第14章 黒旗軍の最後
黒旗軍による精霊学園第三分校襲撃事件より、数週間が過ぎた。
「劉永福様」
馮雲山もすっかり回復し、劉永福を探し回っている。
陸遜のホテルに劉永福は戻ってこなかったのだ。
ただ馮雲山は日本ことを知らない。
だから人を探し出すのに、ただ徘徊するという恐ろしく非効率な手段しか取れなかった。
「もしかしたら、中国に帰国したか?」
そう思わないでもないが、手配は全て陸遜が行うことになっていたため、ろくにパスポートも所持していないはずである。
ツテもなしに渡航するなど、不可能だ。
もちろん陸遜のところへ戻ったら謀殺されてしまうだろうから、戻らないのは正解だった。
しかし、これでは探しようもない。
そこで馮雲山はやり方を変えた。
孫虎江や王慧琳を尾行するのである。
自分より陸遜の方が情報を掴んでいるのは確実だ。
ならば、それを利用させてもらう。
というより、他に馮雲山に出来ることはなかった。
そして、ある日の夜。
孫虎江と王慧琳の2人が夜分遅くに出かけて行った。
こそこそと馮雲山は後ろを追いかける。
「やれやれ。忠実な副官ですね」
その様子はホテルの防犯カメラに映し出されているわけだが、陸遜は馮雲山を放置した。
黒旗軍の中では見どころがあると思ったから助けたが、劉永福に殉ずるというならそれも一興である。
そうとは知らずに馮雲山は孫虎江と王慧琳を見張った。
2人は電車に乗り東京の繁華街へ向かう。
馮雲山も乗り遅れまいと、同じ電車の違う車両に乗り込んだ。
いくつかの駅で乗り換えて、いかにもガラの悪そうな人相の多いエリアに降り立つ。
在日中国人の多い地域である。
「そうか」
迂闊といえば迂闊だった。
中華系のヤクザに匿われている可能性を、馮雲山は全く考慮していなかったのだ。
あの劉永福に、そんなアテがあると思わなかったせいもある。
2人は躊躇せずに、門構えから一般人なら間違いなく避けるであろう建物に入った。
ここに劉永福がいる。
逸る気持ちを抑えて、馮雲山も中に入ろうとした。
「なんだ!?」
窓をぶち破って組の人らしき人物が数人外へ放り出されたのだ。
恐らく孫虎江と王慧琳が暴れているの違いない。
急いで馮雲山も現場に駆けつける。
「大人しく劉永福を差し出せば、危害は加えないと忠告したわよね?」
王慧琳が妖しく微笑む。
彼女だって、頑張っている同胞の組を壊したくはないのだ。
香港マフィアとは友好的ではないとはいえ。
「友人を裏切れというのか?」
組長らしき貫禄のある男が銃を向けながら、頑として抵抗の姿勢を貫く。
「ならば一緒にあの世へ行きなさい」
王慧琳が印を結び始める。
手心を加えるつもりは毛頭なかった。
「岩石の槌!」
巨大な槌が顕現し、うなりを上げて組長を叩き潰しにかかる。
室内の天井は大穴があいた。
「火炎の柱!」
火炎の柱が岩石の槌にまとわりつき、互いに激しく反発し合うものの消滅してしまう。
「組長さん、逃げて! ここは自分が引き受けます」
馮雲山は自分の背で庇うように、組長の前で盾となる。
「あんたは一体……?」
「自分は黒旗軍の副官です」
「なるほど。わかった、この場は任せた」
組長はさっと身を翻し、奥の扉をくぐり抜けた。
裏口から逃げ出す気なのだろう。
「王慧琳、お前は組長の後を追え。劉永福も一緒にいるはずだ」
「あなたに命令されるのは癪だけど、わかったわ」
部屋から出て行こうとする王慧琳に馮雲山は精霊魔法を放つも、
「流水の凧盾!」
それはいとも容易く孫虎江に防がれた。
さすがに江東の虎といったところか。
「水の精霊だったな」
馮雲山は印を結ぶ手が汗ばむ。
そうでなくても実力的に劣っているというのに、厳しい戦いとなりそうだった。
「安心しろ。貴様は殺さん。ここに足止めできれば、十分だ」
その孫虎江の余裕な笑みが、馮雲山は堪らなく嫌だった。
「追いかけてこないか」
危険を察知した劉永福は、孫虎江と王慧琳が組の事務所に乗り込んできた時点で裏口から逃げ出していた。
戦って負けるとも思えないが、気乗りしなかったのだ。
また別の中華系のマフィアにでも世話になるか。
劉永福がそんなことを考えて、ぶらぶらしていたときだ。
「黒旗軍の頭目に、こんな所で出会うとは、運が良いのかはたまた……」
目の前に自分の事を認識している男が現れ、片頬を歪めていた。
隣にはもう1人、すらっとしているが無駄のない筋肉を纏った男が付き添っている。
劉永福は日本語を理解できないため、
ああん!?
