第17章 ラーと生徒会長と ~その1~
「日南さんと繋がらないな」
携帯のモニターとにらめっこをしながら悠斗は小さく息を吐いた。
東方の三神山について聞き出したいことがあったのだが、生憎と日南は忙しいらしい。
というか、こちらから連絡を取るのは始めてかもしれなかった。
大体、向こうから一方的に指示が送られてくるのだ。
「何かあったのですか、お兄様?」
露骨に日南を毛嫌いしている織姫が悠斗の顔を覗き込む。
今日は休日で、自宅でくつろいでいる最中だった。
「アブー・バクルを北条先輩たちが撃破したらしい」
「良かったではありませんか」
「それが……」
悠斗の表情は冴えない。
総司からのメールを読んでから、ずっとこの調子だった。
「お兄様?」
頭を傾けながら、織姫は辛抱強く悠斗の説明を待つ。
懸念があるなら、自分に話して欲しかったのだ。
「生徒会の書記である小林舞が、江東の虎や香港四天王の王慧琳と一緒にいたそうだ」
重々しい口調で悠斗は事実を述べた。
「そんな! どうして舞さんが?」
脊髄反射で織姫は話題に反応した。
同じ生徒会のメンバーが、自分の大事な兄の宿敵と一緒に居る。
織姫を驚愕させるには十分だった。
「それを知るために、日南さんに連絡を取ろうとしたんだが繋がらない」
「使えない人ですね」
ばっさりと織姫は切り捨てる。
命令を告げるときだけ現れて、こちらが連絡を取ろうとすると捕まらないとは神経を疑ってしまうレベルだ。
「確かに、そうかもな」
苦笑するしかないといった風の悠斗だった。
まあ精霊使いとして戦っている場面を目撃したこともないし、本当に使えないのかもしれない。
「誰が裏で糸を引いているか、だな」
このときの悠斗に舞が東方の三神山に関わっているという知識はなかった。
だから舞が誰にそそのかされたのか、知る由もない。
仮に東方の三神山が絡んでいるとしても、悠斗には打つ手がないのだが。
何もしていないのに、組織の本部を潰すことはできない。
そもそもASUは巧妙に本部を偽装し、正確な場所は判然としないというのが現状だった。
「舞さんは学園に来るでしょうか?」
この織姫の言葉に悠斗は、はっとさせられた。
「そうか! そこを抑えればいいのか」
メールの文面を見る限り、アブー・バクルを倒すのに協力したようにも思える。
舞が精霊学園を退学する理由は見当たらない。
すでにシリウスも撤退完了しているわけだし。
あとはケルベロスだが、そちらは悠斗が何とかする気だった。
「私が舞さんに直接問い質します!」
「そ、そうか。まあ女子同士、生徒会の役員同士のが話やすいな」
悠斗は織姫の剣幕に若干たじろいでしまい、全て任せることにした。
しかし、これは失敗に終わる。
何故なら舞は虹七家に反発しているのだ。
紅家の次期当主の言うことなど、耳に入れるはずがなかった。
「それにしても江東の虎には、いつまでも祟られるな」
やりきれなくなり、悠斗は大きな溜め息を吐き出す。
苦い思いが込み上げてきた。
「生徒会長。私と模擬戦をしてもらえませんか?」
生徒会室につくなり、舞は開口一番言い放った。
織姫が口を挟む隙もない。
「模擬戦をする理由が無いわ」
茉夏は冷静に応対し、舞の挑発には乗らない。
それでも舞は食い下がる。
「逃げるんですか?」
「そう受け取って、構わないわよ?」
「さすが虹七家の人間は、余裕ですね」
徐々に舞の口ぶりには毒が塗られていく。
虹七家優遇に対する不満が、噴出してしまったのだ。
「虹七家というだけで、生徒会長ですか」
嘲るような口調で舞は言葉を発した。
「私の先代の生徒会長は、確か虹七家の人間ではなかったはずだけど?」
先輩の事を思い出すと、茉夏の心は奇妙な思いに捉われる。
いまだに憧れているのだが、それはそれで情けなかった。
「生徒会長の椅子を手に入れるために、かなり苦労されたようですけどね」
少なくとも無風選挙ではなかったはずだ。
書記である舞は、生徒会の事情に精通していた。
「私が苦労していないとでも?」
「蒼家の次期当主争いでは、ご苦労なされているみたいですね」
暗に、ゆりあのことを舞は言っているのだ。
蒼の家の血を引いていない人間に、次期当主の座を奪われたことを指摘した。
「お兄様の妹を事を持ち出すなんて、どういうつもりなんですか?」
非難するように口を差し挟んだのは織姫だ。
兄が関係してくると、過剰に反応してしまう。
「そんなに勇んで大丈夫なの? 大好きなお兄様は、ここにはいないわよ?」
冷笑を浮かべ、舞は蔑んだ目を織姫に向けた。
紫蓮と揉めた経緯を知っているのだ。
「それとも虹七家の人間相手じゃないから、そのように強気でいられるのかしら?」
「何ですって!?」
