第13章 最前線は精霊学園 ~その2~
悠斗と汐莉の2人が校庭に現れると、そこかしこで戦闘が繰り広げられていた。
茉夏の全校放送が物を言ったのか、迎撃に統制が取れている。
紫蓮と黄守、そして達也と愛李の4人が一緒になって戦っていた。
連携を取りやすいのだろう。
精霊争覇戦の経験が活きているのだ。
「ダーリン、我々もいくぞ!」
「はい!」
勢いよく前に出る汐莉を、悠斗はサポートする。
降り注ぐ銃弾を防御魔法を展開し防ぐ。
そして汐莉が峰打ちで黒旗軍の兵士を叩きのめす。
風紀委員長と下っ端風紀委員も、なかなかどうしてコンビネーションを確立していた。
あっという間に、黒旗軍は数を減らしていく。
「どういう事だ、これは!?」
憤怒の形相で劉永福は怒鳴り散らすが、部下は誰も答えられない。
さもありなん。
黒旗軍の誰もが劣勢になるとは予想していなかったのだから。
勇猛で鳴らした黒旗軍が、東洋の外れの島国の学生たちに手こずる。
笑い話にもならない。
「どけ! わしが自ら出る!」
業を煮やした劉永福が部下を押し退け前線に躍り出た。
風の亜種精霊ガルーダの力を行使し、強力な精霊魔法の用意をする。
「翼竜の羽撃き!」
やはりと言うべきか、ここでも劉永福は敵味方関係無しに精霊魔法を放った。
ぐずぐず、もたもたしている部下どもが悪いのだ。
「「岩石の城壁!」」
それに対抗したのは愛李と守である。
防御のスペシャリスト2人が同じ防御魔法を展開し、威力は相乗効果で跳ね上がった。
「どうなってやがる!」
自分の精霊魔法が完璧に防がれ、劉永福は眉間に皺を刻む。
小さな公園で乱戦になった際には、いかにも軍人といった出で立ちの敵をも吹き飛ばしたはずだ。
それがこんな子供相手に通用しないとは、信じられなかった。
「黒旗軍の頭目、劉永福だな?」
流暢な中国語で話しかけられ、劉永福はぎょっとして声のした方を見た。
「おめえは、あのとき公園にいた紅悠斗か?」
「そうだ」
悠斗は短く首肯する。
これ以上、戦いが長引くと精霊学園第三分校側にも被害が出るだろう。
早めに片を付けるべく、悠斗は劉永福の行く手を遮った。
「馬鹿が! わざわざ、わしの前にしゃしゃり出てくるとはな。香港四天王を退けたくらいで、イイ気になるなよ?」
先手必勝と言わんばかりに、劉永福は精霊魔法を放つ。
悠斗は特に印を結びもせず精霊力を高める。
「ちっ。また、あいつに手柄を持っていかれるな」
思わず蓮は舌打ちした。
癪に障るが、裏を返せば悠斗が劉永福に負けるはずがないという確信があるのだ。
「真っ先に飛び出すから、こっちに敵が寄ってたかって攻撃してくるんだろう?」
達也は恨みがましい視線を送る。
敵に囲まれ大変だったのだ。
劉永福に近寄るどころではなかった。
完全に勇み足というやつである。
「まあまあ、蓮さん。黒旗軍みたいなアウトローを倒したって、自慢になりませんよ」
「守の言う通りだな。どうせなら、東方不敗のような大物の首級を挙げねば」
2人のやりとりを聞いて、達也と愛李はやれやれと思う。
どれだけ自信家なんだ?
「あ、悠斗さん、まさか……」
悠斗が印を結ばず精霊力を高めていく、この感じを愛李は知っていた。
だが、どうしてそれを行うのかまでは知る由もない。
「ダーリン!」
それは汐莉も同様だった。
劉永福の放った精霊魔法が悠斗に直撃する寸前、悠斗の全身から炎が噴き出したのだ。
「何だと!」
炎に全身が覆われた悠斗を見て、劉永福は無様にも狼狽の呻き声をあげてしまう。
彼もまた、非常によく似た現象を目にしたことがあるからである。
「陸遜め、聞いてないぞ!」
チベットで黒旗軍を壊走させた精霊使いが、全身から雷を放っていた。
属性が違うだけで、目の前の少年は同じことをしている!