と鋭い視線で斬りつけるだけだ。
「おお、怖い怖い。成樹くん、任せましたよ」
「日南さん、あんたも精霊使いなんだからさ」
「僕は精霊使いとしては使えるレベルにないから、課長なんてやっているのですよ?」
「へいへい」
自衛隊精霊使いのエース、市野成樹が指をボキボキ鳴らしながら前に出て戦闘態勢に入る。
無論、2人は劉永福が潜伏していそうな場所を虱潰しに聞きこみを行っていたのだ。
これまた強そうな男だと劉永福は感じた。
だが、
「この劉永福も、舐められたものだ」
劉永福、そして成樹は同時に印を結び始め、瞬く間に激しい精霊魔法の応酬が繰り広げられる。
互いに1歩も譲らない。
――ままならない。
どうしてこの国ではやる事為すこと、全てに上手くいかないのだ?
劉永福は無意識のうちに歯ぎしりしてしまう。
今回もまた、邪魔が入った。
黒旗軍は壊滅し、部下は1人もいない。
中国へ帰国すれば残してきた部下たちがいる。
再起も可能かもしれないが、帰国する手段がなかった。
苛立ちと焦燥が劉永福の中で募っていく。
目の前の男は確実にこちらの精霊魔法を防ぎ、反撃を仕掛けてくる。
じりじりと、あえて焦らすかのような戦いぶりが余計に劉永福の心を揺さぶった。
もともと乏しい集中力が散漫になっていく。
「なん……、だと……?」
いつ、自分の体が岩石の杭で串刺しになったのか、劉永福はわからない。
しかし穴の空いたからだから勢いよく血が吹き出し、自分の命が長くないことは、はっきりとわかった。
「ここで、終わるのか? この劉永福が、黒旗軍が!」
まさか、と劉永福は己の人生の結末を嘆く。
こんな異国の地に骸を晒すことになるなど、まるで予期していなかったのだ。
血液が抜けていき、徐々に体が重くなっていく。
そして意識も遠退いて行き、何か恨みがましい表情を浮かべながら劉永福は絶命した。
散々、乱暴狼藉を働いた黒旗軍の末路である。
「香港四天王、王慧琳ですね。一体、誰の手引きで追跡の手を逃れたんでしょうか?」
片頬を歪めた嫌らしい笑みを浮かべながら、日南は誰ともなく問いかけた。
明らかに、知っていて言っているのだ。
「その性格は、何とかならないんですか?」
成樹が呆れたような顔を向ける。
よくもまあ、これで精霊レンジャー課は回っているものだ。
「で、日南さん。どうします?」
「もちろん捕まえて下さい」
「やれやれ」
大袈裟に、成樹は肩を竦めてみせた。
不意を突いたとはいえ、劉永福にあっさりとトドメを刺した精霊使いである。
一筋縄ではいくはずもなかった。
それに……。
「江東の虎までお出ましか」
馮雲山という障害を取り除いた孫虎江が王慧琳の援軍として駆けつけたのだ。
これはキツイ戦いになりそうだった。
「成樹君、信じていますよ」
「応援するだけか!」
あろうことか、日南は後方へ下がって自分だけ逃げ出せる態勢で構えている。
成樹を見殺しにする気満々だ。
「連絡を受けて来てみれば、アブー・バクルではないのだな?」
忽然と、長い金髪を右手で弄んでいる男が、つまらなそうな顔で乱入してきた。
「ああ、来てくれましたか。シリウスのナサニエル・グリーン」
「貴公が精霊レンジャー課の課長、日南巧か? あまり強そうには見えんが」
「ええ。良く言われます」
露骨な嫌味としてナサニエルは口にしているのに、日南は意に介した素振りは見せず、いつもの片頬を歪めた笑みを浮かべる。
こういう図太い神経が成樹は羨ましかった。
「それで、あの2人に絡まれて困っていると?」
ナサニエルは変な(成樹の目にはそう見えた)ポーズを取り、仰々しい調子で喋る。
何というか、キザ、なのだった。
「全くもってその通りですよ。力をお貸しいただけませんかねえ、ナサニエルさん?」
「素直でよろしい! ご助力いたそう」
そんな流れでナサニエルと共闘することになった成樹だが、どうも先行きが不安でたまらない。
どこかズレている気がするのだ。
「では、早速、我が力を御覧に入れよう!」
自信満々でナサニエルが印を結び始めた。
後から入ってきた輩に負けじと、成樹も精霊魔法を準備する。
「王慧琳、わかっているな?」
「ええ。目的は達成したわ」
「そういうことだ」
孫虎江は王慧琳にしか聞こえない声で、次の動きを示唆した。
2人は十分に自分の役目を果たしたのだ。
無駄な戦いをする気はない。
「流水の凧盾!」
「岩石の城壁!」
防御魔法を展開するや否や、孫虎江と王慧琳は右へ回れをして駆け出した。
欲を出さずに、退くべき時は退く。
それが生き残るために必要だと、2人は骨身に染みていたのだ。
ナサニエルと成樹の精霊魔法が完成し、防御魔法を打ち消したとき、すでに2人の姿はそこにはなかった。
「やれやれ、一体どちらの味方なんですかねえ?」
孫虎江の行動に不可解な物を見た日南は、片頬を歪めて笑った。