「すぐ悠斗君に泣きつく癖に」
「な! そこまで言うなら、私が模擬戦の相手をします。私も紅家の次期当主。不足はないはずです」
織姫は勢いよく舞に詰め寄る。
負けじと舞も睨み返す。
一触即発の空気が生徒会室を覆った。
「2人も落ち着きなさい」
茉夏が仲裁に入った。
もとはといえば模擬戦を断った自分の責任でもある。
「舞さん、どうして私と模擬戦がしたいのかしら?」
まずはそれを聞くのが先決だった。
「虹七家の人間が、本当に実力があるのか確かめたいからです」
これはかなり不遜な発言だと、口にした舞も承知していた。
それでも舞は言わずにはいられない。
精霊学園第三分校内でも、虹七家の横暴な振る舞いは目に余っているのだ。
「舞さんの言いたい事は、よくわかったわ。いいでしょう、模擬戦を受けてあげる」
ついに茉夏は決心した。
勝っても負けても、良い結果を生まないだろうと知っていながら。
生徒会総出でグラウンドまで赴く。
急遽決まったはずなのに、グラウンドには多くの生徒で人だかりができていた。
もちろん舞が仲の良い生徒に吹聴したからだ。
「あまり近づくな! 離れろ!!」
汐莉は周囲の生徒達をどやしつけている。
秩序を保つために、風紀委員が出張る羽目になったのだ。
「茉夏、この借りは返してもらうからな?」
「今度、食事でも奢るわ。そうねえ、高級ホテルで中華料理なんて、どうかしら?」
「それはまさか、横浜のホテルじゃないだろうな?」
「どうしてわかったの?」
汐莉の返答に茉夏は目を丸くした。
常連なのだろうか?
「蒼家も陸遜から情報を得ているのか」
「ということは、壬生家も?」
「いや、私はダーリンと一緒に行っただけだ」
「なるほどね」
至る所へ情報を流す陸遜に、茉夏はむしろ賞賛してしまった。
物凄い顔の広さではないか。
しかし、この2人の一連の会話を耳にして憤りを露わにしてしまった人物がいた。
織姫である。
「お兄様、どういうことかしら?」
口元を引きつらせた笑顔で織姫は悠斗に訊く。
当然、悠斗も風紀委員として場の整理に駆り出されているから、逃げられない。
「どうもこうも、香港四天王の動きを壬生先輩と探りに行っただけだ。そこで香港四天王筆頭の林彩華と鉢合わせした」
表向きは平静を保ちつつ、悠斗は真実を語った。
決して嘘は吐いていない。
「確か私をデートに誘ってくれたんだったよな、ダーリン?」
はっきりとした意図を持って汐莉は横から口を挟んだ。
何で余計な事を言う……。
悠斗はがっくりと肩を落とした。
「へええ、デートですか。お兄様は女の子とデートするのがお好きなんですね」
凍てつく視線で織姫は悠斗を見遣る。
冗談ではなく悠斗は全身が凍りつきそうになった。
「もう! わかった、織姫も連れて行ってやるよ」
別に行きたくて行ったわけではないのに、悠斗は勘弁して欲しかった。
義理の妹で、血が繋がっていないのが却って駄目なのだろうか。
悠斗としては、織姫はあくまで妹としてしか見えないのに。
「お兄様と2人きりなら、別の場所がいいです」
しれっと織姫は自分のリクエストを悠斗に告げた。
行きたい場所が特にあるわけではないが、悠斗と他の女が行った所は嫌なのだ。
「いいだろう。あまり気の利いたところへは、連れていけないけどな」
仕方なく悠斗は織姫の要求を呑んだ。
さて、どこへ連れ出そうか?
悩ましい思いの悠斗だった。
風紀委員による規制を設け、グラウンドに一定のスペースを確保した。
見物する生徒が近過ぎると、茉夏クラスの精霊使いだと巻き添えを喰らう公算が高いからだ。
香港四天王を撃破したほどの実力者である。
生徒達に注意を促すのはしごく真っ当な処置といえた。
「あの小林舞という女子生徒は、さほど精霊使いとしての能力は高くなかったはずだが?」
やはり見物に訪れていた紫蓮が首を捻る。
確か精霊争覇戦も生徒会枠で出場していたが、大した結果を残せなかったと記憶していた。
「その程度の人間が、なぜ蒼茉夏に勝負を挑んだのだ?」
「蓮さぁん。契約精霊が変わったとかぁ?」
舌足らずな黄守の発言は、偶然にも的を射ていた。
何か変化がなければ、模擬戦を挑まないと思ったからだ。
「より強力な精霊と契約した、か。しかし、それを使いこなせるかどうかは、また別問題なのだがな」
蓮の兄、紫輝は強力な精霊と契約しているが、うまく扱えるようになるまで、かなりの月日を要した。
炎の王の契約者も、精霊との付き合いは長いと聞く。
たまたま強い精霊と契約しただけでは駄目なのだ。
それを目にする機会が蓮にはあった。
「まあ、すぐにわかるか」
そろそろ始まろうとしている模擬戦に蓮は集中した。
蒼茉夏の戦いぶりも、楽しみなのだ。




