第13章 最前線は精霊学園 ~その3~
「良い手土産が出来たか……?」
精霊学園第三分校における戦いの一部始終をモニター越しに観戦して、ジョゼフ・フッカーは頭を悩ませた。
民間軍事会社のシリウスにおける狂犬部隊の今回の任務は、アブー・バクルの契約精霊に関するデータ収集である。
ただ、ジョゼフ・フッカーの目には、アブー・バクル以上にあの紅悠斗の方が驚異に映ったのだ。
火の王というのは確実に古代精霊よりも強い。
それは火を見るより明らかだった。
――ここで始末しておくべきか?
思わずジョゼフ・フッカーが、そんな気持ちを抱いてしまうのもわからないではない。
第一、紅悠斗殺害が可能かというと、それも至難の業だろう。
紅悠斗の周囲にも優秀な精霊使いが多数、見受けられたからだ。
黒旗軍のようなならず者の集団では、太刀打ちできないのも納得の結果である。
あの刀を扱う少女などは、今すぐシリウスにスカウトしたいほどだ。
一番実戦に向いている。
2、3年もすれば確実に江東の虎を追い抜いているに違いない。
「ふむ」
顎をさすりながら、ジョゼフ・フッカーは思案にくれる。
「確か日本の精霊レンジャー課から、交換要員の話がきていたな?」
ジョゼフ・フッカーはオペレーターに確認をとった。
彼女の返事は素早い。
「はい。精霊レンジャー課からは、北条総司という少年がこちらへ送られることになっています」
「どんな人物だ?」
子供であってもジョゼフ・フッカーは侮らなかった。
精霊学園第三分校の戦いを目撃すれば、警戒もしようというものだ。
「例の陸遜という情報提供者から、ある映像が送られていますが御覧になりますか?」
「頼む、流してくれ」
「では、そちらのモニターに」
オペレーターに促されたモニターを、ジョゼフ・フッカーは素直に注視する。
「これは、防犯カメラの映像か」
どこか広大なスタジアムのグラウンドの一角が映し出された。
周囲が銃声が轟く中、少年と成人女性の2人が対峙している。
「少年の方が北条総司だな。相手は誰だ?」
「香港四天王筆頭、林彩華です」
てきぱきと作業をしながら返答をするオペレーターに、ジョゼフ・フッカーは向き直った。
が、彼女は作業を黙々と実行し、ジョゼフ・フッカーの事を気にも留めない。
「香港四天王筆頭を相手に、1人で……?」
再びモニターに目を戻したジョゼフ・フッカーは、コーヒーを胃に流し込んだ。
結果はわかっている。
北条総司の勝ちだ。
そうでなければ交換要員として選ばれていない。
それでもジョゼフ・フッカーは真剣な面持ちで成り行きを見守る。
映像のカウンターが刻まれる度に、その顔色が渋いものへと変わっていった。
「香港四天王筆頭相手に、完勝か」
ジョゼフ・フッカーは大きく溜息を吐く。
全く相手を寄せ付けずに、総司は林彩華を捕まえてしまったのだ。
シリウスに北条総司ほどの使い手が、何人いることか。
ナサニエルなら、勝負になるだろう。
だが、他は思い浮かばない。
そして、そんな人物を送り込んでくる精霊レンジャー課の課長の魂胆は、奈辺にあるのだろうか?
ジョゼフ・フッカーは頭にもやがかかった気がした
「隊長! アブー・バクルを発見したとの報告がありました」
「手出しするなと伝えろ。俺も出る」
装備を整え、ジョゼフ・フッカーはバンの外へ飛び出そうとしたが、その前に1つ浮かんだ案件をオペレーターに告げる。
「情報提供者は陸遜と言ったな?」
「はい」
「うむ。その陸遜という人物について、どんな些細な情報でもいい。できるだけ詳細に調査しておいてくれ」
「わかりました」
オペレーターの返事を聞く前に、ジョゼフ・フッカーはバンを飛び出した。
彼女の腕を高く評価しているからだ。
それにしても、あのような映像を手にしている陸遜とは何者なのだろうか?