「なぜ、雷帝と同等の力を持った精霊使いが、ここにいるのだ!?」
劉永福の脳裏には、あのときの恐怖が甦っていた。
絶望と屈辱の記憶が。
「生徒会長自ら私の護衛をしてくれるとは、頼もしいわね」
資料室に訪れた茉夏に、玲奈は紅茶を淹れた。
「校庭の戦場の方には、風紀委員がいますので」
別に役割は逆でも構わなかったが、恐らくこちらのが楽だろうと思い、茉夏は玲奈の護衛を選んだのだ。
「この石をねえ」
精霊使いではない玲奈に、そこまでするだけの価値が人工精霊石にあるかどうか判断はできない。
そもそも原理からいって大量生産は不可能なのだ。
空気中に漂う精霊力には限りがあるし、薄い。
精霊使いの人口が多い地域でも難しいだろう。
「どうも、黒旗軍が目障りだから、態よく退場してもらうために中国政府が仕向けたようです」
蒼家にも陸遜から情報が届いていた。
ということは、茉夏が第三分校の生徒会長であるということを陸遜が知っているということにもなるのだが。
「すごく、迷惑な話ね」
色白な顔を、玲奈は露骨に顰めた。
「ええ、全くです」
茉夏は玲奈の淹れてくれた紅茶をすする。
そろそろ黒旗軍の兵が、ここへ来るはずだが……。
「進藤玲奈だな? 大人しく、って中に入れん!」
勢いよく資料室のドアを開け、入ってこようとした黒旗軍の兵士数名が立ち往生してしまう。
もちろん茉夏がウンディーネに命令し、資料室全体を水の膜で覆ったからだ。
「進藤先生、銃弾も通さないので安心して下さい」
次に黒旗軍がするであろう行動を予測し、茉夏は言った。
その言葉通り黒旗軍の兵は銃を撃ち始めるも、水の膜を突き破ることはない。
「ど、どうなってやがる?」
体当たりしようが、銃弾を浴びせようが多少凹んですぐに元通りに戻ってしまう。
精霊使いではない彼らに、どうやら打つ手は残されていないようだった。
現在ホテルで療養中の馮雲山がいても、あまり状況は変わらないだろう。
犠牲者が1人増えただけだ。
「さてと」
茉夏はゆっくりとした動作で立ち上がり、印を結び始める。
それは黒旗軍の兵士にとって、死へのカウントダウンだった。
「流水の滝!」
顕現した流水の滝が、圧倒的な勢いで黒旗軍の兵士たちを流し去る。
茉夏は余裕の微笑みを横顔に刻む。
「茉夏さん、終わったかしら?」
「ええ……、いや、また誰か来ます」
茉夏の表情が険しいものへを変わった。
自分に精霊魔法を使用させて、こちらの様子を窺ってから現れるなら、なかなかの策士かもしれない。
「遅れて申し訳ありません。進藤君、無事でしたか?」
息せき切って資料室に飛び込んできたのは、30半ばほどの中年の男だった。
「日南先輩……」
思いがけない再会に、玲奈はどうしてよいかわからず立ち尽くしてしまう。
2人がただならぬ関係と察した茉夏は、日南と入れ替わる形で資料室を後にした。
「あれが噂の精霊レンジャー課の課長なのね」
思っていたのとは違う印象を茉夏は受けた。
悠斗や総司、それに高城彰といった癖の強い精霊使いたちを束ねている人物が、ぱっと見では全く冴えない中年なのである。
もっと強面な男性をイメージしていたのだ。
ただ外見だけでは、何もわからないが。
そろそろ戦いも終盤に差し掛かったのか喧騒が遠くなっている。
生徒会長として事態を収拾するために、茉夏は校庭へ向かった。
「どうして貴様のような精霊使いが、こんな島国に存在するのだ?」
劉永福が精霊魔法を放ちながら、疑問を、理不尽をぶつける。
全身が炎に包まれた悠斗に、全く自分の精霊魔法が通じないのだ。
「貴様は魔帝トールと戦ったことがあるのか?」
地の底から響くようなその声は、悠斗ではなくイフリートのものだった。
悠斗と同意の上で、イフリートが体を借りているのである。
「それが、どうかしたのか!?」
ムキになって劉永福はさらに精霊魔法を放つ。
しかしイフリートにはかすり傷1つ負わせることは出来ない。
「ならば、それ以上の恐怖を与えねばな!」
ぐぐぐっと悠斗の全身から発せられる炎が巨大化し、そこには炎の巨人が出現していた。
その偉容を前に、誰もが本能的な恐怖を想起させられる。
敵も味方もない。
ただただ、圧倒的な何かがあるだけだった。
王の精霊というのは、かくも絶対的なものなのか?
抗う事すら、許されぬ。
そういう存在なのである。
「お、お前ら、突撃だ!」
劉永福は恐れるあまり無茶な命令を発した。
死ね!
と命じているのだ。
誰も聞くわけがない。
その間も炎の巨人は一歩、また一歩と劉永福に迫る。
「う、うわ、うわああああああ~っ!」
ひりひりと魂が焦げ付くような感覚に襲われ、錯乱状態に陥った劉永福は我先にと逃げ出した。
恥も外聞もあったものではない……。




