第17章 ラーと生徒会長と ~その2~
茉夏と舞の間に火花が散る。
2人とも所定の位置につき、模擬戦開始の合図を待つ。
審判は汐莉が務めることになっていた。
悠斗も補助で汐莉の脇に控えている。
「始め!」
掲げた右手を汐莉は振りおろし、開始の合図を出した。
次の瞬間、茉夏、舞ともに印を結び始める。
2人の全身から強い精霊力が発せられるのが、精霊学園の生徒達にはわかった。
「火炎の斧槍!」
まず先を取ったのは舞だった。
火に似て非なる精霊魔法を目にしたとき、紅兄妹以外の生徒は息を呑んだ。
全く知らない系統の精霊魔法だからである。
「しまった」
思わず悠斗の口から失敗の言葉が漏れた。
事前に茉夏に伝えておくべきだったのだ。
それを悠斗は怠ってしまった。
「流水の凧盾!」
察知していたかどうかは不明だが、茉夏は落ち着いて防御魔法を展開する。
例え未知の精霊魔法であっても、茉夏は揺らがない。
これまでの戦いの経験が活きているのだ。
結果として火炎の斧槍は流水の凧盾に阻まれた。
しかし流水の凧盾も消滅してしまう。
「海神の三叉槍!」
間髪入れず、茉夏は得意な、強力な精霊魔法を放つ。
この辺りの対応の速さに、観戦している生徒達は舌を巻いた。
さすがは生徒会長、と。
「火炎の刀剣」
対する舞も、すかさず精霊魔法で迎撃する。
防御魔法を展開しないところに意地が見え隠れしていた。
あくまで攻撃で押しとおす気だ。
三叉槍と刀剣が激突し、宙空でパッと四散し消滅した。
ことごとく互角の展開に、見守る生徒達がどよめきの声をあげ始める。
「生徒会長と、まともに渡り合っている……」
その事実が虹七家以外の生徒達に希望を与えたのだ。
自分達でも虹七家の連中と伍して戦える、と。
卑屈になる必要など、どこにもない。
堂々と学園を闊歩していいのである。
「マズイな。ダーリン、どう思う?」
場の空気を敏感に察した汐莉が悠斗に意見を求めた。
どうも嫌な予感しかしない。
「まさか暴動が起きるとは思いませんが、警戒します」
悠斗は汐莉の言わんとしたことを正確に理解し、他の風紀委員や生徒会のメンバーにも声をかけた。
他にも愛李や達也にも協力を求める。
「北条先輩は、どうしていないんだ?」
総司がいれば状況を落ち着かせることができると悠斗は思うが、いないものは仕方ない。
虹七家ではない生徒で、一番頼りにしているのだが。
このとき総司は校舎の一室で模擬戦を眺めていた。
敢えて距離を置いているのである。
「悠斗君も大変だな」
何が起きるか用心してきょろきょろしている悠斗をみつけ、総司はやや嘲るように微笑んだ。
精霊レンジャー課を虹七家に対抗するための部隊と捉えている総司が、この状況で悠斗に協力する気は毛頭ない。
だから離れた場所で高みの見物と洒落込んでいるのだ。
「さて小林さんは、どこまでラーを使えるかな?」
それも総司にとって見ものだった。
まだラーと契約を交わして日が浅い。
アブー・バクルほどの練度を期待するのは無理だろう。
それで茉夏とがっぷり四つに組んで戦えているのだから、たいしたものだが。
長きに渡る茉夏と舞の戦いに変化が見られた。
舞の体が高熱を放ち始めたからである。
「契約者が私では、不満だというの?」
舞はきゅっと下唇を噛む。
ここまで戦いながら、最終的には己の力量不足で敗れ去ってしまう絵が見えたのだ。
悔しくてたまらない。
舞は北海道の根室市出身である。
根室で市街戦が起きたとき、舞の父親は精霊使いとして戦い命を落とした。
そのとき虹七家の精霊使い達は、全く動かなかったのである。
これには舞は強い衝撃を受けた。
どうして父が命を落とすまで戦ったのに、虹七家の精霊使いは座視したのか?
