第15章 秋の訪れ ~その1~
この物語は『現代』の話である。
決して近未来や文明の進んだ別の星の話ではない。
そのことを念頭に置いて欲しい。
時事ネタをうまく結びつけるのが難しいが、それはひとまず関係よしとしよう。
話作りが……。
アブー・バクルの消息がようとして知れないまま、文化祭の季節が到来した。
主人公の本名が最新巻でも、いまだに判明しない超人気ラノベでも話はとても面白いのだが、文化祭の出し物それ自体はいたって普通である。
団長さんが有志のバンドのボーカルを務めたりするが、それだってイベント的には何の変哲もないものだ。
そう、普通の高校という環境の中で物語を展開させ読者のハートをガッチリ掴む手腕は脱帽してしまうし、リアリティを見出している。
ごくありきたりな学校の1コマだ。
精霊学園第三分校の文化祭も、名称こそ精霊祭だが、ご多分に漏れない。
普通の高校と何ら変わり映えしない、しょぼい文化祭だった。
「アメリカにはプロムとか、様々なイベントがありますからね。それらと日本の高校の文化祭では比較になりませんよ」
風紀委員の悠斗は、見回りすると同時に精霊レンジャー課との交換要員であるナサニエルを案内していた。
何故、精霊学園第三分校に訪れたのかは知らないが。
「これはこれで、長閑でいいと思うがね」
屋台で買った微妙な味と形のたこ焼きを、ナサニエルは頬張る。
どんな顔をしたのかは、高校生が料ったものであることから察して欲しい。
「あ! いたいた、炎のお兄さん!」
「何でお前も来るんだ……」
ケルベロスの姿を目にした途端、悠斗の機嫌は悪くなった。
「ん? ナサニエルも来てたんだ」
「うむ。しばらく共に戦うことになったのだったな」
あまりジョゼフ・フッカーは乗り気ではなさそうだったから、ナサニエルは意外な思いである。
アブー・バクルという精霊使いは、それほど強いのだろうか?
「アブー・バクルは、炎のお兄さんも逃がすくらいだからね。協力できるなら、その方がいいよ」
「逃がして悪かったな」
悠斗は苦虫を噛み潰したような顔になる。
これだから、このガキは嫌いなのだ。
「はは、炎のお兄さんの出番はないかな。僕とナサニエルが倒しちゃうからね」
「是非、そう願いたいものだな。楽が出来る」
「期待してよ」
ケルベロスは自信満々に胸を反らす。
ナサニエルも満更ではなかった。
「話は変わるが、日本にアス(ASU)というのは存在しないのか? どの国にも何かしらの組織があるはずだが……」
ついナサニエルは首を傾げてしまう。
アスというのはAgainst Shaman Unionの頭文字の略称だ。
反精霊使い連合という意味である。
度々出てくるアナスタシア事件。
そのアナスタシアというのが、ロシアのASUの1つだった。
ざっくり説明すれば、精霊使いに反対する組織なのだが、単にテロ組織と変わらないものもあったりする。
広義に見れば、シャムロックも含まれるかもしれない。
「日本にも、いくつかありますよ。ただ外国のアスとは少し趣が違うのですが」
どう説明すればいいのかと、悠斗は口元をむにゃむにゃと動かす。
ややあって、悠斗は口を開いた。
「日本には精霊使い同士で争いがあるのです」
「虹七家と、それ以外の精霊使いだね」
「ケルベロスの言う通り。その両者の諍いが絶えない。日本のアスは虹七家ではない精霊使いが中心になっているんですよ」
ここら辺が他国の人間には理解できないと悠斗は思う。
通常アスは精霊魔法を使えない人間が、精霊使いの力を削ぐための組織だ。
しかし日本の場合は違っていて、精霊使い同士の争いになってしまっている。
もちろん、精霊魔法を使えない人間も組織を構築しているが。
「ふむ。1部の権力者に対する同業者の反発といったところだな」
非常に的確なナサニエルの言葉だ。
「ええ、そんなところです」
物事を正確に把握したのが悠斗にはわかった。
「最近よく耳にするのは、『東方の三神山』という組織ですかね」
その名前からして裏で糸を引いているのは、中国系の人物だと悠斗は睨んでいる。
東方の三神山が具体的に暴力行為に走ったという話は、今のところない。
ただデモを行ったり、政治家を使い圧力をかけているというのは事実だ。
むしろ無法な暴力集団よりも性質が悪いかもしれなかった。
デモにしても、許可を取って行っているのである。
単なる反社会勢力とは、明らかに一線を画していた。
もしかしたら、精霊学園第三分校にもシンパがいるのかもしれない。
これらの事をナサニエルに告げると、
「日本は平和なのだな」
羨ましいような、少し蔑んだような判別しづらい笑顔を浮かべた。
彼もシリウスでアスと対峙したことがあるのだろう。
アメリカとの比較をしているに違いなかった。
その後は和気藹々?
