番外編 課長の仕事 ~その1~
ちょっと、この番外編は微妙です。
ごめんなさい。
いつも不意に現れては消える日南巧という男。
これでも一応、見えない所で仕事をしているはずなのである……。
「銃声!?」
ゆりあのつぶらな瞳が大きく見開かれた。
蒼家の本家がある閑静な住宅街で銃声とは、穏やかではない。
「ゆりあ様?」
即座に銃声のした方へ駆けだした蒼家の次期当主に、蒼零は首を捻った。
ゆりあが出向く事ではないと思ったからだ。
しかし、ゆりあは止まらない。
仕方なく零もついて行く。
ある意味、落とした評価を上げるチャンスでもあった。
「大丈夫ですか?」
腹部から出血している男を見て、どう考えても大丈夫ではないのだが、ゆりあは他にかける言葉を知らなかった。
一体、何が起きているのだ?
「誰かは知らないが、これを頼む……」
男は光ディスクをゆりあに託した。
素直にゆりあは受け取る。
「早く、逃げるんだ」
「ですが、あなたは」
重傷を負った人間を放置しておけるほど、ゆりあは冷酷ではない。
周囲を警戒しながら救急車を呼ぶべく携帯を取り出した。
「いたぞ! こっちだ!」
男を追っていたらしい連中がこちらへ駆けつける。
ある程度の距離まで近付くと、躊躇なく銃を取り出し発砲してきた。
「竜巻!」
これを防いだのは零の防御魔法だった。
竜巻が銃弾をあらぬ方へと向かわせ、ゆりあ達は無傷だ。
「……精霊使いだったのか」
「喋らないで下さい。傷が開いてしまいます」
ゆりあはハンカチで傷口を抑えるが、その程度では血が全く止まらない。
このままでは死んでしまう。
救急車は来る気配が全くなかった。
「俺のことはいい。ディスクを」
とにかくうわ言のように男はディスクの心配ばかりしている。
ゆりあとしては命を大事にして欲しかった。
「ゆりあ様、そろそろ限界です」
敵にも精霊使いがいるらしく、零が根を上げている。
仕方ないので、ゆりあも迎撃に入った。
「流水の凧盾!」
早速ゆりあは防御魔法を展開する。
複数の流水の凧盾が敵の銃弾、精霊魔法を阻んだ。
その精霊力は零とは比較にならないくらい強大なものだった。
精霊争覇戦の際、実戦経験を積みコツを掴んだようである。
かなり余裕で次々に防御魔法を展開していく。
ほどなくして、ようやく警官隊が訪れた。
しかし、遅すぎた。
男はすでに事切れていたからである。
「間に合わなかった……」
ゆりあは小さい肩を落とした。
目の前で人が死ぬのを見て、平静でいられる方が、どうかしているというものだ……。
「公安9課の課長が、何の用です?」
若干、棘のある言い方を日南はした。
同じ首相直轄の組織とはいえ、精霊使い専門の精霊レンジャー課に対し、公安9課は一般の犯罪を取り締まる部署である。
あまり関わりがないのだ。
そこの課長に呼び出されるということは、何かややこしい事件が発生したに違いなかった。
「まあ、座ってくれ」
公安9課の課長である坂巻という男が、日南に席を勧めた。
ここは英国風のパブである。
坂巻はフィッシュアンドチップスをつまみながら、ギネスビールをあおっていた。
頭の禿げあがった、50代の中年だ。
「僕はエールとトルティアチップス、ソースはサルサで」
腰かけつつ日南は注文した。
そして坂巻を見遣る。
話を切りだすのを待っているのだ。
「先日、部下が殺害された」
ギネスビールを一息に飲み干し、坂巻は二重の意味で苦い息を吐き出す。
「それは、ご愁傷様です」
「ありがとう。その部下が入手した光ディスクの行方なんだが日南、貴様が持っているな?」
「ああ! これはそういういわくつきの物だったんですね」
片頬を歪めた笑みを浮かべた日南は、不平を言わずに光ディスクを差し出した。
本当に知らなかったからだ。
そもそも、その光ディスクは悠斗が持ってきたものである。
ゆりあは男から託された光ディスクを誰に預けるか散々思案した挙句、実の兄を頼ったのだ。
当然、零は猛反対したが。
蒼の家に持っていっても、軽視されると判断したのだ。
悠斗なら精霊レンジャー課とパイプがあり、特一級精霊使いとしての肩書きもあった。
きっとまともに取り扱うはずである。
そして、それは正しかった。
きちんと公安9課の手に渡ったのだ。
「そのディスクには、どんな情報が入っているんです?」
日南はろくに確認もしていない。
無理をしてデータが壊れては元も子もない、という事情もある。
「南米の麻薬王と称される男の正体、ということになっている」
坂巻自身、その可能性は低いと感じていた。
本当かどうか判然としない情報のために、部下を死なせてしまったことに、忸怩たる思いを抱かざるを得ない。
「それが本当なら、大殊勲なんですがね」
その情報は日南も眉唾物だと睨んでいた。
