫は戦闘に遭遇する。
「高城か」
外見は人間だが、動きが明らかに常人を超越している『何か』を高城彰は相手にしていた。
しかし彰は、その敵と戦いなれているせいか落ち着いて対処している。
「炎熱の重量刀!」
タイミングを見計らって、悠斗は精霊魔法を放つ。
さすがに見て見ぬフリは出来なかった。
炎熱の重量刀の援護が効いたのか、彰は呆気ないほど簡単に敵を退ける。
「手を貸してくれたことを、感謝するよ」
彰が織姫の事を気にしながら、悠斗に礼を述べた。
阿弥ではない。
頭では理解していても、気持ちは抑えきれない。
「これがマトリョーシカか」
噂には聞いていたものの、悠斗は実物を目にするのは始めてだった。
強烈な精霊魔法を浴び、機械がむき出しとなっている。
「ああ。香港軍の劣化版ではなく、本物のマトリョーシカだ」
実は彰は唐突にマトリョーシカが出現したことに違和感があったのだが、表には出さなかった。
推理はしているが、まだ証拠がなかったからだ。
「……アナスタシア事件について聞かせてもらいたいのだが、駄目か?」
悠斗は彰を正面から見据える。
前々から興味があったのだ。
当事者に聞くのが一番手っ取り早い。
「せっかくのクリスマスデートを邪魔したら悪いさ」
空気を読んだ彰は断った。
それに、あまり思い出したくない出来事でもある。
「私も気になります。特に阿弥さんという人が」
これ見よがしに似ていると言われれば、気にならない方がどうかしていた。
織姫も例外ではない。
「……わかった。後始末が済むまで、待っていてくれ」
やや顔を曇らせながら、彰は首を縦に振った。
アナスタシア事件。
彰の人生を変えた一件である。
彰、悠斗、織姫の3人は学生らしく近くのファミレスに入った。
それからしばらくして、金髪の男が入店し、3人の会話が聞こえる席に着く。
金髪の男の名はヴィクトル・グラジエフ。
ロシア人だ。
先ほどマトリョーシカを彰にけしかけた張本人である。
「だいたい今から1年と4カ月ほど前の事だ」
彰の口からアナスタシア事件が語られる。
ヴィクトル・グラジエフはじっと聞き耳を立てた。
他校の生徒と喧嘩をして、負けた。
「喧嘩に精霊魔法を使用するとか、有り得ないだろう!」
彰の憤りは収まらない。
精霊学園第一分校の生徒と揉めて荒事になってしまったのだ。
そして、まだ高校生とはいえ精霊使いである彼らは、事もあろうに精霊魔法を放ってきた。
それで打ちのめされたあと、彰は仲間とファミレスで仲間と愚痴り合っている最中だった。
3人が入ったファミレスである。
「ご、ごめんなさい。私がハッキリと断っていれば……」
申し訳なさそうに冬月阿弥は俯いた。
嫌がる阿弥にしつこく付きまとっていた精霊学園の生徒達を、彰達が止めに入って喧嘩になったのだ。
「別に阿弥のせいじゃない。しつこいアイツらが悪いんだ」
憮然として彰は言い放った。
「彰の言う通りだよ、阿弥ちゃん」
そう阿弥を励ますのは風間優である。
「お~、よしよし。阿弥は可愛いからね」
奥村杏華は、ぎゅっと阿弥を抱き締め頭をナデナデした。
「あ~、それいいな。奥村、俺にもしてよ」
女子2人の様子を澤村慎二は羨ましげに眺める。
「ダメ~!」
あっかんべ!
