第16章 舞台を降りる人々 ~その2~
「案の定、シリウスの連中がアブー・バクルを抑えこんでいるわね」
王慧琳は戦況を冷静に見極める。
それは総司の力なのだが、そこまでは知らない。
「舞、準備はいい?」
王慧琳は連れてきた少女、小林舞にいつでも精霊魔法を放つよう集中しろと促した。
あの生徒会選挙に立候補した小林舞である。
「はい。アブー・バクルにトドメを刺し、その契約精霊を……」
戴く。
厳密には舞が新たな契約者となるのだ。
太陽の精霊ラーは強力な精霊だった。
虹七家の優位を覆すために、舞は何としてもラーが欲しかった。
虹七家以外の人間は、基本的に虹七家が嫌いである。
舞はその急先鋒といってよい。
だからASUの東方の三神山に身をやつしたのだ。
舞は精霊力を高める。
アブー・バクルもシリウスも、そろそろ退場してもいい頃合いだと舞は思った。
他国で好き勝手にするな!
舞は憎悪の念を精霊力に込めた。
伊達に虹七家ではないのに生徒会に所属しているわけではない。
精霊使いとしての能力は高いのだ。
「…………っ!!」
アブー・バクルが、舞の精霊力に気付きこちらに振り向いた。
そして、それが彼の命取りとなってしまう。
「岩石の杭!」
総司が見逃すはずがないのだ。
アブー・バクルに出来た、大きな隙を。
容赦のない一撃を総司は放った。
「炎熱の投げ槍!」
次いで舞も引き絞った弓を射るように、精霊力を高めて炎熱の投げ槍を放つ。
畢竟、アブー・バクルの防御魔法は打ち破られ、アラブ人の男は全身が串刺しとなった。
はるばるエジプトから極東の島国にやってきた男の末路は、呆気なかった。
シリウスの支援があったとはいえ、かつてエジプト大統領の盾であった男が、学生に殺されてしまったのである。
悔やんでも悔やみきれないだろう。
あるいは、あの世で後悔するのだろうか?
生者に知る術はない。
「あれが、太陽の精霊ラーね……」
顕現したラーを目の当たりにして、舞は息を呑む。
王の精霊ほどではないが、かなりの潜在能力を秘めているのが直感でわかった。
「|サラマンダ―(火トカゲ)、今までありがとう」
舞は礼を述べ、手早くサラマンダ―との契約を解除する。
「小林さん、何をする気だ!」
九分九厘、舞が何をしようとしているのか総司は気付いていたが、それでも声をかけずにいられなかった。
隣にいるのは王慧琳。
何故、精霊学園第三分校生徒会の書記が香港四天王と一緒にいる?
色々とわからないことばかりだが、総司は舞のもとへ駆け出した。
まさか精霊魔法で攻撃をするわけにもいかない。
「太陽の精霊ラーよ! 私と契約を結びなさい」
ここが剣が峰とばかりに、舞は己の裡に宿る精霊力を振り絞った。
ラーが自分に興味を抱かなければ、計画はご破算なのである。
舞は賭けた。
自分の精霊使いとしての能力に。
そして、
――いいだろう。
舞は賭けに勝った。
ラーが自分に囁きかけ、契約することを了承したのだ。
舞の全身に、これまで感じたことのない鮮烈な精霊力が流れ込む。
「これが、古代精霊の力なのね」
強大な精霊力を手に入れ、舞の自尊心は満たされ気持ちは昂る。
総司1人では勝てなかった精霊だ。
扱いは難しいかもしれないが、強大な力を秘めているのは間違いない。
これで、あの蒼茉夏にも勝負を挑める。
虹七家の人間とも渡り合える。
そのことが舞の自尊心を刺激した。
いくら頑張っても虹七家ではない自分は、精霊使いの業界ではガラスの天井に阻まれてしまうのが目に見えていた。
しかし、太陽の精霊ラーと契約したことで逆転のトライを決めるチャンスが出たのだ。
何がアブー・バクルを日本に引き寄せたかは知らないが、舞にとっては僥倖だった。
「舞、撤収するわよ」
舞がもたついているように見えた王慧琳が、この場を離れるよう促す。
2人でシリウスを相手取るのは面白くなかった。
「わかったわ」
さっと素早い手際で閃光の精霊魔法を試し打ちし、舞は王慧琳のあとに続いた。
総司もジョゼフ・フッカー配下のシリウスの猟犬部隊も、ものの見事に光を直視してしまい追撃は不可能になってしまう。
「孫虎江と馮雲山は大丈夫かしら?」
王慧琳の残りの頭痛の種は、それだった。
太陽の精霊ラーの奪取までは計画通り運んだ。
だがケルベロスとナサニエル・グリーンと遭遇するのは予定外の事態である。
特にケルベロスは東方不敗と互角に戦った実力者だ。
太陽の精霊ラーの力が、早速必要となる可能性が高かった。
「生きているわね!?」
前方から激しい精霊力のぶつかり合いを王慧琳は肌で感じる。
どうやら孫虎江も馮雲山も無事のようだ。
「舞、まだラーに慣れていないと思うけど、お願い!」
「任せて!」
二つ返事で舞はOKした。
慣れているとかいないとかではない。
やるしかない状況と言うのは、確かにある。
舞が印を結び始めると、グンと精霊力が高まった。
センスは間違いないものだろう。
王慧琳の目にはそのように映った。
「火炎の尖槍!」
舞は2本の火炎の尖槍を顕現させ、それをケルベロスとナサニエルに向け勢いよく放つ。
まさに横槍を入れられ、ケルベロスもナサニエルも防御にかかりきりとなった。
「うっ」
だが、さすがに契約したばかりの精霊を使いこなすのは難しいのか、極度の疲労を感じ舞は片膝を地面についてしまう。
はたして、逃げ切るだけの余力が自分に残されているだろうか?