「ああ。南米からの麻薬密輸ルートを潰せる。日本における麻薬売買組織もな」
坂巻の目尻に縦じわが刻まれる。
麻薬は様々な組織の資金源となっているのが定石だ。
特に日本は持ち込むのが難しいため、持ち込んでしまえば末端価格は莫大なものとなった。
公安9課が躍起になるのも、当然のことである。
「日本における麻薬売買組織は判明しているのですか?」
酒の肴程度に日南は話題の俎上に乗せた。
「うむ。いくつかあるが、部下を殺害したのは恐らく毘沙門一家だと思われる」
「毘沙門一家? 売出し中の新興勢力ですね」
「大きな取り引きをしたと見て間違いないだろう。それが南米の麻薬王かどうかは、別の話だがな」
「なるほど。さらに勢力を拡大するチャンスだったわけですね」
日南はうんうんと頷いた。
麻薬取引で一儲けしようとしたところを、公安9課に嗅ぎつけられたというわけだ。
「協力してもらえんか、日南?」
「それは別に構いませんが、公安の仕事が僕にできるとは到底思えないですが?」
「毘沙門一家の取引相手に精霊使いがいる。優秀な精霊使いを回して欲しい」
光ディスクよりも、坂巻の用事はこちらが本命だった。
公安9課にも精霊使いがいるにはいるが、本業でないために精霊レンジャー課の精霊使いよりも能力が格段に劣る。
「優秀な精霊使いですか……」
トントンと日南は人差し指でテーブルを叩いた。
はて、今、体の空いている精霊使いは誰がいるだろうか?
ちなみに、時間軸で言えば今はアブー・バクルが日本に潜入してきた時期だった。
悠斗も総司も、そちらで手一杯のはずだ。
「彰は北海道だし、どうしようか?」
「このディスクを届けてくれた人物では駄目なのか?」
「彼女は」
精霊レンジャー課の人間ではない。
そう言おうとして、日南は止めた。
ゆりあを引き込む良い機会だと思えたのだ。
悠斗が知れば、激怒することは間違いないが。
「まだ若いですが、かなりの使い手ですよ」
日南は太鼓判を押す。
香港四天王撃破の報は日南の耳にも届いていた。
「そうか。では頼んだぞ。あとで領収書を公安9課に回してくれ」
坂巻はそれだけ告げると席を立った。
「いくら何でも、安すぎない?」
日南の歪んだ片頬が、さらに歪む。
割に合わないな。
それでも坂巻は年配で頼みを聞き入れないわけにはいかなかった。
翌日、日南は早速ゆりあの通う中学の前で、待たされる身となった。
すでに下校時刻となっているのに、なかなか学校から出てこない。
「ようやく出てきましたか」
もしかしたら、すでに帰宅していたんじゃないか?
日南はそんな不安に襲われたが、大丈夫だったようだ。
「蒼ゆりあさん、ですね?」
片頬を歪めた笑みを浮かべ、日南はゆりあに声をかけた。
正直、不審者に見えない事もない。
「何者だ、貴様!?」
今回に限り、この零の反応は正しかったように思う。
「自分は精霊レンジャー課の日南巧という者です」
しかし日南は腹を立てたりせず、大人の態度で名刺をゆりあに手渡した。
「あなたが日南さんなのね」
ゆりあは実の兄から近付いてはいけないと、釘を刺されている。
関わるとロクなことがないと。
えらい言われようだった。
「悠斗君から聞いているのかな?」
「ええ、色々と」
「それは話が早い。蒼家の次期当主のゆりあさんに、手伝ってもらいたい仕事がありまして」
手短に済ませるべく、日南は話を切りだした。
隣にいる少年がずっと睨んでいるが、無視して話を進める。
「先日、ゆりあさんが助けようとした男の正体は公安9課の人間です」
「その人が追っていたヤマを、手伝って欲しいということかしら?」
「察しが良くて助かります」
日南は感心した。
さすが悠斗の妹といったところか。
「いいわよ。私にできることなら協力します」
「ゆりあ様!」
脊髄反射的に異議を唱えたのは、もちろん零だった。
ゆりあを危険な目に合わせるわけにはいかない。
「虹七家の人間として戦わないと。それにお兄ちゃんの負担を軽くしたい」
拒否したら兄にお鉢が回る可能性を考慮して、ゆりあは承諾したのだ。
それに自分の精霊使いとしての能力を活かしたい。
そんな思いもあった。
「助かります。今、人手不足なので」
「その代わり、今後お兄ちゃんの任務を逐一報告して欲してもらえるかしら?」
「それは、機密に関わってきますので……」
さすがに情報を漏らすわけにはいかない。
ゆりあが通常の中学生とは違うと日南は悟った。
「私が情報を漏らすとでも?」
「そんなことは、毛ほども思ってはいませんが」
「じゃあ、問題無いわね。蒼家の次期当主として、協力させてもらうわ」
満面の笑みを浮かべ、ゆりあは協力を約束する。
日南は内心で依頼する相手を間違えたと、やや後悔した。