と学園内を練り歩いた。
あくまで悠斗としては、生徒達が羽目を外し過ぎたときのために見回りをしているのだが。
「炎のお兄さん、僕少し疲れたよ」
「じゃあ帰れよ! そもそも、どうしてお前がいるんだ?」
「それはナサニエルと同じだよ」
悠斗の傍にいればアブー・バクルが現れる公算が高いと見て、ケルベロスならびにナサニエルは見張っているのである。
それをケルベロスは黙っていた。
「う~ん。じゃあ俺の教室に行くか。何かやっていたはず」
決してこれはサボリではなく、巡回だと自分に言い聞かせて悠斗は半年ほど足を運び、通い慣れた教室へ向かう。
教室に近付くにつれ麺を炒める音と、ソースの香りが漂ってきた。
「あ、悠斗さん」
メイド姿の愛李が悠斗に気付き、呼び止める。
「似合ってるよ、古式さん」
「ありがとうございます。3人ですね? 空いている席へどうぞ」
「じゃあ、これ」
先に必要な金額を払って、悠斗は教室のドアをくぐった。
本来ならば悠斗も手伝わなくてはいけないのだが、風紀委員の仕事があるため時間がない。
3人は空いている席に腰を落ち着けた。
愛李は出入口で客のもぎりをやる役で、残念ながら悠斗達に構っている余裕はなさそうだ。
まあ、客寄せをやるにはうってつけの容姿ではある。
「どうして、あんな格好をするのだ?」
ナサニエルが萌え文化を理解するのは難しかった。
そういう世界とは無縁な人生を送ってきたからだ。
「可愛いからに決まってるでしょ?」
やや厳しい語調でケルベロスは空気を読めないナサニエルを非難する。
「そういうものなのか」
だがナサニエルはケルベロスに発言に納得したのか、メイド姿の女子をキョロキョロ見遣った。
そこへ焼きそばが3つ、悠斗達のテーブルに並べられる。
「これは……?」
今度は焼きそばを、ナサニエルは物珍しそうな顔で眺め出す。
「そのまま食べてもらって大丈夫だ」
悠斗は箸で、ナサニエルとケルベロスはフォークで焼きそばを口に運ぶ。
こう言っては何だが、正直味の方はソースの濃さが均等ではなく……、メイド姿の女子高生を目に入れながら食べるものだろう。
「何というか、極めてシンプルな食べ物だな」
顔を引きつらせつつも、やんわりとした感想を述べるだけナサニエルは大人だった。
露骨に顔を顰めるケルベロスとは、その点違う。
「お前が疲れたって言うから、休憩できそうな所へ連れてきたのに」
悠斗は非難するような眼差しをケルベロスに向けた。
こういう部分は、まんま子供だな。
実年齢は子供だから、仕方ないか。
「炎のお兄さんと、あの受付の子はどういう関係なの?」
思わぬケルベロスの発言に、悠斗はぐっと詰まってしまう。
それだけで、何かあるとナサニエルでもわかった。
「命の恩人だ」
「そういうことを聞きたいわけじゃないよ?」
ニコニコと笑顔でケルベロスが悠斗の顔を覗き込んだ。
「さて、腹も膨れたし、次はどこを回ろうか?」
悠斗は無視を決め込んだ。
さっと席を立ち、今度はどこへ行こうかと思案する。
教室を出るとき、
「体育館へ行って見てください」
そっと愛李が耳打ちしてきたので、悠斗は素直に頷いた。
「体育館で何があるのだろう?」
風紀委員としての役回りしか頭になかった悠斗は、精霊祭で実際に何が行われるのかさっぱり知らない。
パンフレットすら目を通していないのは、逆に怠慢といえる。
「有志のバンドだな」
ナサニエルが微笑ましい目をして呟いた。
お世辞にも上手いとは言えないが、ライブハウスのチケットを売り払うことなく大勢の人に見てもらえるのである。
かなり張り切っているのだけは、音楽に関しては門外漢の悠斗でもわかった。
ただし、興味がないためパイプ椅子に座りながら、うつらうつらとしてしまいがちではあったが。