これもかなり重大な問題である。
もしかしたらシリウスの情報も握られているのかも知れないのだ。
そうだとしたら、非常に由々しき事態だった。
精霊学園第三分校における戦闘を、アブー・バクルも引き寄せられるように見ていた。
いや、火の王に魅せられていた。
「いた! アブー・バクルだ!」
どこからか、英語で自分の名を呼ぶ声がする。
アブー・バクルは、そちらへ振り向いた。
その瞬間、精霊魔法を浴びた、かに見えた。
しかし、炎熱の障壁がアブー・バクルの身に傷1つ付けることを許さない。
「公園のときの連中か」
あのときは自分を守ろうとしていたように動いたような気がしたが、間違いだったか。
無闇に戦うのは本位ではないので、アブー・バクルは逃走に入った。
これでもエジプト大統領の守護者としての自負がある。
「追え! 逃がすな!」
データ収集と共に狂犬部隊にはアブー・バクルの捕縛命令も出ていた。
もちろん、捕縛した方がデータがとりやすいからだ。
ただ、それは隊長の指示の下で、である。
血気に逸った隊員たちは、自分達の力だけでアブー・バクルに対処できると思い込んでいた。
自分達は、あのならず者の黒旗軍とは違うのだと。
しかし、それは間違いだと気付いたのは、彼らが代償として命を支払う直前である。
「火、火があ! 消えない! 誰か消してくれ~!」
隊員の1人が悲鳴を上げた。
アブー・バクルは、ただ狂犬部隊の隊員に触れただけだ。
その触れた箇所に火が灯り、火は炎となって徐々に広がっていき、全身を焼き尽くす。
業火の精霊魔法だった。
精霊魔法に対する抵抗のない者ほど、つまり精霊力が低い者ほど炎の周りが速く、死に至る。
「遅かったか。各人離れて遠距離から攻撃しろ! 精霊魔法、射撃、手段は問わない」
ジョゼフ・フッカーが現場に到着したときには、何名かの隊員がすでに黒焦げになっていた。
監督不行き届きという失態を犯してしまったのだ。
「隊員の家族になんて言えばいいんだ」
それを考えると、ジョゼフ・フッカーの胃がずんと重くなる。
こんな極東の島国で死ぬ羽目になるとは、彼らの家族も思っていなかったに違いない。
「あまり無理をするな!」
こう口にするが、本当はジョゼフ・フッカーが真っ先に飛び出していきたかった。
しかし、自分では勝てないということも理解しているのだ。
確実に仕留めるには、手持ちの駒が明らかに不足していた。
ナサニエルを数に入れても厳しいと言わざるを得ない。
手にした狙撃銃のレティクルにアブー・バクルの頭部を的確に捉え、ジョゼフ・フッカーは引き金を絞った。
狙撃中から発射された弾丸は一瞬でアブー・バクルまで、あと数十センチと迫る。
「ちっ!」
ジョゼフ・フッカーは狙撃銃のスコープを覗き込んだまま、思わず舌打ちをした。
防御魔法で弾丸が蒸発させられるまでは予想通りだったが、アブー・バクルはまるで無反応なのだ。
せめて少しでも気を逸らせられると考えていたジョゼフ・フッカーには、それが腹立たしくあり、驚異でもあった。
「ここはやはり、協力を要請するしかないか」
ジョゼフ・フッカー苦々しい失望を味わっていた。
ケルベロスと共同で事に当たらなくてはならない。
そうでなくては太刀打ちできないだろう。
「あるいは、撤退か」
隊長としての責務が、ジョゼフ・フッカーにのしかかる。
十分にオーナーの希望は満たした、いやそれ以上のデータは収集できたのだ。
このままアメリカに帰国するというのも、悪い選択肢ではないように思える。
「いや、駄目だ。部下たちの仇も討てないで、おめおめと引き下がれるか」
それがジョゼフ・フッカーという男の矜持だった。
部下たちの仇を討つためなら、あのいけ好かないガキのケルベロスにも頭を下げるのを厭わない覚悟だ。
「オペレーター、聞こえるか?」
「良好です」
「ケルベロスと連絡をつけてくれ」
「わかりました」
やや、ジョゼフ・フッカーの声が曇りがちな気がしたが、やはりオペレーターは心情を斟酌せずに淡々と告げる。
こういうときには、ありがたかった。
「追わなくていい! 撤収する!」
視線を転じれば、アブー・バクルは遥か遠くへと消え去っている。
追えば、追った隊員が死ぬだけだろう。
この戦いから、ジョゼフ・フッカーの目的はアブー・バクルの殺害へと転化した。
オーナーのリクエストには十分に応えたつもりだ。
ならば自分の欲求を満たすべきだと、ジョゼフ・フッカーは考えたのである。