唯一、藍英明だけが制止を振り切り根室市民を救出するために獅子奮迅の働きをしたが、それはあくまでも例外である。
これ以来、舞は虹七家の人間を憎むようになった。
親戚の伝手を頼りに精霊学園の中でも、レベルが高いといわれる第三分校に入学した。
ここで自分の能力を高め、牙を研いだのである。
そして生徒会長に戦いを挑んだ。
まずは精霊学園で虹七家の影響力を弱めようと。
しかし、それもどうやらここまでのようだった。
時期尚早だったのかもしれない。
ラーの力を得たことで、増長してしまったのかもしれない。
「まだよ、まだ終わりじゃない」
残された精霊力を振り絞り、精霊魔法を繰り出した。
だが、それも茉夏の防御魔法によって防がれてしまう。
「終わりだな」
舞が戦えないと見て汐莉がジャッジを下した。
これは妥当な判断だろう。
「嫌よ! こんな終わり方!」
舞は何もかもに嫌気が差す。
虹七家を優遇する世の中に。
それに対して何もできない自分にも。
「ラー、お願い!」
自暴自棄となった舞は、自分の体をラーに差し出す決意をした。
舞の全身から轟然と炎が噴き出す。
「みんな離れろ!」
この現象をよく知る悠斗は大声を張り上げた。
イフリート以外で、契約者の意識と体を乗っ取ってしまう精霊がいることに、慄きながら。
「殺す、虹七家の人間は、全て殺す……」
狂喜そのものと化した舞は、虹七家の人間に対する怨念だけで動いているようなものだった。
意識はないため、機械的に稼働している。
あちこちに精霊魔法をまき散らし、悠斗たちはその対応に追われた。
蓮と守のコンビも手を貸してくれている。
「お兄様、これは」
「俺のときと同じだ。しかし、これは……」
どうして良いか、悠斗は全くわからない。
取り敢えず精霊魔法を撃ちこむが、確か自分のときはそれでは駄目だったはずだ。
悠斗や織姫が右往左往している中、茉夏が決然と前に出た。
「どうして虹七家を憎むの?」
香港四天王の周朝偉との戦いで実践したウンディーネとの半同化した状態で、茉夏は舞に歩み寄る。
さすがに愛李のように、生身では近付かない。
それでも熱に炙られ足が止まりそうになる。
愛李は体がただれようが、躊躇なく歩を進めた。
今の状態を考えれば、驚愕の事実だ。
「私の父は、町の人たちのために戦って死んだ。虹七家の精霊使いは、何もしなかったというのに」
憎しみの言葉は、舞は述べることが出来た。
あるいはラーが意図的にそうしているだけかもしれない。
「もしかして、根室市街戦でお父様を亡くされたの?」
茉夏は舞が根室市出身だと知っている。
それでピンと来たのだ。
数年前のロシア国境警備隊の暴走により、根室で市街戦が行われた。
そのとき藍家を中心とした精霊使いが数多く派遣されたが、ほとんど何もしなかったと聞いている。
多くの一般人が死傷した。
舞の父は人々を助けようと懸命に戦ったのだろう。
自分の命も顧みずに。
「なぜ、私の父が。そして何の保障もなく、母も病気にかかり死んでしまったわ」
精霊使いだからこそ、舞は親戚に引き取ってもらうことが出来た。
将来、間違いなく多額の報酬を得る金の卵だからだ。
そんな親戚の視線に、舞は常に晒されてきた。
虹七家の精霊使いが戦っていれば、こんな屈辱は受けなかったはずである。
舞が恨むのも当然と言えた。
「そうだったの。でも、私は謝らないわ」
茉夏は舞を正面から見据え、顔を背けない。
「私たちで、そんな現状を変えない? 小林さん」
「!!っ」
「本当に変えられるかは、正直わからない。でも、変えるための努力はする。そのために、あなたの力を貸してくれないかしら?」
「でも、私は、もう……」
虹七家に復讐するだけで、舞は疲れてしまったのだ。
もしくは憑かれた。
今さら生き方を変更することなど不可能だ。
「会長、がんばって下さい」
舞は踵を返し、学園の外へ逃走を開始した。
炎はすでに消えている。
「どうして、いなくなる必要があるのよ」
茉夏に舞の気持ちはわからない。
ただ納得もいかなかった。
「追うべきか?」
悠斗は迷った。
報告によれば舞は孫虎江や王慧琳と行動を共にしていたという。
ラーのような強力な精霊と契約している人間が、敵勢力に組することになったら?
そんな当たり前の疑問が脳裏をよぎるが、悠斗は動けなかった。
もしかしたら自分も舞のようになるかもしれないからだ。
――虹七家が憎い。
確かに、そう思う気持ちが悠斗にもあった。
「お兄様?」
不安な面持ちで織姫がこちらを見つめている。
心配性な妹だ。
それとも悠斗の胸の裡を読んだのだろうか?
「精霊使いだからといって、幸せになれるわけじゃないんだよな」
悠斗はぽんっと織姫の頭に手を置き、そっと撫でた。
それだけで織姫はほっとしてしまう。
言葉の意味を考えもせずに。
むしろ精霊使いとしての力は、人を不幸にするのではないか?
悠斗はそう思っている。
自分も、舞も家族を失った。
精霊使いが存在しなければ、防げたかもしれない事情で。
悠斗だって、いつASUに身を投じてもおかしくはないのだ。
今なら舞の気持ちが、痛いほど理解できた。