と杏華は舌を出した。
いつも、この5人でつるんでいた。
同じ高校のクラスメートで意気投合し、休日などは良く一緒に出掛ける仲である。
夏休みの1日である今日も事前に予定を立て、みんなで青春の1ページを過ごす……、はずだった。
「ちょっと早かったかな?」
いつも阿弥は待ち合わせ時間よりも早く、待ち合わせ場所に到着してしまう。
律儀、といえば聞こえはいいが他人を待たせてしまうことに気が退けてしまう性分なのだ。
道行く人々の、特に男性の視線が痛かった。
大きな眼が特徴的で、笑うとえくぼが可愛い美少女といって良いルックスを有しているためだ。
そして、しょっちゅうナンパされる。
このときもそうだった。
「おっ! 可愛いじゃん」「どこの高校?」「俺達、精霊学園に通っているんだけど」
3人の、それも精霊学園の男子生徒に次々と口撃された。
札幌市には第一分校が存在する。
「あの、困ります。待ち合わせをしているので……」
これでも阿弥としては、気丈な断り方だった。
待ち合わせをしている旨を伝えれば、概ね今までは追い払うことが出来たのだ。
「え~、いいじゃん。そんなの放っておいて、俺達と遊びに行こうよ?」
だが、目の前の精霊学園の男子生徒達は執拗に食い下がってくる。
どうも自信過剰に見えた。
「え? あの……」
どうしたら良いかわからず、阿弥が棒立ちていると、
「俺達のツレに何か用か?」
彰が現れ阿弥と精霊学園の男子生徒達の間に割って入った。
優に慎二、杏華もいる。
阿弥は心底ほっとした。
何ら臆することなく、彰は精霊学園の男子生徒達を睨めつける
自分たちの仲間にちょっかいを出されて、一歩も引く気はなかった。
「おいおい、こいつらやる気だぞ」
明らかに人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、
「ついてこい。ここじゃ人目につくからな」
精霊学園の生徒達は場所を変えるように促した。
こんな安い挑発に乗る必要は全くないし、無視して違う方角へ足を運んでしまえばいい。
しかし頭に血が上っている彰に、逃げると言う選択肢はない。
それに阿弥にだけは失望されたくはなかった……。
まだ正午前だというのに、街外れにある廃工場の空き地は全く人気がなかった。
深夜になれば、いかがわしい連中が何かしら悪巧みや、危険な取り引きでもしていそうな趣の場所である。
そこで彰達は存分に拳を振るっていた。
「何が精霊学園だよ!」
もともと彰は精霊学園の生徒が気に食わなかった。
精霊学園の生徒は政府から優遇措置が施されている。
ゆくゆくは国防を担う存在なのだから、それは仕方ない。
その身を危険に晒し、己の命を盾に国家と国民を守る役割が待っているのだ。
ところが精霊学園の生徒は、そんな未来予想図を理解できていない物ばかりだった。
――特別な力を持った、特別な人間。
そのことしか頭にない、エリート意識に凝り固まった生徒ばかりである。
そのくせこうして拳を交えて見れば、てんで大したことがない。
腹立たしい事この上なかった。
周囲に目を向ければ、優も慎二も有利な状況だ。
「こんな連中を優遇する意味がわからん」
彰は吐き棄てた。
これで将来使い物になるのだろうか?
「今から教えてやるよ……」
ドン!
と彰を突き飛ばして強引に間合いを取った精霊学園の男子生徒は、ある法則に従い虚空で手を動かし始める。
この当時、まだ精霊と契約していない彰に、その手の動きが何を意味するのか知る由もない。
ただ呆然と見入ってしまった。
「火の石!」
こらえきれず精霊魔法を行使したのだと彰がわかったのは、燃え盛る石をまともに喰らった後である。
ろくに抵抗も出来ない。
「ぐあ!」
呻き声をあげて、彰はその場に崩れ落ちた。
目を転じれば、優も慎二もすでに倒れている。
「あなた達、いくら何でもやり過ぎよ!」
杏華が庇うように彰を抱き締め、キッと睨みつける。
「普通の人間が精霊使いに盾突くからそうなる」
精霊学園の男子生徒達は嘲笑を浴びせ去って行った。
精霊使いと普通の人間には、歴然たる差がある。
「こんなの許せない……」
杏華は下唇を強く噛み締めた。
精霊魔法を一般人に向け放つなど、あってはならない。
そのことを杏華は身に染みていた。
「ああ、俺もだ」
情けない所を阿弥に見られている。
彰はそう思うが、何も出来ない。
眉の下に鋭い眼光を閃かせて、彰は胸に湧いた悔しさに耐えるだけだった。
そして落ち着いた彰達は、遅い昼食を取りにファミレスに入ったという次第だ。
情けない……。
「問題は精霊魔法をどう防ぐかだな」
右手で顎をさすりながら、彰は思索に耽る。
仕返しする気満々だった。
「あの、私、ずっと見ていて思ったんだけど……」
おずおずと発言する阿弥に、4人の耳目が集まる。
「手を動かして精霊魔法の準備をしていたから、それを邪魔すれば精霊魔法は使えなくなるんじゃないかな?」
「なるほど、確かに空を手で切っていたな」
彰はあのときの光景を思い出していた。
妙に的確な指摘に、どこか違和感を覚えつつも、阿弥の言う事に異論はない。
「じゃあエアソフトガンなんかで手を狙えば効率的かな。よくサバゲーやるから、僕が用意しておくよ」
「さ、サバゲー? 優にそんな趣味があったとは」
「こう見えてもチームで頼りにされているんだよ、慎二」
自慢げに述べると、優はエアソフトガンの中でも電動ガンの調達を請け負ってくれた。
他にも精霊学園の男子生徒をおびき寄せる方法など、作戦の細部を煮詰めていく。
みな一泡吹かせようと一生懸命だった。
ただ、あくまで高校生同士の喧嘩の域を出ない。
このときは誰も予想できなかった。
まさか、あんな事件に巻き込まれることになろうとは。
そして、この場にいる何人かとは、2度と会うことが出来なくなってしまうとは。




