番外編 課長の仕事 ~その2~
とあるビルの一室に、精霊レンジャー課の本部がある。
そこで日南は様々な書類の決裁をしていた。
精霊レンジャー課はその性質上、現場の人員が多く、デスクワークを行う者が少ない。
そこで課長の日南が書類相手に格闘しているのだ。
あまり精霊使いとしての能力が高くない日南に、おあつらえ向きの仕事かもしれない。
ちょうど全ての書類が片付いたタイミングで、電話が鳴る。
もちろん日南しか出る者はいない。
「はい。精霊レンジャー課です」
渋々、日南は不機嫌そうな声で応対した。
相手が坂巻と知った時点で改めるのだが。
「今、都心のホテルで毘沙門一家、南米の麻薬組織、そして……」
受話器の向こうで、坂巻がその先を口にするのが躊躇われているのが日南にはわかった。
どうして言葉に詰まったのか、日南は大人しく待つ。
「福永外相が会談しているとの情報を掴んだ」
「福永外相が!? 坂巻さん、それは本当ですか?」
だから坂巻が迷っていたことが真実を告げていると日南は察していたが、それでも確かめずにはいられなかった。
日本の外務大臣が麻薬の密輸に関与しているなど、あってはならないことだ。
「残念ながら本当だ。すでに上にも報告してある」
非常に残念そうに坂巻は言った。
精霊レンジャー課と同じく、公安9課の上というのは総理大臣のことだ。
「わかりました。今すぐ向かいます」
一度受話器を置き、日南は再び受話器を持ち上げた。
ゆりあに連絡するためである。
平日だが、すでに夜の帳が降りていた。
電話をしても、問題無いだろう。
「この番号、日南さんですか?」
「ほう! よくわかりましたね」
「兄から日南さんが使う番号を聞き出しましたので」
なかなか用意周到な、ゆりあだった。
日南は現状をかいつまんで伝える。
「わかりました。今すぐ現場に向かいます」
そう言って、ゆりあは電話を切った。
日南も急ぎタクシーを呼び寄せ、ビルの出入口へ走る。
とにかく現場へ向かうのが先決だった。
「坂巻さん」
日南はホテルの一室でモニターに見入っている坂巻に声をかけた。
ゆりあも一緒だ。
「おう。早かったな。すでに包囲は完成しているが、問題はこいつだ」
そのモニターには別の一室が映されていた。
複数名いるが、うち1人は確かに福永外相だ。
坂巻が指差したのは、別の男である。
「これは、コロンビアのエスコバルですか」
片頬を歪めた笑みを浮かべて日南は記憶の意図を手繰り寄せた。
それなりに名の知れた精霊使いだ。
「公安9課の精霊使いでは、対抗できん」
坂巻は禿げた頭を掻いた。
だから日南を頼ったわけだが。
「私はこの人の相手をすればいいんですね」
ゆりあはモニター越しにじっとエスコバルを見据えた。
「その通りですよ、ゆりあさん」
朗らかに日南は言うが、結局面倒を押し付けているのである。
人を上手く使うのも、課長の仕事だ。
「ん? こちらの少女が例のディスクを?」
じろりと坂巻はゆりあを睨んだ。
器量を推し量っているような目つきだった。
「ええ。紅悠斗の実の妹です」
「そうか。ならアテにしても良さそうだな」
日南の言葉で坂巻は年端もいかない少女を連れてきたことに合点がいった。
それほど紅悠斗の名は轟いているのだ。
「お兄ちゃんは、そんなに凄いんだ」
ぽつりと、ゆりあは呟く。
嬉しいような、悲しいような複雑な気持ちだった。
誇らしいと共に、それだけ命を危険に晒しているということに他ならないのだから。
「よし! そろそろ突入を開始する。私も行こう。ゆりあ君、エスコバルは頼んだぞ」
「はい!」
坂巻が立ち上がり部屋から出ると、一気に緊張感が高まった。
ゆりあ、そして日南も坂巻に続く。
日南は正直なところ、あまり前線に出たくなかったのだが、仕方ない。
福永外相、エスコバル、毘沙門一家、そして南米の麻薬組織の取り次ぎ役のいる部屋のドア近くまで、坂巻は辿り着いた。
手振りで合図し、ドアのロックを外して警官隊が突入する。
「何だ!?」
最も慌てたのは福永外相だった。
まさか自分がいる場所に警官隊が踏み込んでくるとは、思いも寄らなかったに違いない。
