第15章 秋の訪れ ~その2~
そんな重たい瞼を大きく見開く出来事が起きる。
「堂々とサボリとはイイ根性をしているなあ、ダーリン?」
「いやいやいや、生徒達が羽目を外し過ぎないようにここで睨みを利かせているんですよ」
汐莉の唐突の登場に、悠斗は非常に苦しい言い訳を披露した。
一応、風紀委員における上司だ。
だから、かどうかは知らないが、どうも悠斗は汐莉に頭が上がらない気がする。
「OH! サムライガール!!」
急に頓狂な発言をしたのは、ナサニエルだった。
「ジョゼフ・フッカーから聞いた。かなり優秀な戦闘員のようだ」
ナサニエルは握手すべく、すっと右手を差し出す。
こういう事をスムーズに出来るのはアメリカ人だからか、ナサニエル個人の資質によるものなのか、悠斗には判断がつかない。
「プロの人からお褒めに与り、恐縮だ」
ぐっと握力を込めて汐莉は握り返した。
しかし、ナサニエルも鍛えているのか動じない。
「ダーリン、2人の接待をよろしく頼むぞ?」
「壬生先輩、知っててあんな事を言ったんですか?」
「まあな」
ニヤリとした笑い、汐莉は巡回の途中なのかすぐにどこかへ行ってしまった。
その後ろ姿を見送り、
「なんだかなあ……」
悠斗は1人、ごちた。
「炎のお兄さんも、いろいろと大変だねえ」
「その年齢で、早くも女性問題で苦しんでいるのかね」
呆れたような、羨ましいような視線をアメリカ人2人が悠斗に浴びせる。
「はは」
乾いた笑みを浮かべることしか悠斗には出来ない。
女性問題か、確かに。
何気なく顔を体育館のステージに転じると、次のバンドが準備していた。
「んん!?」
そのバンドのメンバーを確認し、悠斗は唸ってしまう。
まさかの顔ぶれだったからだ。
「次のバンドは、生徒会の皆さんです!」
司会進行役の女子生徒の声がスピーカーを通して体育館に響いた。
そう、織姫や茉夏、総司や他の生徒会メンバーが楽器の準備をしているのである。
「どうなってやがる」
「……? どうかしたの、炎のお兄さん?」
「あれ」
悠斗は体育館のステージを顎でしゃくった。
その先をケルベロスとナサニエルは同時に見る。
「聖騎士がいる」
かっこ笑いかっこ閉じる、とでも言いたそうなケルベロスだった。
ナサニエルには何がおかしいのか、まるで理解できない。
「織姫がボーカルか」
役職的にも名前的にも茉夏がセンターをやるべきだと悠斗は思うが、口を出せる筋合いではなかった。
総司がギターを弾いているのも、かなり意外である。
よくやる気になったな……。
生徒会バンドは派手さこそないものの、なかなか様になっていた。
全員優秀(そうでなければ生徒会に入れない)なため、何をやらせてもソツがないのだろう。
ただ……、
「炎のお兄さんの妹さんは、あまり歌が上手ではないね」
「こればっかりは向き不向きがあるんじゃないか?」
ケルベロスの言葉に、悠斗は今一つ上手く反論できなかった。
何故、織姫をボーカルに選んだのか、茉夏の判断は理解に苦しむ。
それでも周囲は盛り上がっているので、興業的には大成功といえる。
生徒会はルックスが申し分ないのでアイドル的な要素が強いからかもしれないが。
気付けば、総立ちで誰もが拍手と声援を送っている。
悠斗でさえ体を少しゆすってリズムを刻んでいた。
これには我ながら驚いてしまう。
愛李が体育館に行くよう勧めた理由が、よくわかった。
悠斗とケルベロス、それにナサニエルはしばらく生徒会バンドから目が離せない。
それくらい魅了されてしまっていた。
悠斗たちは、そのままバンド演奏を堪能し、ご機嫌なまま1日を過ごした。
アブー・バクルが精霊祭に乱入してこなくて、悠斗は心底ほっとしたものである。
精霊祭が終わると、今度は生徒会選挙がやってくる。
蒼茉夏会長がまだ2年生ということで、またも無風選挙かと思われたが現職の書記が立候補を表明した。
「2年連続で無風選挙はよくない」
というのが立候補した理由だそうだ。
現生徒会の書記は小林舞という2年生が務めている。
バンドではベースを弾いていた。
その小林舞が、悠斗に選挙協力を要請してきたのだ。