「上手くいったようだな」
くぐもった声は仮面の男こと、孫虎江のものである。
彼は舞に近付くとさりげなくお姫様抱っこをして運んだ。
「馮雲山、あなたもこの場から離脱して」
念のために防御魔法を展開しつつ、王慧琳は馮雲山に指示を飛ばす。
なかなか指導者ぶりが板についてきた。
それが王慧琳に何をもたらすかは、わからないが……。
東方の三神山という日本のASUが、組織としてもう少し大きくなったら、王慧琳は香港に一度戻ろうと思う。
そのために、今は陸遜の言う通りに動く必要があった。
陸遜の力なしには、日本を出ることもままならないのだ。
それに作戦を失敗したという負い目もあり、東方不敗に合わせる顔もない。
「太陽の精霊ラーは、古代精霊とか言っていたわね。一体、古代精霊とは何なの?」
いつの間にか気を失った舞の横顔を見遣って、王慧琳は呟いた。
東方不敗なら、何か知っているのかもしれない。
ますます王慧琳は香港へ帰還する必要性を感じた。
「どうして小林さんが」
唖然と総司は舞が孫虎江に抱えられたまま、戦場を遠退いて行くのを見送ることしかできなかった。
アブー・バクルの死体はシリウスが回収している。
「あ~、ごめん。仮面のオジサンを逃がしちゃったよ」
「隊長、面目ない」
ケルベロスとナサニエルも合流したが、2人はうなだれていた。
普段からデカイ口を叩いているから、罰が悪いのだろう。
「構わん。アブー・バクルは死んだ。我々の任務は達成された。問題無い」
それがジョゼフ・フッカーの見解だった。
日本からの撤収を、シリウスの猟犬部隊の隊長は考えている。
「北条総司君。協力に感謝する!」
「いえ、それが任務ですので。それより、シリウスはやはり……」
「うむ。日本から撤収する」
「そうなりますか」
ある程度、総司は予測していたが、何となく途中で舞台を降りていくようで消化不良な気がした。
太陽の精霊ラーを追っていたわけではないから、頭では理解できるのだが。
ともあれ、これでアブー・バクル、黒旗軍、シリウスが姿を消すことになった。
あとは太陽の精霊ラーや中華系の精霊使いの対処に、事態は収束されたのだ。
「僕は残るよ」
ニコニコと笑いながら、ケルベロスはさも当然のように口にした。
まだペンタゴンから撤退命令は出ていないし、出ても無視する腹だ。
「仮面のオジサンの事も気になるしね」
何の思惑があって孫虎江が王慧琳らと共に行動しているのか、それはケルベロスのみならず総司も気になっていた。
同じ精霊レンジャー課の人間のはずだ。
「あのとき、殺しておくべきだったか」
自嘲めいた笑みを浮かべながら、総司は清涼な声で内心を吐露する。
ショッピングモールで大火傷を負った孫虎江を連れだしたのは、他ならぬ総司だった。
日南の命令だったからだが、本当に敵に回ったのだとしたら明確な失策だ。
陸遜も孫虎江の素性は知っているだろう。
それなのに手元に置いておくことも、総司は引っかかった。
「それでは健闘を祈る」
最後にジョゼフ・フッカーは総司に握手を求めてきた。
「次も味方として出会いたいですね」
人当たりの良い笑みを浮かべ、総司はジョゼフ・フッカーの手を握りしめる。
「違いない」
ジョゼフ・フッカーは笑い返した。
近い将来、精霊レンジャー課とシリウスは再び協力体制を取ることになる。
そのときの相手はアブー・バクルや黒旗軍以上に強い敵と相対することになるのだが、このときの両者が知りようもなかった。
今はただ、お互いの健闘を称えあうだけである。