無駄な抵抗なのだが、毘沙門一家や南米の麻薬組織の構成員は銃撃を開始する。
彼らは福永外相と違い、立場が保障されていないからだ。
「撃つな! 止めろ!!」
福永外相が両者に休戦を主張し始める。
こういうときのための、政府の要人なのだ。
ゆりあはエスコバルと対峙していた。
互いに睨み合い、精霊魔法は放たない。
それというのも光ディスクを託された際に、一度戦っていたからだ。
「坂巻、これは一体どういう事だ?」
「それはこちらが聞きたいですな。外務大臣ともあろう方が、何故、ヤクザやマフィアと一緒にいるのです?」
「政治家は清濁併せ飲むものだ」
つまり政治家なら多かれ少なかれ、胡散臭い人脈がいくらでもある、叩けば埃が出る。
それをイチイチ指摘するなと、福永外相は言っているのだ。
「残念ながら、そうは参りませんな。私の部下が、あなたの使途不明金の流れを掴んでしまったもので」
坂巻は懐から例の光ディスクを取り出した。
それには福永外相の金の流れが、詳細に記録されていたのだ。
「他にも麻薬の密輸に関与していたことも。まあ、詳しいことは公安9課で聞かせてもらいますよ。これは総理も承諾しておられる」
日本にとって国益を損ねる政治家を1人排除できた。
これを誇っていいのか坂巻には判断しかねる。
部下1人の命と引き換えにした成果と考えると……。
結局、この事件はあっさり終息した。
毘沙門一家、麻薬組織の構成員は鉄砲玉要因だったらしく、逮捕されることを前提で派遣したらしい。
しかし毘沙門一家に対する警察のマークはきつくなるし、麻薬の密輸ルートが1つ潰せたことは大きかった。
福永外相が国益を損ねるような真似をしでかした理由も判明した。
帰化議員なのである。
もともと中国人で、日本人に帰化して議員となったのだ。
今後、国籍に関する法規制も強化されるに違いない。
そう考えると、割と有意義な事件だったともいえる。
「それなのに、どうしてこんなに後処理が残っているんですかねえ?」
再び日南は書類の束と格闘していた。
大臣を拘束する、というのは様々な手続きがいるのだ。
「なんだ、課長自ら書類を片付けているのか」
坂巻が意外そうな顔をする。
「うちはもともと人手不足なんですよ」
「ああ、それで部外者を呼び寄せたのか」
坂巻も書類をめくりながら、日南に話を振る。
ゆりあという少女がエスコバルを牽制しておいてくれたから、大した被害が出なかったと見ていた。
精霊魔法による損害が皆無だったのは大きい。
「ゆりあ君は香港四天王を撃破しています。かなり優秀ですよ」
「しかし蒼家の次期当主なのだろう? こちらに引き入れるわけにはいかんな」
できれば公安9課で働いて欲しかったが、そうはいかないことを坂巻は重々承知していた。
虹七家の人間のガードは固い。
それが諍いを生む原因となっているのだが……。
「ゆりあ君もですが、悠斗君も養子ですからね。チャンスはあるかもしれませんよ?」
「それで蒼の家にいるのか」
兄が紅家で妹が蒼家と言うのが、坂巻の脳裏に引っかかっていたのだ。
これで腑に落ちた。
「それにしても、たまには現場に出ないといかんぞ?」
坂巻の目には、どうも日南が裏方仕事ばかりで、表に出てこないように映る。
そして、日南もそのことを自覚していた。
「それが僕の仕事なので」
精霊レンジャー課の精霊使いに現場に専念できる環境を整えること――。
それが日南の仕事だった。
書類の決裁だけでなく、様々な方面に手を回したり、情報を仕入れたりと枚挙に暇はないのだ。
ただ悪知恵を働かせるだけではなかった。
「まあ、それでうまく組織が回れば、問題無いのか」
そう言い残すと、坂巻は精霊レンジャー課の本部を辞した。
「手伝ってはくれませんか、やはり」
いかな策士の日南といえど、人付き合い妙まではどうしようもないということなのだろう。
それも精霊レンジャー課の課長の仕事だった。
第4部は全くネタが浮かばない……。
なので次回からはアナスタシア事件を投稿します。
30万字もいっていないのに、外伝となりますが、どうかご容赦してください。