これにはどう返事をして良いか悠斗はとても困った。
「風紀委員が立候補者に協力してもいいんですか?」
まずは、そこから悠斗は訊ねた。
舞も生徒会の役員だから、その辺りの事情に精通しているはずである。
「たかが高校の生徒会選挙で、そこまでとやかく言われないわよ」
くすりと舞は笑う。
変なところに細かい男子だと思ったはずだ。
どうも外で戦うことの多い悠斗は、自分の通う精霊学園と一般社会の線引きが曖昧になってしまう癖がある。
確かに金が絡むわけでもない生徒会選挙で、そこまで構える必要はないだろう。
「しかし、何故俺なんです? どちらかといえば、俺は嫌われている方だと思いますが?」
どうせ協力を依頼するなら、もっと人気者を選べばいいではないか。
わざわざ自分のような虹七家の生徒からも、普通の生徒からもどこか避けられているような生徒を選択する舞の意図が、悠斗には全く掴めない。
「あなたは、精霊学園第三分校の台風の目なのよ」
「台風の目……?」
舞の言い分は、なるほど言い得て妙だと悠斗は思った。
確かに自分の周囲の人間に迷惑をかけてばかりいる気がする。
「誰もが紅悠斗、あなたには一目置いているわ」
「良い意味でも悪い意味でもですね」
「そういうこと。じゃあ、考えておいてね」
舞の笑顔はそれなりに魅かれるものの、どこか憂いのある面影だった。
悠斗は舞と別れた後、奇妙な胸騒ぎが胸に渦巻くものの、その理由がわからない。
虹七家で内にも関わらず生徒会に所属しているということは、総司と並んで優秀な生徒のはずだが……。
少し気になったので、同じく生徒会に所属している織姫に、どんな生徒なのか聞いてみることにした。
それが一番確実だろう。
「また別の女子のことですか?」
どうやら織姫を選んだのは失敗だったようだ。
凍りつく冷気が周囲に漂っている、ように悠斗の目には映った。
「まあ、そうなるな」
悠斗は渋い顔を浮かべる。
なぜ、どんな生徒か聞きだすだけで、こんなにも疲弊するのだろうか?
「ごく普通の女子生徒ですわ、お兄様」
「そうか」
「ただ……」
そこで織姫は少し続けるのを躊躇う。
あまり口にしたくなさそうな様子だ。
「少し虹七家に対抗心を持ち過ぎるきらいがあるかと」
「それは本当なのか、織姫?」
「私はお兄様に嘘はつきません」
「すまん。しかし、だとしたら俺に選挙協力を依頼してきた意味が、ますますわからないな」
悠斗は舞の行動が全く腑に落ちなかった。
これでも一応、虹七家の人間なのである。
どう考えても矛盾しているではないか。
「お兄様に選挙の手伝いを? それでどのように返事をしたのですか?」
「保留したけど、悪いが断るよ」
だからといって悠斗は茉夏を率先して応援する、というのはまた別の話だ。
どちらとも関わらないようにする。
それが悠斗の考えだった。
ただ、どうして舞が立候補したのかは大体イメージできる。
虹七家に対して劣等感を抱いているのだろう。
舞はそれを覆したいのだ。
「織姫はどうするんだ?」
「私は、やはり茉夏さんを応援します」
舞に能力がないとは言わないが、織姫の見立てでは茉夏のが上だ。
それに今の生徒会は上手に回っていた。
わざわざ変化をもたらす必要はない。
というのが織姫の意見だ。
「生徒会選挙か」
つい悠斗は嘆息を吐いてしまう。
今一つ、自分は盛り上がれないからだ。
生徒会長という響きは、確かに年若い精霊使いにとって1つの到達点なのかもしれない。
精霊争覇戦でも中心となり、注目度は高まる。
だが悠斗はすでに特一級精霊使いの資格を所持しており、すでに世の中で戦っていた。
だから興味がわかないのかと、自分の中で答えが出てしまう。
「お兄様?」
どこか淋しげな雰囲気が漂い出した悠斗に、織姫が不安げな面差しを向ける。
「もう少し、学園生活が楽しめるといいんだが……」
「楽しく、ありませんか?」
「ん? 俺が自分で壁を作っているだけかもしれない」
「そうですよ! お兄様はいつもどこか余所余所しいですから」
つんとした表情で、織姫はそっぽを向いてしまう。
やれやれと悠斗は苦笑するしかなかった。




